第二十九話:開幕
前回のあらすじ
クリスマス会当日。ネット記事で自分の過去が調べられていると知る。それは、もう「失敗したら二度と起き上がれない」ことを暗示していた。
一方、このクリスマス会はTV中継もされている。視聴者の中には、疾風を愛している者もいて......
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「ここか。思ったよりも賑やかじゃないか」
都内、山の手。一面ビル街の森の中、俺は戦場に到着した。
「荷物、持ってくれてありがとうな。二人共」
「気にするな。お前は、これからが勝負なんだからな」
「そうそう。このくらいお安い御用だよ」
先週、だったか。前に来た時よりも、俺は目線が険しいだろう。
「さて。美咲、コートを頼む」
「うん」
スーツケースより取り出された青の勝負服。昨日、試着を済ませてある。
「......よし、行くか」
「ああ」
「うん!」
準備は十分。俺は顔認証のパネルに瞳をぶつける。
『認証しました。「ユニークAIパートナーズクリスマス会 次世代の玉座は誰の手に」にようこそ、犬飼疾風さん』
......その恥ずかしいネーミングセンス。何となならないのか。いや、主催者違うし偶然か。
「さてと、参加証は......」
・犬飼疾風 22歳
パートナーAI
ラルーチェ(コンテンツユニーク 登場作品「オメガ・ザ・ヒーローズ」)
鶴賀美咲(コンテンツユニーク 登場作品「インフィニティ・バトリオン」)
報酬候補コンテンツキャラ
リリィ(コンテンツ 登場作品「形のない王国」)
「......なる、ほどな」
これは、ある意味気まずいな。前もって話しといたから、影響は小さめだけど。
「そっか。やっぱり司令官の一番はリリィさんなんだね」
すぐに、美咲の湿度が増した。空っぽのスーツケースを置いて、俺の肩へと寄りかかる。
「私たちは、もうここにいるからな。いないキャラが報酬候補になるのは当然だろ?」
一方のラルーチェ。このクリスマス会の仕様を基に冷静に話す。
「そうだよ、美咲。あくまで『まだいない』キャラがモデルのユニークが条件の報酬なんだ。君が二人もいたら、それはそれで厄介だろ?」
「そう、だけどさ」
「そもそも。この報酬ってのも余興の一つ。あの男の言う『可能性』だろ? 深く考えたら、それこそアッチの思うツボかもしれないぞ」
ラルーチェのおかげで、俺の悪い笑顔で対応できた。余裕は、大事だよな。
「......あ、ども」
「? ......!」
と、ここで再び俺は戦場に引き戻される。この声を、俺は忘れていない。
「おや......以前もここで会いましたね。黒沼相良さん?」
「そう......ですね。『ユリ・ハヤテ』」
「!!? ......知って、いたのですか」
「ええ、まあ」
俺の、昔の名前。
なるほど。これも橋本ゆーすけの仕業か。
(ラルーチェ、美咲。既に勝負は始まっているからな!)
『ああ、分かっている』
『一緒に、戦うよ!』
二体からも、テレパシーで返事が届く。ラルーチェに記憶を見せられて以来、おれはこの辺の遠慮がなくなった。念じれば、通じるってね。
これでこそ、「相方」なのだな。
負ける気はしないぜ、黒沼相良。
◇◇◇
「......」
「落ち着かないのかい、相良?」
「......まあな」
ポツポツと参加者の入ってくる中、僕はひたすらに暇していた。
「運営サイドも、面白いことばかりじゃないんだな。アリッサ達、ずっと準備に駆り出されてるし」
「結構ギリギリでね。これでも、かなり終わって仕上げ段階なんだ」
隣でパソコンをカチャカチャさせ、ゆーすけは僕の戯言に返事をする。
「まあ、あれほど急な話だったから、な」
火をつけたのは、僕。罪悪感は、多少ある。
「相良の仕事は、これからなんだし。今はゆっくり休んでて。多分そろそろ、君のパートナーも作業が終わるから、一緒に会場内を回ると良いさ」
「......大丈夫、なのか?」
「大丈夫大丈夫。ほら、二人共戻って来たよ」
ゆーすけの視線の先に、綺麗な赤髪が二つ。
「ハニー! 終わったわ~!」
「お兄ちゃん、お待たせ!」
元気よく手を振る二人を見て、僕は家に帰った気分だ。
「二人共、ありがとう」
手を取り、軽く頭をなでる。大変、だっただろうに笑顔だな。
「それで、君の愛しい彼女たちが戻って来たし。デートも兼ねて会場を回ってきたら?」
そして、相変わらずの僕の友達。冷やかしではなく、当たり前の感覚で言ってきている。
「行く?」
