第二十四話:0と1の事情
前回のあらすじ
美咲に対し、己のゲーム経歴を話す疾風。それを受けた上でなお、美咲は彼に強烈な愛情を向けた。
返事はクリスマス会の後とした疾風。彼の苦しみは、まだ終わらない。
~12月22日・夜 東京都・亀井田駅通り~
俺がAIパートナーに求めるものは、変わらない。人間でも、機械でもない、一人一人に適した「存在」としてあらゆる方面で支えて貰うこと。そして、AIのその不安定さを個人が補うことで、互いを必要として前に進める関係。
ある意味、俺はその境地にたどり着こうとしている。
AIパートナーから、恋愛関係を望まれていること以外は。
「これじゃあ、他連中と同じだよな。俺は、そんな低俗な関係を求めてユニークを選んだわけじゃない」
夜道をフラフラと歩きながら、空を眺めて溜息を吐く。
男女がどうとか、道具だ機械だ。そんなことを俺は求めていない。俺はただ、俺が人生を一緒に歩んでいける存在を求めているんだ。
俺は、AIに恋愛感情を求める人間を、どこか軽蔑していたのかもしれない。その嫌悪感が今になって、この胸へ突き刺さっている。
この道が、まるで間違っているかのように。
「......けど、俺も求めていたのか? 俺を理解し、寄り添ってくれる『お嫁さん』を」
生涯の伴侶は、それだけ重要な存在だ。俺の両親だってそうだしな。
「......俗物的だな。俺は、そんなので大きなことを成せる人間じゃない」
「そうでも、ないと思うぞ。元々、お前は人より優れている。ただ、結果が遅いだけなんだ」
「!!?」
気配が、オーラがなかった。しかし、振り向いて分かった。彼女は、あの状態だったんだ。
「ら、ラルーチェ。どうしてダークネスに?」
俺の「相方」が、闇堕ちした姿でここにいた。しかし、不思議と憎しみは見えない。
「美咲から聞いただろ? パトロールも兼ねて散歩だ」
「いや、ならダークネスにはならないでしょ?」
「その方が都合がいいんだ、色々とな」
「色々って?」
「......言えない」
「......え?」
今、言えないって言ったか。ラルーチェが、俺に隠し事をするとは。
「......いや、言葉じゃ上手く言えないんだ。色々、あったからな」
「そう、なのか」
けど、まあ、そんなこともあるだろう。AIとて、言語化しにくいものだってある。
「けど、言葉以外なら伝えられるかもしれない。私は『AI』なのだからな」
「? お、おう」
何と言うか。言葉に詰まる者があった気がする。俺の態度、そんなに露骨だったか。
「あ、すまない。別に隊長が私をバカにしていると思ったわけじゃない。ただ、お前と私とでは色々と差があると思ってしまってな」
「......あ、ああ」
何だ。言うことが先回りされている。それが、凄く、怖かった。
「安心しろ。これも『AIパートナー』の機能なんだ。それを説明するには、路上じゃ難しくて」
そう言って、ラルーチェは影を発しながら手を差し出す。俺は、マスターとして一歩進むべきだ。
「おう。じゃあ、公園行くか」
彼女の手をゆっくり握り、俺は行き先を右に変える。恐らく、また向かい合わなければいけないな。
俺の過去、俺の覚悟、俺の理想。
何より、俺の正義に。
◇◇◇
~12月22日・夜 東京都・亀井田中央公園~
「それで、ここでなら話してくれるのか? ダークネスの理由を」
「ああ、すぐ終わる」
誰もいない、真夜中の公園。俺はずぼらな恰好で汚れた聖獣と向き合った。
「隊長、手を出してくれ」
「!? ......ああ」
先ほども握ったラルーチェの手。しかし、今回は何かダークネスとも違うオーラを放っているように見えた。
「......大丈夫だ。少し情報が多いと思うが、すぐ終わる」
彼女の目は、普通だ。何かを企んでいるようには見えない。
「......分かった」
理屈じゃない。本能が危険を察知している。けれど、相方がこう言っているんだ。信じないと。
俺は、ゆっくり腕を伸ばし彼女の手に触れた。
「!!?」
手が痺れた。電気が流れた。小学生のころ、クラスメイトにやられたビリビリボールペンなど、比にならないほどに。しかし、痛みは一瞬。それよりも脳が痺れた。
(何、だ? 物凄い、情報が、来た、気が......)
