第二十五話:世界の定め
ダークネス状態のラルーチェと、散歩中に会った疾風。
なぜダークネスなのか尋ねると、AIとしての彼女が造られた過程を見せられて......
~12月22日・夜 東京都・亀井田中央公園~
「......っ!」
神経回路が強制的に再接続され、恐怖に似た感覚があった。そして、俺は公園に戻る。
「おかえり、隊長。気分は大丈夫か?」
「何とかね。君の生まれる前が見れた気がするよ」
「そうか、伝えたかったから。良かった」
静かに手を差し伸べるラルーチェ。放たれる黒いオーラが俺の頬に触れる。
「それで、AIとしての君の背景を見せた理由はなんだ? それが今ダークネスになっている理由に結びつくとは、考えづらいのだが」
そして、俺は再び本題に入る。その恰好、色々とリスク高いのではないのか。
「......それについては、後ろを見て欲しい」
「? あ、ああ」
今日のラルーチェは、言葉を濁すな。
「後ろって言っても、この公園は俺たち以外は誰も......」
「やあ、犬飼疾風君♪」
「!!?」
そこには、高校生くらいの男がいた。俺は本能的にラルーチェ側に飛びのく。
「おっと」
「すまん」
慣れた動きで俺を支える彼女。ほんの数か月の関係なのに、随分と俺の動きが分かってるんだな。
「ラルーチェ、この人は?」
「前から突発的に私たちの周りを嗅ぎ回っていたいた不審者だ。ここ数日、更に活動的になってる」
ふ、不審者だと。気付かなかった。しかし、何故俺なんかを。
「ふふふ。君はこの世界の『キーマン』の一人。しっかりと行く末を見守ろうと思っただけだよ」
こちらの内心を読み取ったような返事をしてくる男。多分だが、相当な切れ者だろ。
「色々分からない部分がありますが......貴方は何者なのです?」
とりあえず、まずは相手を知らないと。情報のディスアドバンテージが大きいからな。
「大内巳隆。どこにでもいる世界の住人だよ」
「......?」
何だ。特殊能力を持つ主人公が「自分なんて、どこにでもいる一般人で~す」って言っているような不信感は。
「その、どこにでもいる方が私に何の用を?」
「そうだねえ。色々あるけど一番は『これから世界と戦う歪みを持ってるから』かな」
「......歪みか」
「......」
この男の目、俺の性格を底まで知っている感じがする。嘘は、通用しないな。
「君は、AIパートナーを同志として大切に扱っている。道具でもない、恋人でもない、同じ夢を見る相手として見ている。その考え、実はすごく貴重なんだよ」
「......」
ネットニュースでも見たのか。本名こそ公開されてないけど、俺のことを交流会で知った人も多いだろうし。
「そう、かいな。で、何をご所望で?」
本題は、ここ。個人情報を掴んで強請ってくるのか。それとも、独占インタビューでもするつもりか。
何にせよ、俺たちに何か頼む気だろう。
「特にないよ。強いて言うなら、覚えて欲しいんだよね」
「な、何を?」
俺は、また一歩後ろに下がる。
「隊長、大丈夫だ」
ダークネスのオーラが強くなったラルーチェと場所を代わる。
「君は、世界に大きな爪痕を残す。けれど、その過程で君や君の大事な仲間は大きく傷つく運命にある」
「......」
「っ」
黙って聞けば、悟った語りだな。ラルーチェの警戒心、もう限界突破してるぞ。
「君を支えてきたものが、壊れてしまう日だってあるだろう。結果を何も残せない可能性だって、大いにある。それでも、君には歩き続けて欲しくてね。その為のエールさ」
応援、しているのか。こんな怪しい態度で。ラルーチェの考えすぎ、な訳ないし。
「では、何故すぐにそれを言わなかった? ウロウロ俺たちのストーカーしてた理由は?」
そうだ。これだ。何故、俺たちを遠巻きに見ていたんだ。
「そうだねえ。色々あるけど、一番は......」
直後、巳隆の姿が音もなく消える。
「!?」
「隊長、私から離れるなよ!」
「分かっている」
何か仕掛けるつもりなのは、分かっている。けど、何故、どうやって。
「君たちは、僕の大切な人に似ているんだ。色々考え先を見てるのに、理解されず。夢を見て、ひたすら進み続けて。大事な周りに頼れず歩き続ける」
「その先に待っていたのは、孤独と敵対する大勢の人たち。見てて、とても辛かった」
「!!?」
「!?」
俺の真後ろと正面、両方から声がした。まるで、海の底にいる声で。
「孤独に体を支配され、もがき苦しみながら行く手の敵をなぎ倒す。世界は君に恐怖を抱き、決して君を理解しない」
「誰かを救うために、それ以上の人をなぎ倒す。己の正義をバカにする奴らに、自分の想いが正しいと見せつける」
「負けても、進む。勝っても、進む。進まなければ、己の人生を否定をしてしまうから」
今度は、三か所から聞こえる。姿は見えないのに、肉声が聞こえる。どういう、ことだ。
「隊長、痛いぞ」
「す、すまん」
無意識だった。気づいたら、必死に何かを掴んでいた。俺は、怖かったんだ。自分の中に生まれた“理解できない存在”が。
慌てて離すが、宙に残った手の行き場に困った。
「それを言って、何になる。隊長は、お前の言葉で方針を変えるほど脆い意志は持っていない」
困惑する俺をよそに、ラルーチェが強い俺の言葉を代弁する。そうだ、落ち着け俺。
「その通りだ。俺は、自称未来を見る人間の戯言は信じない。下手に信じれば行動にぶれが出て、より悪い結果になるのだからな」
