第二十八話:いつもの朝、いつかへの少女
前回のあらすじ
ルーシーら橋口ゆーすけのパートナーたちも、各々の準備を進め戦いに備えていた。
そして、疾風も一部吹っ切れたようで、ラルーチェに膝枕してもらいながら考え事を進める。
二体のパートナーの覚悟を聞き、彼もゆっくりと心を決めるのだった。
~12月24日・朝 東京都・犬飼宅~
「......おはよう」
「おはよう、隊長」
「おはよう、司令官」
何でもない朝って訳ではない。けれど、俺はいつものように起床した。
二体のパートナーたちも、いつものような返事だ。
「顔、洗ってくる」
「ああ」
「うん」
いつもの身支度。いつもの鏡。
既に用意されている、いつもの食事。
「いただきます」
何も変わらない朝のひと時。違うとすれば、これからの行き先くらいだ。
「ラルーチェ、今日の都内の天気は?」
「曇りのち雪。初雪になるそうだ」
「ホワイトクリスマスってか。それとも血の降る雪化粧か」
朝から皮肉を言えるのは、ある意味調子が良いな。ここ数日はずっと無気力だったし、、昨日に至ってはラルーチェの膝の上でウダウダしてただけだし。
「美咲、今日の俺向けのニュースは?」
「検索するね......」
最近、世間の目がやけに気になる。俺は、社会に怯えているのだろう。
「......ふう。ごちそうさまでした、歯磨いてくる」
ずっと、この気分でいたくはない。切り替えないと。
「あの日のことを、忘れずにな」
鏡の向こうの俺に、こうつぶやく。首元のチョーカー、呼応するかのように光った気がした。
「司令官、今日のことニュースに載ってたよ」
「んあ?」
歯磨き粉が口でお仕事中、美咲が俺用の記事を見つけたらしい。
えー、何々。
『本日生放送! 「クリスマス特別! ユニークパートナー討論会」の見所はここ!』
ビックリマーク、多いな。で、討論会と言う名のゲーム大会の見所とは。
『この討論会は、参加者が思い思いの姿になって戦って貰います。その武器に込められた人生を皆で見て、AIパートナーのこれからを考えましょう』
「......ふむ」
歯を磨き終えた俺はスマホを凝視する。結局、討論はしなさそうだな。
『今回は「形のない王国 オリジン」が戦いの舞台! 事前情報から、筆者の予想する優勝候補を三人選んだため、ご覧ください』
「おい、討論会」
「身も蓋もないよね。結局、橋口ゆーすけはゲームがしたかっただけなんじゃない?」
横から、美咲も突っ込む。だよ、なあ。
「まあ、恐らく『討論会』として集客を始めたがパネリストが集まらなかったんだろう。本来の目的は、AIパートナーと自分の立場の確立だろうからな」
これは、ラルーチェの予測。昨日貰った資料から、彼が何かしらの勢力を築こうとしていると言った推察も入っているのだろう。
「どうにも、意図が読めんな」
「続き読めば? この記事、橋口ゆーすけの関係者が書いているらしいし」
「ん」
えーと、それで。この少ない情報で誰が優勝候補なんだ。
『予想第三位:黒沼相良
小学生時代に大会で全国ベスト8の実績があります。多少のブランクは予想されますが、現役時代の技術と現在の能力により期待が持てます! パートナーであるキリハと同じ短剣を振るい、玉座を狙う!
操作技術 :★★★☆☆
瞬時判断力 :★★☆☆☆
戦略構築力 :★★★★☆
メンタル耐性 :★★☆☆☆
経験値 :★★★☆☆』
ふむ。
「どう思う、隊長?」
「胡散臭い。優勝候補なのに五段階評価で4が最高だし、実績が完全に過去の遺物ってのはな」
「まあ、続き読めば?」
「......分かったよ」
せっかく見つけてくれたしな。
『予想第二位:橋口ゆーすけ
小学生時代に大会で全国優勝の実績があり! 本討論会の主催者である為、準備は十分! パートナーであるアスカの為、もう一度玉座を狙います
操作技術 :★★☆☆☆
瞬時判断力 :★☆☆☆☆
戦略構築力 :★★★★☆
メンタル耐性 :★★★★☆
経験値 :★★★★☆』
ほう。
「わざとらしい。ここで『主催者』って情報いるか? あと、また実績が小学生時代だし」
「まあ、団栗の背比べなんだろうな。公式大会じゃないし、参加者のゲームレベルは高くないだろ」
そうは言ってもなあ。趣旨と言い、謳い文句と言い、ヤケクソに見えるぞ。
「司令官。一位読んでみて」
「あ、忘れてたな......!?」
瞬間、俺は息を吞んだ。
『予想第一位 犬飼疾風
小学生時代にベスト8、中学生時代にベスト16を経験しており豊富な経験があります!
