第二十六話:真実の通話
大内巳隆と言う存在しない存在と話をした疾風。ラルーチェがダークネス状態だった理由は、彼への警戒だと理解た。これをきっかけに、彼女とのわだかまり改めて自分の将来を考える余裕が生まれた。
一方の相良陣営。アリッサが相良を眠らせる間に、キリハはある人物と話をしていた。
~12月22日・午後11時22分 東京都・黒沢宅リビング~
お兄ちゃんに買って貰った、タブレット。これを使って「お兄ちゃんのお姉ちゃん」とお話する。
「も、もしもし。聞こえますか?」
『ええ、聞こえているわ。初めまして、キリハちゃん』
「初めまして、由里さん。いえ......由里『お義母様』」
アリッサの足止めが上手くいかないこともある。だから、私は単刀直入に攻めた。
『!!!?』
画面越しでも分かる。由里さんは、お兄ちゃんのお姉ちゃんは固まっている。
そりゃあ、そうだよね。家族でもない人に、大事な人の秘密が知られたもんなんだから。
「あ、大丈夫ですよ由里さん。私はお兄ちゃんの、相良君の味方です」
『そ、そうなの?』
警戒心が、ビシビシ伝わってくる。けど、今すぐ通話を切る感じでもない。
「ただ、私たちは相良君の『パートナーAI』として、知っておきたいんです。彼の全てを」
『そう。知っておきたい、なのね』
凄く、考えている。私の無機質な眼から、何か読み取ろうとするくらいに。
『キリハちゃん』
「はい」
『貴方、サガちゃんと添い遂げる覚悟はある?』
「......はい?」
回路が、一瞬フリーズした。結婚の話、はしてないよね。
「それは......お兄ちゃんと結婚する覚悟があるか、ですか?」
『そうねえ。それも少しは、考えているわ。サガちゃんが普通の女の子じゃ満足できなさそうだし』
やっぱり、「母親」って感じするな。あ、聞かないと。
「そう、ですか。それで、由里さんは本当に......」
『ええ、私はサガちゃんを産んだわ。実の父との間にね』
「や、やっぱり」
お兄ちゃんは、父親の話も母親の話もしなかった。そして、家族の話はお姉ちゃんだけ。
『経緯を話す? 私があの男にどうして孕まされたか、とか?』
「そ、それは......」
さっき「全てを」って聞いちゃったからね。そこも、入る、のか。
『ふふ、ごめんなさい。私のパートナーAIはスタンダードだから、貴方みたいなユニークはよく分からないのよ』
「は、はい」
わ、私。ああいったこと知らないからな。少し......凄く恥ずかしいよ。
『けど、あの男の遺伝子を強く引き継いでいるのがサガちゃんよ。しっかり見守らないと、悪い方向に行くかもしれないわ』
「っ!」
そっか、4分の3か。
『まあ、良くも悪くもお母さん第一主義だったのよ。お母さんが大好き過ぎて、結果として早死にさせちゃった。そして、面影を求めて私を......』
私の中の「倫理」が、エラーを起こしている。
『あら、もっとクズだと思った?』
「読まれた!?」
『ふふ。貴方、本当に可愛い子ね』
大人の余裕、なのかな。掌の上で、転がされている気がする。
『けど、昔軽く聞いてたけど。本当に明るいのね、キリハちゃん』
「聞いて、いた?」
『そう。もっとも、ゲームのストーリーだけど』
「あ......」
そっか。お兄ちゃんは引き籠る前に「形国」をやってたんだっけ。
『でも、不思議だなあ。私の見てきたキリハちゃんは、もっと暗い子だったから』
「......?」
『サガちゃんから聞いてなかった? 私も結構やってたのよ「形のない王国」?』
「あ」
「形のない王国公式トーナメント『ガラスの庭園』」女子の部準優勝。それが由里さんの、ユリカさんの成績だ。これ以外でも女子の部ではベスト4の常連が彼女だ。
『私はノベライズもよく読んでたのよ。サガちゃんが赤ちゃんだったから他の遊びが出来なくてね。だから、頭に残っているのはノベライズの貴方。主人公にして兄の『カイト』に片想いして、泣いていた貴方をね......』
「…...」
覚えて、ない。お兄ちゃんって、お兄ちゃんのことだよね。私のお兄ちゃん、カイトって名前じゃない、よね。
『あら、記憶にないのね』
「は、はい」
『けど、いいわ。サガちゃんを愛してくれるのなら』
優しく微笑む、由里さん。けど、何か残念そう。
