第三十一話:ある種の汚染
前回のあらすじ
開会式で挨拶をした謎の組織「アルク・ミュネ」の時田仁瀬。彼の押した謎のスイッチにより、疾風も相良もひどい頭痛を受ける。
一方、ステージの裏のの裏でも新たな人物がことの顛末を見届けに来ていた。
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「なるほど。スキャン装置を応用して素早くキャラメイクするのか」
比較的早く移動したはずなのに、三台の装置には既に行列が出来上がっている。
「これ、いつ頃順番回ってくるかねえ」
俺は既に、飽きかけていた。待ち時間は、スケジュールの余裕に関わらず好きじゃない。
「まあ、見たところ一人五分程度で終わるみたいだし大丈夫だろ」
「待ってる間、どうする? しりとりする?」
隣に並ぶ二体は、思ったより暇への耐性が強い。俺が、アトラクション待ちの小学生のようだ。
「まあ、するか。じゃあ、しりとりの『り』。ほい、ラルーチェ」
「り......リリィ」
「!?」
少し、背筋に寒気が走った。わざと、なのか。この場でわざわざ「これ」は。
「......美咲の番だぞ」
「じゃあ、一生!」
「う......氏」
「殉死」
ラルーチェ、しりとりとは思えないくらい重いんだが。
「幸せ!」
「せ......戦国」
「口付け......一昨日、隊長と美咲はしたんだろ?」
「っ......」
待て待て。今日のラルーチェ、凄く怖いぞ。また、許可なくダークネスにならないよな。
「きゃっ!」
「キャ、じゃねえよ......」
あ、胃が、胃が......。今の関係性を積極的に壊さないでくれ、二体とも。
「ほら、美咲。『け』だぞ」
追撃を見せるラルーチェ。そういえば、二体とも恋愛に関しては妥協なしだったな。
「け......結婚!」
「!!?」
「......え?」
周囲が、凍り付いた。結婚、だと。
「美咲、しりとりだよな?」
「うん。だけど、いいかなって」
頬を赤らめる美咲の顔。えっと、この会が終わるまで休戦状態じゃなかったっけ。
完全に、恋愛レース再開してる。
「良くは、ないが。ただ、美咲なら別に、まあ......」
ラルーチェ。無理は良くない。目が、笑っていないんだよ。
誰か、この空気変えてくれ。ただでさえ、これから戦いなのに。その前に精神がすり減ってしまう。
「おや、犬飼さん。ごきげんよう」
「! これはこれは......橋口さん。ごきげんよう」
助かった。今回の運営って言う微妙に話したくない相手だけど、この雰囲気は間違いなく変わる。
「......また、会いましたね」
「え、ええ」
黒沼相良も、いる。まあ、二人が一緒に何かしてるのは、分かり切ってた話だろ。
「......」
「っ」
自然と、ラルーチェ・美咲が俺の前に立つ。まあ、ありがたい対応だよ。
「あ、ごめんなさい。パートナーさんたちを警戒させるつもりはなかったんです。ただ、僕も貴方のことを凄く気にしていまして......」
「はあ......」
前もそうだけど、高校生とは思えない回りくどさだ。
「貴方には、圧倒的な執念と、それを実現するだけの力がある。それ故に、最適な助言をしたくなったんですよ」
「助言、ですか?」
「はい、助言です」
相変わらず、気持ち悪い笑顔をしている。張り付いた、温かみのない微笑み。
普通の人は和らぐかもしれないが、俺には逆効果だぞ。
「あまり、パートナーを連れてスキャン装置に並ばない方が良いですよ」
「なぜです?」
脈絡のない忠告。そもそも、「AIパートナー」に関するイベントでそれを言うかねえ。
「なぜです? 他でもない、主催の貴方がなぜそれを?」
「それは、周りを見れば分かりますが。そうなるともう遅いですし」
親切で、言ってくれているのは分かる。けれど、イマイチ信用できないんだよな。
「ゆーすけ、実例ならそこにいるぞ」
と、彼の後ろから黒沼相良が指をさす。
「......アチャー。やっぱりこうなったか」
