第二十七話:準備は念入りに
オンライン会議で相良の姉・由里に相良のことを聞くキリハ。
自分への想いも含め、大きな彼女の感情に、キリハは少なからず心が揺れるのだった。
~12月23日・昼 東京都・橋本邸~
「坊ちゃま、アルク・ミュネの時田様よりお電話です」
「分かった。すぐ行く」
「坊ちゃま、奥様の系列に当たる配信会社より取材依頼です」
「母さんを経由して、良ければOK出しといて。取材に関しては、そっちで決めといて」
「坊ちゃま......」
「坊ちゃま!」
ここ数日、橋口ゆーすけの家はこの状態だ。突然の思い付きで始めた企画をほんの数日で実現することを考えれば、まだ楽な方ではあるが。
「ゆーすけ、ここ数日寝てますか? 目の隈が酷いです」
「あ、ああ。大丈夫さルーシー。みんなのおかげで、だいぶ楽しているからね」
雪は、ゆーすけ母の付き添い。アスカは別室で電話対応の指揮。二人のおかげで、ゆーすけ本人に回ってくる案件が5分の1にまで減っている。
「でも! ゆーすけが体調を崩しては元も子もありません!」
ルーシーの仕事は、ゆーすけの補佐。ここには、「ゆーすけを守る」も含まれている。
「私は二人より貴方を頼まれたのです。私のストップは、三人のストップと思ってください」
「......分かった。仮眠をとるよ」
聖女に腕を掴まれ、ゆーすけはようやく仕事を止める。横に置いておいた掛け布団を取るが、それもルーシーに止められる。
「ちゃんと、睡眠を取ってください。明日の朝まで、寝てください」
彼女の目は、電気の消した部屋の中でも輝いていた。ゆーすけみたいに、陰りはない。
「でも、もう明日なんだ。この作戦を父さんに邪魔されても大丈夫なように、整えないと」
「作戦の肝はゆーすけなんです。貴方が当日に倒れたらどうするんですか!」
「っ」
母親であり、妻でもある。ルーシーの声は、ゆーすけを横たわらせるのに十分だった。
「分かった、よ。君たちも、時間が出来たら休むんだよ」
そう言いながら、ゆーすけは布団を敷いた。椅子から立ち上がった瞬間、若干フラフラする。
「もう!」
慌てて抱えるルーシー。慣れてはいるが、心臓に悪い。
「ごめん」
「良いから。早く寝てください」
「うん......」
そのまま、ゆーすけは倒れた。ように、寝た。ほっと一息つくルーシー。
「本当、無茶しすぎなんですって......」
布団をかけ、ルーシーは一息つく。危なっかしい恋人を持つと、こちらの身が持たないのだ。
そのままゆーすけのパソコンに目を通し、一斉メールを送信。
「まったく、こんなの担当を割り振れば良いのに」
これで、ゆーすけは当日まで仕事をせずに済む。それを知っていて、やらないのが彼だ。
「とりあえず、これであとは......」
ルーシーの頭の中に浮かんだ「試練」は、あと一つ。
『コンタクト』
彼女はAIパートナーの機能を使い、同じ人を愛する者へ連絡を取った。
「もしもし。ゆーすけは寝たわ」
『こんにちは、ルーシー。司令官さん、やっと寝たのね』
『お疲れ様、ルーシー。そっか、ゆーすけ君休んだんだ』
雪・アスカは、すぐ応答した。AIは、マルチタスクがお手の物なのである。
「それで、そっちはどう? 終わりそう」
『お義母様は、もうすぐ完了すると言ってたわね。多分、今夜は戻れそう』
『システムの作動テストは、ほぼ終わったわ。私も今夜帰れそうね』
「良かった。それじゃあ、終わったらまた連絡頂戴。それまで、ゆーすけ見てるから」
安心した声で、聖女は「紅の鶴」と「未来への女王」にことを伝える。
『ええ、待ってて』
『ゆーすけ君のこと、お願いね』
二人も変わらぬ声で答え、通信は終わった。
「......嫉妬、しないのかな。私だけ長くゆーすけと一緒にいて」
足元で寝息を立ててる彼を見て、聖女の胸はチクリとした。
「平等、だよね。私たち......」
初めて会った時から、ゆーすけはこれを徹底した。デートの日程、彼への料理当番、一緒に夜を超える順番だって。
「けど、最近は私ばっかり一緒にいる。いいの、かな......」
確かに、雪はゆーすけの母に大変気に入られている。特例として、彼女には新聞社への出入り権が認められているくらいに。
アスカも、ゆーすけから「女王」として彼の付き人の統括権が与えられている。それ故に、今回のイベントが円滑に進められているのだ。
では、誰からも特例を貰っていないルーシーは。
「私の持っている『特別』は、二人も持っている。私だけの『特別』は......」
愛しい彼の寝顔に、ふと体が引き寄せられる。今なら、今だけなら、誰の咎めもなくゆーすけの「特別」になれる。
(だめ!)
仮にも聖女。ルーシーは、何とか理性で抑え込んだ。己の感情プログラムを、己の作られた過去によって強引に抑え込んだ。
(皆の信頼は、裏切れない。この場所は、壊せない......!)