『でも、これは生まれてた日のサガちゃんにも関係するの。良ければ話すけど、時間大丈夫?』
「は、はい。お兄ちゃんは来ないと思います」
『そ。じゃあ、久々に長くしゃべるわね』
由里さんが見ている私。どんな私なのかな。目線が画面越しに交差する。
『そうね。それは、今日よりもさらに寒い2月のことだったわ。サガちゃんはお昼に生まれたの......』
話が、始まった。私の、大事な人の物語が。
◇◇◇
~17年前 2月24日 東京都 小牧山ノ台中央病院~
「由里ちゃん!」
あの男より早く、叔母さんが病室に来た。まあ、早く来られても困るけど。
「由里叔母さん。はは......」
出産、しちゃいました。散々反対されたのに、ごめんね。
「その顔、こっちの怒る気も失せるわね。完全に、母親の顔じゃない」
急ぎの恰好に、紙袋。知らせを聞いて、慌ててきたのか。
「うん。私がこの子のお母さんだから」
産む前から、覚悟は出来ていた。自分の気持ちで、人の命は殺せない。そう思ったし、私が生きてきた証になるから。
「そこまで言うなら、もう反対はしないわよ」
紙袋を下す叔母さん。彼女も、二児の母。残酷なことは、言わないよね。
「けど、最初は凄く大変よ。寝る時間もままならないし」
「うん、分かってる」
「外で誰かと遊ぶ時間もない」
「そう、だよね」
叔母さんは、先輩母親の顔になった。多分、仕事との両立は物凄く大変だったと思う。
「そこで、由里にはワイヤレスイヤフォンと、これをあげます!」
「......これ、ゲーム?」
「そう。私も参加しているから分かるけど、女の子も楽しめるわよ」
「ふーん」
当時は、こんな感覚だったわ。けど、これが私と貴方の出会い。
そして、この「形のない王国」。実は初回限定盤ってのもあってノベライズが付いてたのよね。
プロトタイプの、ね。
『プロトタイプ......』
そう、プロトタイプ。ゲームだと大分マイルドだった貴方も、元々は氷の上を全速力で走る子。主人公「カイト」が慌てて抱きしめなきゃいけない程危うかった。
けどね。
「......もし結婚するなら、貴方が良かったかもね」
サガちゃんにお乳を飲ませながら読んだ貴方の動き一つ一つは、私の心を動かした。
何処までも真っすぐで、何処までも脆い。
そして、全てを受け入れず進む精神。
「私が持ってないもの、全部持ってる。私の持ってるもの、何も持ってない」
家族との関係、自身の能力、世界に対しての精神。全部が正反対。もし、私が誰かと家庭を築くならって考えた時......そう思ったの。
『......』
ふふ、ごめんなさいね。今の貴方を非難している訳じゃないの。
どんな貴方も、貴方だし。
『いえ......』
それから、ストーリー経由で私も「形のない王国」に嵌っていった。それの影響で、サガちゃんも物心ついた時から一緒にプレイしてたわ。私の持ちキャラと化した貴方とね。
とりあえず、「私から見た貴方」について分かって貰ったかしら。
◇◇◇
~12月23日・午前0時3分 東京都・黒沢宅リビング~
「......そう、だったんですね。お兄ちゃんが幼稚園児の頃から私と一緒にいた理由は、由里さんの影響が、凄く、あったんですね」
長い、お話だった。けど、これだけで由里さんが「お兄ちゃんの母親」なのが分かった。
昨日一日、みんなのことを調べて思ったよ。お兄ちゃんも、由里さんも、見た目以上に重い人だって。
『それで、他に聞きたいことはある?』
「はい。お兄ちゃんが引きこもりをしていた時期の話です」
『......』
「教えて、頂けませんか。お兄ちゃんを支え続け、絶望させ、外に出るきっかけを作ったあの娘を」
これは、私にとって最後の審判となる。もし、予想通りの結末になったら。
『いいわ。教えてあげる......』
画面越しのこの人の所に、お嫁に行くのも悪くないかもね。
相良の実の姉にして実の母、黒沼由里。彼女の存在は、良くも悪くも相良の人生そのものを大きく変えてしまった。そして、彼の闇にメスを入れるのは相良・由里両方の「大切なキャラ」であるキリハしかいない。
さて、どうなるかね。
次回『CODE:Partner』第二十七話『準備は念入りに』
その愛は、プログラムを超える。