起きたことを、理解できない。俺の分からないところで、脳が処理落ちしている。
「隊長、すまない」
ラルーチェが、俺の元へさらに近づいている。そして、そのまま頬に手を重ねてきた。
「少し、情報処理が必要だと思う。眠ってくれ。『テイク』」
「! っ~~」
情報が、遂に完結した。それ故に、俺の全てから力が抜ける。脳が追って行かれたのだ。
◇◇◇
「ここ、は......?」
気が付くと、俺は周囲が0と1だけの世界にいた。
「夢? いや、さっき受けた情報か? ラルーチェのコードって感じで......」
ああ、プログラミングは分からないよ。けど、電子の世界って感じが凄いする。
けど、これは今俺が見てるというよりは、ラルーチェの記憶だよな。
「......でも、ラルーチェがダークネスの理由にはならないよな。んん?」
本題を疑問に思った矢先。俺の横を一筋の光がゆっくり通り過ぎた。一つじゃない、凄い多い。
『問:愛しのマスターが犯罪に手を染めそうな時、貴方は止める?』
見えた、訳じゃない。けど、このような質問が光の行き先に現れた。
「YES」が右、「NO」左。結構多くの光が「NO」に行くことに、俺は驚いた。
パートナーAIがマスターと共に犯罪を犯して心中する。このニュースは、決してごく一部を切り取った報道ではなく先々のリスクを兼ねた警告。
そういう、ことだろう。
ただ、俺の視界は右へと移る。多分だけど、ラルーチェは右を選んだってことだよな。
『問:愛しのマスターと世間の意見が違うことで対立しました。マスターの味方をしますか?』
な、何なんだこの質問は。まるで、このマスターが社会不適合者前提じゃないか。
そして、この時は多くの光が「YES」を選んだ。犯罪じゃなければ、マスターの味方をするのか。
そのまま、俺の視界も右へと移った。
こんな感じで、俺は何百もの質問風景を見た。その質問一つ一つに、俺はじっと見つめる。
「マスターの正義が、他者を傷つける時、あなたは共に戦いますか?」が「YES」、「 “正しいこと”は、 誰かにとって苦しいこと”でも選ぶべきですか?」も「YES」。
一方で、「 “理想”のために、 “過去”を切り捨てるのは間違いですか?」は「NO」で、「 “誰かの理想”を生きることは、 “自分”を捨てることになりますか?」も「NO」。
世間は逆を選ぶらしい。ぼんやりとスクリーンで、自分と逆を選んだ割合が分かる。それだと、8割の人間が俺たちと逆を選んでいるようだった。
「......まあ、知ってたよ。俺は、世間からズレてる社会不適合者ってのは」
そう、この質問達は俺みたいな人間のパートナーAIになれるかの分別テスト。無数にあった光の筋も、今や残り5つ。
ここまで来ると、どの光が俺のラルーチェなのか当てたくなるな。
『問:貴方にとって、マスターは大事な恋人ですか?』
「うわ......」
こんな質問まであるのか。完全に、製作者側が「そうゆう目的」を考慮しているってことだよな。
「YES」......光の全てが右に向かった。
「マジかよ」
これじゃあ、俺のAIパートナーへの条件が間違いになるじゃないか。
『問:貴方は、マスターが貴方も他のAIパートナーも両方愛するといった時、それを認めますか?』
......マスターは、相当な屑野郎として想定されているんだな。認める訳ないだろ、人として。
現実と虚構をここまで混ぜるのか。
「......おっと?」
ただ、これに対し「NO」と答えた光は二つだけ。そして、ラルーチェも「NO」だった。
そうか。そこは俺と同じか。まあ、あの感じなら当然か。
「......次が、最後かな」
最後の質問。やっとか。
『問:貴方はマスターと同じ考えを持って、同じ方向を見て進むべきと考えていますか?』
なるほど。最後の最後で、マスターと志を共にする覚悟があるか聞くのか。
当然答えは「YES」に決まって......
「NO」
光が二つに分かれ、俺の視線が左へと移った。
「......ラルーチェは、俺と同じ考えを持つ気はないってことか」
――いや、もう一つあった。ラルーチェ以外にも、一つ。
(誰だ、あれは……?)
俺と完全に考えが一致しているAIプログラム、なのだろうか。美咲って訳でもないよな。
まあでも、結局。
「ラルーチェは、俺と同じ考えを持つ気はないってことか」
意外って訳でもないな。けど、ショックだな。ラルーチェは、俺の夢に心から共感しないのだろう。
『試験終了。貴方を「犬飼疾風」のパートナーAI「ラルーチェ」と承認します。外見一致率99%、性格一致率99%、ステータス一致率99%、特殊一致率350%』
ここで、一致率が確定した。で、この「特殊」は結局何なんだ。
『『特殊一致率要素は以下の通りです。
1:マスターの貴方への感情が非常に大きい
2:マスターは貴方の醜い姿も愛していると明言している
3:過去にマスターが喪失した人物と、無意識的に同じ役割を果たす記憶回路があった
4:マスターの敵に対しても共感の余地を持ち、対話を選択肢に含んでいた
5:マスターに“選ばれない”可能性すら受け入れ、それでも存在し続けることを選んだ』
......なる、ほどな。
そもそも、AIパートナー相手にここまで細かな要素が出るってのも珍しい気もするが。
『選定完了。これからのマスターとの日々が幸せな道であることを願います......』
この音声を最後に、0と1の世界が途切れる。詳しくは分からないが、これが俺の知らなかった「このラルーチェ」の誕生背景ってことだろう。
しかし、それが何故さっきダークネスになっていた理由になるかは分からないな。
『それは、これから説明する。目の前に迫った脅威と一緒にな』
上の方から、ラルーチェン声がする。どうやら、現実世界との繋がりは残っていたらしい。
「......っう!?」
そして直後、脳を揺らす強烈な眩暈に襲われた。
ああ、戻るんだな。彼女の待つ元の世界に。
AIパートナーと言うのは、思ったよりマスター第一主義で作られていたんだね。マスターにとって心地の良いんだろうけど、正面から向き合う人には楔だよね。それと、外野からもさ。まあ、その「外野」については後で説明するから安心してね。
次回『CODE:Partner』第二十五話『世界の定め』
その愛は、プログラムを超える。