加えて、彼のAIパートナーが突然変異を起こしているなどの「革命性」も有しており、本大会の優勝候補筆頭です。大会景品の「第二世代AIパートナー」として、かつての相棒リリィを迎えれるべく、気合も十分とのこと!
操作技術 :★★★☆☆
瞬時判断力 :★★★★☆
戦略構築力 :★★★★★
メンタル耐性 :★★★☆☆
経験値 :★★★★☆
以上三名です、執筆は「橋口家使用人兼川上新聞文化部」長良でした』
おいおいおい。
「これ、司令官のことだよね?」
「ああ。しかも、交流会の時に出たラルーチェのことまで書いてある」
「それどころか、隊長の過去まで筒抜けだぞ」
それは、まずいな。橋口ゆーすけが自分を「主催者」と言いながらのこれってことは。
「奴は、俺の過去を知っていることを、知らせている」
「勝負、したいんじゃない? ゲームで」
「または、ゲームを通して何か話をしたいか」
どちらにせよ、俺への挑発って訳か。
「なあ、二人共」
「何だ?」
「なあに?」
「どうやら、俺たちは本当に後戻りできない場所まで来ちゃったみたいだぞ」
ネットの裏話だった俺たちの話題は、テレビを通じて全国に流れるらしい。下手なことすれば、本当に社会で生きていけなくなるな。
「そう、だな。最悪の事態は、ありえるということか」
「......けど、私たちの未来のために、進まないとね」
二体が少しだけすり寄ってくる。そう、だよな。心配するよな。
「まあ、やるしかないか」
俺は改めて気合を入れた。世間の評判により、俺たちの道は修羅か地獄しか残されてない。
なら、進むよな。
世間に舌を出して、思いっきり暴れてやるぜ。
「隊長、どこまでも付き合うぞ」
「司令官となら、あの世だって怖くないもん」
二体も、覚悟は出来ている。じゃあ、行くか。
荷物をまとめ、俺は家の扉を開けた。
◇◇◇
~12月24日・昼 東京都・蝶野宅~
「あら、珍しいわね。志穂がテレビを見てるなんて」
娘はいつも本ばかり読んでいるから、不思議と言える。
「ニュースで見たの。今日の特番」
「あら」
ネット上でテレビ番組の話はたまに見る。けど、あの子がそれに影響を受けるなんて。
「何の番組?」
「ユニークAIパートナーの大会。AIのマスター達がゲームするんだって」
「あら、貴方がAIパートナーに興味持つなんて。欲しくなった?」
「別に。ただ、好きな人が大会に出るから応援するの」
好きな人。志穂に好きな芸能人とかいたかしら。
「そう。誰?」
「犬飼疾風。今、ネットで話題だよ」
「......誰、のこと?」
「ほら、この前話したじゃん。『AIパートナーを覚醒させて話題の人がいる』って」
あ、その人。坂口さんも言っていたわね。「AIを人間と同じように扱う異常性愛者がいる」って。
「その人のこと、気になるんだ」
ネットで話題の、偏った思想を持つ人間ってやつよね。我が子が変な毒され方をしなければ良いけど。
「うん。ずっと好き。とりあえず、付き合いたいなあ」
「!?」
ど、毒されてる。ちょっと、夢見すぎじゃないかしら。
「だって、前に会った時にそう言われたんだもん。『良いお嫁さんになる』って」
「???」
「分かんなくて、別にいいよ。けどね......」
志穂がソファーからこちらに向く。
「私、本気だから。来年は傍にいれるから、全力で支える。お母さんみたいにドラマチックではないけど、人生の分岐点に立っているの」
その目......そう。
「昔、お母さんが鏡で見た自分とそっくりだわ。貴方が本気なら、私も止めない」
かつて、仕事を捨て夫を選んだあの日。いいえ、自分よりも夫の仕事を支えると決めたあの日。
私は、事務所のみんなに反対されてもこの道を選んだ。
「ありがとう、お母さん」
そう言うと、私の娘はテレビに向き直った。
「犬飼疾風、か」
世間話で聞く「浮気性」や「異常性愛者」とは違うのかな。
「せっかくだし、お母さんも一緒に見るわ」
「いいよ」
興味を持った。もしかしたら、夫と同じくらい凄い人かも。
お手並み拝見、ね。
既に、情報戦も始まっている。疾風視点だとかなり「後手に回った」と感じるよね。だから、覚悟が増加した。
そして、そんな彼を遠くから愛している娘もいる。それを知らないのは、幸か不幸か......
次回『CODE:Partner』第二十九話『開幕』
その愛は、プログラムを超える。