まるで、実験の副作用が出たマッドサイエンティストだな。その顔は。
ただ、彼の言うことを確かめないと。俺は、恐る恐る彼らの見る方向を向いた。
「!?」
直後、寒気がした。何と言うか、俺も同類なんだろうけどさ。
でも、ちょっと。アレ、だな。
「ねえねえ、マスター♡ 今夜、二人っきりで過ごしませんか? 彩、美味しいお茶をご用意したんですよお~♡」
「ダーリン、私ね。ダーリンの為ならこの命だって惜しくないの。だから、今日は全力で戦ってね。応援、すっごくするから......」
あれ、は。人目を憚らず、イチャイチャしている......のか。
「美咲、俺はあのユニークの元ネタを知らない。こう言った、TPOも弁えないキャラなのか?」
「うんうん。あの彩ってキャラはもっとおとなしいし」
「そう、なのか」
「あと、あっちのキャラは沢城ミーナ。元ネタのアニメだと一番大胆なキャラだね」
「なる、ほど」
キャラ崩壊ってことか。まあ、スキャンの精度は本人の記憶に依存するからなあ。
「......多分だが、隊長」
「何だ、ラルーチェ?」
静かに、ラルーチェが下がってくる。耳打ち、ではないが声は小さい。
「あのキャラ崩壊こそ、橋口ゆーすけの言う『スキャン装置の悪影響』ではないのか?」
「......あの装置の影響が、AIパートナーたちの回路を乱しているって訳か」
あいえなくはない、よな。彼女たちAIと言うかコンピューターはバグ多いし。
「よく、わかりましたね」
ラルーチェが下がったのと同じだけ、橋口ゆーすけが近づいてくる。音のない歩きも、不気味だ。
「あの装置は、スキャンした人間の思考回路を瞬時に読み取ってキャラクリエイトを行う『スピード』タイプ。読み取った思考が、一時的に電波として外に漏れ出る欠点を抱えているんですよ」
「その電波に当てられたAIが、その思考に染められた言動を取る、のですか......」
理解は、できる。だが、それを認めるのは厳しい。
「その欠点、直せなかったんですか?」
「残念ながら、これも時田氏の希望でして」
「あの科学者か」
あいつ、人のAIパートナーを何だと思っていやがる。普通に、器物破損だろ。
「ってことなので、装置から彼女らを離した方が良いのですよ。どうです?」
「そう、ですね......」
意見そのものは、真っ当だ。ただ、本能的に俺は彼を信じていない。
「......隊長、安心しろ。私たちは橋口ゆーすけの手で変な目に会うことはないだろうからな」
ラルーチェが、こう言う。彼のAIパートナーにルーシーがいるのを知っている上での発言だ。
「私も、別に平気だよ。どこで司令官を待ってても、一緒じゃん」
と、こちらは美咲の発言。黒沼相良のパートナー、アリッサがいる可能性は高そうだが。それでもか。
「そう、か。二人共、こっちにいた方が危険って考えか」
なら、個人的な疑念は二の次だ。
「じゃあ、二人を頼みます。終わったら、どこへ向かえば良いですか?」
「こちらに来てください。このカードを見せれば、入れると思いますので」
待ってましたとばかりに、彼はメモとカードを渡してきた。なるほど、出まかせって訳ではないと。
「分かりました。二人共、すぐそっち行くからな」
「ああ」
「待ってるね」
二人は、待機列を抜けて、ゆーすけの後ろへとついて行く。
「それでは、責任をもって二人をお預かりしますね」
「ええ、お願いします」
ゆーすけと挨拶を済ませ。俺は列に向き直る。彼らもどこかへ歩いて行った。
「......勝負だよ、師匠。決勝でね」
「??」
と、直後。ずっと静かにしていた黒沼相良から、こう言われた気がした。
まあ、気のせいだよな。彼との縁なんて、ほんの数週間前の話だし。
自分の愛するキャラの性格が変わってしまったら......ふつうは「解釈違い」だろう。だから、あのスキャン装置の副作用は明らかな「害悪」だ。ばれたら大変だぞ~。
次回『CODE:Partner』第三十二話『最終スキャン』
その愛は、プログラムを超える。