「ええ!」
「うん!」
乗り気だな。じゃあ、迷わずに行くか。
「じゃあ、少ししたら戻るから」
「いってらっしゃ~い」
俺は二人の手を繋ぎ、ステージ裏側から外へ出る。
「ハニー、カップルがいっぱいね!」
「......そう、かな」
周囲には、僕以上の不釣り合いな男女がいる。当たり前と言えばそうなのだけど、いざ現実で見ると結構アレだよね。
「お兄ちゃん、あれ見て」
「どうしたの、キリ......ハ」
妹の指さす先には、見知っているがほぼ会ったことのない男がいた。
前以上に、よく知っている。前以上に、抱く感情がある。
「これ、声をかけるべき?」
考える前に、僕は意見を聞いた。多分、自分で考えると動けなくなるから。
「宣戦布告ってこと? 面白そうじゃない!」
アリッサ、君はいつも好戦的だな。けど、臆病な僕に必要なんだろう。
「あとで良いんじゃない? その気がなくても、挑発になりそうだよ」
キリハの声は、僕の心の奥底を語ってくれる。何とも、心地が良いことか。
「......どう、するかな」
視線の向こうの彼は、見慣れぬ恰好をしている。藪蛇の可能性は、凄く高いよな。
『悪と言われても構わない! 私は、私のために戦うの!』
......今、のは。僕が大好きだった。誰だっけ。
喉まで出かかっているのに、まだ思い出せない。
けど。今浮かんだってことは。
「そういう、ことだよな」
再び、彼を見る。まだ開会式前だし、手持無沙汰かな。
「行くよ。本番の前に、少しでも話をしておきたいから」
僕は、自分から火の中に入ると決めた。二人の顔を見つめこう言った。
「ええ! ハニーなら大丈夫!」
「うん......気を付けて行こうね」
良い、返事が来た。じゃあ、準備OKだね。
二人の一歩前に立ち、そのまま十歩進む。
「......あ、ども」
「? ......!」
相手は、犬飼疾風は驚いた様子だ。無理、ないよね。
「おや......以前もここで会いましたね。黒沼相良さん?」
「そう......ですね。『ユリ・ハヤテ』」
「!!? ......知って、いたのですか」
「ええ、まあ」
僕は更に仕掛ける。これだけで気づいて貰えるとは思ってない。けど、勝負は出来る。
「......」
「......」
「......」
すぐ、疾風は隣の二人のAIパートナーに目配せをする。ああ、警戒どころか勝負体制だな。
「それも、橋口ゆーすけからの情報ですか?」
「え、ええ」
そこから、来るか。やはり、気になるんだね。
「そう、ですか。ちなみに、この会も貴方が?」
まあ、そう、なるよね。
「ええ。彼の能力を活かすには、こうした形が良いと思いまして」
「能力、ですか?」
「ええ」
長い、付き合いだからな。これに関しては、本人よりも知っていると思う。
「人を使う力、ですね。あと、何事にも淡々とこなせる胆力。そして、自己犠牲をものともしない優しさです」
「......自己犠牲、ですか」
あ、そこが引っかかるのか。
「ちなみに、彼の夢とか聞いてます?」
「理不尽のない世界、ですかね。どうも、父とのしがらみ関係が主のようで」
「ああ。政治家でしたっけ」
納得した顔。彼も、社会に不満のある口か。
「なるほど。彼も苦労しているようで......」
疾風は、そう締めくくった。何か、得るものがあったと顔に出ている。不十分そうだけど。
「では、ゲームの時にまた会いましょう」
「え、ええ」
そのままペコリと頭を下げ、疾風はパートナーを連れて奥へと歩いて行った。
......まだ、疑問の表情が見えたけど。良かったのか。
「......ハニー、多分また何かしてくるよね?」
「あ、うん」
アリッサも気になるよな。けど。
「仕掛けてくるのは、後でだよね」
と、キリハ。そう、考えるよね。
「油断は、できないか。けど......」
「ええ」
「うん」
「もう。後戻りは出来ない」
彼の背中に刺繍された百合の花。ある意味、彼も覚悟を決めてる。
「ぶつかり合って、全てが終わる」
「そして、全てが始まる」
そう、だよな。もう、決戦だよね。
「ユニークAIパートナーズクリスマス会 次世代の玉座は誰の手に」間もなく開会式。
全国中継は、既にスタートしている。
相良も、既にリングの上だ。犬飼疾風、いやユリ・ハヤテとの勝負はもう回避できない。
いつ、何が起きても可笑しくな所にまで、事態は進んでいる。
コップの水面ギリギリに垂らされた水のように、ね。
次回『CODE:Partner』第三十話『開会式』
その愛は、プログラムを超える。