解放など、出来るはずがない。己を律し、愛する人のために動く。それが、今の自分だと。
「本能に任せて、自分のマスターを傷つけるなど、論外なのよ」
己の体に闇はない。ダークネスになってはいけない。
なっているのは、並行世界の別人物。そう、願う。
「これが、私の、正義っ!!!」
明日、自分たちの向き合う相手。奴に言われた「正義」に対する答えを、ここでぶつける。
クリスマス会を開くとゆーすけが決めたその時から、ルーシーはそう決心していた。
明日、その「当日」がやってくる。
準備は、ほぼできた。
◇◇◇
~12月23日・夜 東京都・犬飼宅~
「......ぼんやりと『AIを相方・同志とする世界』を夢見ているが、それを実現する方法が分からないんだ。だから、院に進学して考える時間を取る」
「あ、ああ......」
ラルーチェは、静かに俺を見る。その目に、何か意見は見えない。
「けど、分からないんだ。望みしかなくて、他に何の取り柄もない俺が、これからどう進めば良いのか」
「......隊長」
まだ、ラルーチェは何も言わない。学習って言い方が正しいか知らないけど、俺の傾向がより詳細に分かるのかもな。
「クリスマス会。橋本ゆーすけは何かしらの意図があるはずだ。けど、俺が招待された理由がよく分からない。戦う気満々だったけど、何と戦うかよく知らなかったしな」
あれから丸一日。寝る・食べるとかを除けば、俺はずっとラルーチェの膝の上にいる。
考えがまとまらない。いや、考えるだけの力がない。
ぼんやりと、条件を整理する。けれど、あまりにも、未確定な要素が多すぎるんだ。
「まあ、考える時間は必要でしょ。もう、司令官はぶっつけ本番なんだし」
すぐ横で刺繍を進める美咲の言葉。間もなく、俺の衣装が完成する。
「あ~。そういえば、まだクリスマス会の対策してなかったな」
先のことばかり考えて、明日のことを忘れてた。まあ、でもねえ。
「けど、『形国』の戦い以外に何を対策するか分からないし。付け焼刃も時間ないしなあ」
あまりにも、話が急だったしな。下手なことすれば、ビギナーズラックもなくなる。
「隊長、体力温存するのは賢明だと思うぞ。ただ、明日は迷うなよ。迷いは、鎌を鈍らせるぞ」
「司令官。昔と同じ心で、昔以上の戦い方をするんだよ。それが、多分ベストだから」
二体もこう言っているしな。テスト前日は徹夜をするな理論だ。
「けど、あの戦いの後も気になるよなあ」
「そう、だね」
「マスコミとかに、変なことされなければ良いが......」
最悪、戦いそのものは負けて良い。精神的な問題は別だが、本来は余興のはずだ。
けれど、それを見た橋本ゆーすけ贔屓のマスコミがどう出るか。それが問題である。
「そこは、良心に願うしかないか......」
三秒悩んだ結論は、これ。戦い以上に、これはしょうがない。
「......そう、だね」
「そうだな......」
これで、事前協議は終わりかな。まあ、協議ってレベルじゃないが。
「......ねえ、司令官」
「ん?」
「もし、もしもだよ。明日の戦いにも負けて、世間からも悪者にされて、居場所がなくなったら、どうする?」
刺繍セットをしまい、美咲がすり寄ってくる。目線は、俺の隣。昨日の唇が、また、近くに。
「......さあな。遠くに逃げて、静かに世界から背中を向けるかな」
最悪の場合、だよな。まあ、自殺は論外にして。大学院進学も、就職も、実家帰省も叶わないとなると、自給自足に近い生活だろうな。
電気は、欲しいけど。
「それで、良いのか? ぼんやりとはいえ、夢があるんだろ?」
「......絶望的な状況で再起できるか、分からないからね。生活できれば、御の字かもよ」
「そんなに、悪くなる、かな?」
「なる、前提だからな。住所特定とかされたらの話だよ」
二体の思う「最悪の状態」は、よく分からないけれど。俺は少なくとも、「二度と表舞台どころか日常生活もできない状態」を思っていたが。
「......ねえ、司令官」
「ん?」
「......戦い、勝てなくても良いけどさ」
俺の腹に、美咲が乗っかる。ぐえ。
「せめて、死ぬ日まで一緒にいさせてね。司令官が死んだら、私も全て終わるから」
「......そう、か」
重いよ。
「......私は、墓の管理をしよう。誰でも良いが、お前の想いを語り継ぐ役割が必要だろ?」
「そう、だな」
俺の頭をゆっくり撫でるラルーチェ。こっちも、重いよ。
「まあ、そこまでの事態にはならないと思うけどな」
「まあ」
「そりゃあね」
「じゃあ、ボチボチ寝るわ」
「うん......」
「おやすみなさい」
頭を少しずらし、ラルーチェの膝から枕に移る。そのまま目を閉じ、スリープ。
......明日、か。
ここまで、クリスマスが来て欲しくなかった日はないな。
ヘタしたら人生が、大幅に狂ってしまうのだから。
さあ、決戦の時だ。
各パートナーAIは皆マスターを想っている。けれど、出力の方向性は大分違うのは気のせいかな。
それは、モデルとなった彼女たちの影響か、マスターのイメージの違いか。
それとも......
次回『CODE:Partner』第二十八話『いつもの朝、いつかへの少女』
その愛は、プログラムを超える。