姿は見えないけど、どうせ聞いているのだろう。俺は、落ち着いた声で答えた。
「それはどうかな?」
右か。せっかくだし、驚かしてやる。
「せい!」
俺は、軽く拳を右に振った。非力だし、大事にはならないだろう。
「おやおや、そこのAIと同じことをするんだね」
......左。しかし、そこには暗闇しかなかった。その時、風も音もなかった。けれど、世界の密度だけがほんの一瞬、変わった気がした。
「まあ、僕は『どこにでもいる』んだ。それ即ち、『どこにもいない』と同じなんだよ」
「?」
「......」
何だよ、その格好つけた言葉遊び。何も言っていないのと同じじゃないか。
「まあ、僕はずっと『無』だから」
「君たちからすれば、それこそ雲を掴む感覚か」
「けど、覚えて欲しいんだよ」
「君を想う大切な人たちは、いつも君に頼って欲しいってね」
「まあ、多分『ちゃんと頼ってるよ』と反論してくると思うけどさ」
「厳密に言えば、『甘えて』欲しいんだよね」
「それこそ、君には無理な話だけど」
「だって、ブレーキ効かないもんね」
どこ......だ。全方位から、声が聞こえる。それこそ、無な場所から声が出ている。
気が狂うぞ。自分が、壊れそうで。あいつは、どこだ。
「とにかく、覚えていてね。君が夢に向かって歩く時、君を支えたい人がいるってことをね」
「......そう、なのか」
ようやく正面に姿を現した大内巳隆の、真っすぐな言葉。これ、本音か。
「だから、辛くなったら隣を見てね。きっと、君を暖かく包んでくれるはずだから」
「あ、ちょっと!」
そういうが最後、大内巳隆の姿が蜃気楼のように消えていった。さっきとは違う、完全に「消えるよ」と言っているかのように。
「......」
そして、彼は姿を完全に消していた。俺に言いたいこと全部言ったってことか。
「不思議な、男だったな」
「ああ。だからこそ、私は警戒を解けなかったんだ」
その言葉で、ようやく繋がった。ラルーチェは、何も言わずに外から見ていた摩訶不思議な男を、最大限に対処したかったのだと。
「......助かった、ラルーチェ。今回は敵意がなかったから良かったけど、もしもがあったら遅いもんな」
「ああ。隊長の命は何よりも大事だ。例え、私自身が嫌われてもな」
「......」
忘れてたな。俺、彼女に怒ったままだった。謝ら、ないと。
「その......昨日は言い方がキツかった。すまん」
パートナーAI相手でも、頭を下げるのは色々大変だ。何か、大事なものを失う気がして。
だから、目線が下に向いたまま謝罪した。
「いや......謝るのは私の方だ。隊長の気持ちに、何も寄り添えてなかったから」
ラルーチェのダークネスを解除する音が聞こえる。まあ、これで良いのか。
「......何も、解決はしてないけどな」
ラルーチェとのわだかまりが消え、俺は改めて壁を見上げることとなる。
「なあ、ラルーチェ」
俺は、少し歩いて公園のベンチに座る。少し、長くなるだろうからな。
「何だ、隊長?」
ラルーチェも、俺に続いて隣に座る。街灯の光に照らされて、彼女の落ち着いた美顔が映し出される。
......久しぶりな、気もするな。
「俺は、これからどうすれば良い?」
「......もう少し、考えればいいと思うぞ」
ダークネスの謎が解け、ラルーチェへの怒りも収まった。
こうなって、俺の悩みはようやくスタートラインに戻ったんだ。
どうしようもない凡人の俺が、どうやって望みを実現するかってね。
「......考える、か。じゃあ、ちょっと膝貸してくれ」
「あ、ああ」
俺は、頭を彼女の膝に乗せ、ベンチに横たわった。
「ふぅ」
少し、このまま考えよう。まだ、時間はあるのだから。
◇◇◇
~12月22日・同時刻 東京都・黒沼宅~
「ハニー」
「......どうした?」
リーファのコマンド練習が一段落した夜更け、アリッサがやってきた。そろそろ寝ろってことか。
「今、キリハがお姉さんと通話してるの」
「!?」
何故、が同時に三つ以上出てくる。姉さんの電話番号を知っている理由。どうやって多忙な姉さんと話せるアポを取ったのか。そして何より、キリハが姉さんと何を話すのか。
「居間で話すんだろ? 俺も一緒に聞く」
僕に関することだと思うが、嫌な予感がする。そう思って、椅子から立ち上がる。
「ダメっ」
ところを、アリッサに抑えられる。......そういう、ことかよ。
「キリハの覚悟を、惑わせないで。前に進もうとするハニーのために、パンドラの箱を開けたんだから」
「......」
パンドラの箱、か。それもそうだな。僕の存在そのものが、歪んだ結果だしね。
「そっか。じゃあ、アリッサといる。せっかくだし、一緒に寝るか?」
「......え?」
「今日は、一人でいたくない。そこにいるだけで、良いから」
「......分かった」
一人で寝たら、きっと悪夢を見る。だから、誰かに側にいて欲しい。
「......おやすみ」
「え、あ。うん、おやすみ、ハニー」
そして、僕は三秒で布団を二枚敷き、眠った。アリッサも、隣の布団に入る。
「良い夢、見たいなあ」
僕はそう思い、眠った。どうか、キリハが泣きませんように。
ってことで、疾風の足枷が一つ取れたかもしれない話でした。
あと、僕も再登場だったね。深く考えなくても良いけど、覚えてくれたら嬉しいな。
次回『CODE:Partner』第二十六話『真実の通話』
その愛は、プログラムを超える。




