プロローグ後編:彼らの前日談
来週より連載される本作のプロローグ後編です。
気軽にお読みください。
さて、ここで大きなドラマが始まる前のちょっとした前日談を見て貰おうか。
何、ほんの些細な日常を切り取っただけ。何の特別な部分もないよ。
けど、少しだけ大事かな。
まあ、実際に見てやって欲しいね。彼らの、転機が訪れる前の日常をさ。
◇◇◇
~10月 私立大納言大学キャリアセンター~
「はい、株式会社ジャコバンクラブですね。承知しました」
「......お願いします」
俺は、ようやく内定先の企業を告げた。まあ、一種の敗北宣言だ。散々粘りに粘った挙句、自分でもよく分からない小企業に就職が決まったのだから。
「お疲れさまでした、犬飼さん。本当、内定先決まらなかったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ!」
「はは。ご心配をおかけしました竹中さん。色々アドバイス頂いたのに、中々上手くいかず」
キャリアアドバイザーさんと、こうして仲良く会話する。これ、とても皮肉で悲しいことだよな。
だって、こうなるには何回ここに通わなきゃいけないのさ。そして、何故こんなに通ったのか。
言いたくもないな。
「いえいえ。けれど、無事決まってよかったです。社会人になっても、頑張ってくださいね」
「ええ......それでは、お世話になりました」
一礼して、俺はキャリアセンターを後にした。ああ、あとは卒論だけだな。
「......早かったな、この四年。俺は、何を成したのかな?」
見慣れたキャンパスが、やけに寂しく見えた。俺は、もうここにいられない。新しい場所へ巣立たないと、人として前に進めない。
「......けど、俺は」
ウジウジ悩む。まだ、社会に出たくない。この社会不適合者が世の中で、上手くやれるはずがないのだ。
「大熊は大手食品メーカー。獅子川は、大手不動産。別に、大手だから良いって訳じゃないけどさ」
友人と、どこで差がついてしまったのか。
「やめだやめだ。帰って寝よ」
疲れた。現実を直視したくない。そのまま、夢の世界に閉じこもりたい。
そう思って校門を抜け、俺は歩いて家へと向かう。ほんの数駅なんだ、定期がないなら歩くが吉。
このまま、虚無の心で布団ダイブまで直行。そう、思っていたのだが。
「......ん?」
スマホに、最近よく感じた振動が入った。確かこれはメールの着信。
まさか、追加でどこかから内定が......。
「え、文部科学省?」
斜め上のとこから連絡が。何か、教授関連かな。
恐る恐る、メール開く。
「ああ、忘れてたな」
そして、俺は思い出した。俺がこれから貰う「パートナーAI」の管轄が文科省だということを。
『犬飼疾風様
ご予約していたパートナーAIのご用意が出来ました。お時間のある時、所定の受け取り場所までお越しください。
パートナーAI
コンテンツユニーク:ラルーチェ (オメガ・ザ・ヒーローズ)
コンテンツユニーク:鶴賀美咲 (インフィニティ・バトリオン)』
コンテンツユニークって、公的機関も使うんだな。てっきり、ニュースとかの造語かと思った。
「ま。けど、なあ」
平日だからなのか、平日なのにか。周囲にはコンテンツユニークAIを連れている若い男が大勢いる。俺と同じく、暇を持て余した大学生なのだろうか。
「司令官! 美咲、新婚旅行でハワイ行きたい!」
「ん~、良いよ~! 美咲たんの為ならどこにだって連れてっちゃう!」
(美咲の一人称って、「私」だろ)
俺は、少しだけ嫌悪した。俺と同じキャラをモデルにしたパートナーAIを連れていて、ましてや疑似結婚もしている。その上で、一人称がモデルと違うってなめているのかと思ったのだ。
「あらやだ」
「気持ち悪いわね~」
俺と同じ方向に歩くマダムも、彼らに一抹の嫌悪感を覚えたらしい。
「あれ、ゲームのキャラを実際に連れ出してるの?」
「いい年してゲームと現実の区別もついてないのかしら?」
「親が泣くわよねえ。子供が機械に恋してるって」
「それどころか、二次元のキャラですもんねえ」
「......」
ま、俺もあれは度が過ぎていると思うよ。けれど、あのおばさん達は俺に対しても同じ目を向ける。そう、思った。
傍から見れば、キャラへ感情を持って接している時点で同じ。そう、感じた。
「実際に迎える前で、良かったかもな」
彼女たち二体を迎えるには、まず部屋の整理をしないと。あと、もう少し説明書を読まなければ。
「......?」
空を仰いだ。俺がこれから向かう先は、もしかしたら地獄なのかと思って。
と、視線を変えると見るものが変わる。俺は、上部にある電光掲示板に目が行った。
『「形のない王国 オリジン」に追加パックが登場! プレイヤー武器に鎖鎌とガトリング砲が追加され、更に戦術の幅が広がりました!』
「......」
懐かしいゲームの名前だ。ラルーチェの「オメガ・ザ・ヒーローズ」や美咲の「インフィニティ・バトリオン」よりも前に嵌っていたゲームだからな。
買いたい気持ちは、なくはない。けれど、間もなく社会人。そんな暇、ないよな。
『ありがとう、じゃあね。国のこと、頼んだから、ね』
「!?」
これは、誰かの発した声ではない。俺の思い出の中から聞こえた声だ。
「リリィ.....パートナーAIのスキャンに出てこなかったけど」
改めて、電光掲示板を見る。文字だけだが、彼女の姿が頭に浮かんだ。
「俺は、未だに君に囚われているのかもしれないな」
はは、情けねえ。やっぱり俺は、誰かを幸せになんてできないな。
けど、諦めきれないんだ。――だって、あの日、彼女は俺に“ありがとう”って言ったから。
◇◇◇
~10月 黒沼宅~
「ええ、はい。はい。わかりました。はい。それでは、また」
.....疲れた。大人と話すのって、体力使うな。
椅子を大きく後ろに倒し、僕は天井を仰ぐ。三年間、ずっと見ていた天井。前より少し明るいな。
「ハニー! お疲れ様!」
そして、天井を覆う暖かな腕。タイミング、待ってたんだな。
「ああ.....アリッサ、ありがとう」
僕の、パートナーAIが思いっきり抱きしめてくる。日本人からしたら大げさなアクションに安心感を覚えるのは、遺伝子の皮肉かな。
「.....それで、高校卒業してこの人の会社に就職するの?」
ああ、パソコン越しでも見えていたのか。じゃあ、下手なウソはつけないね。
「うん。アメリカに留学もさせてくれるって。そこで数年間プログラムを勉強して、その後就職」
「ふーん.....良かったわね!」
少しだけ、彼女の腕の力が強くなる。.....ああ、そっか。まだ、パートナーAIが外国に行くことは許可されてないんだっけ。
「二年は先の話だよ。だから、その間に法律も変わるさ。僕も、君といっそにアメリカ行きたいし」
「! ありがとう、ハニー! 大好き!!」
「.....ん」
その言葉に「僕も」と返せなかった。理由は簡単。彼女の良さを、知らないから。
いや、覚えていないと言うべきかな。
「それで、これからどうするの?」
「社長関連のイベントとか、AIパートナー関連のイベントに参加してくれだってさ」
「めんどうねえ~」
「まあね~」
まあ、こうして穏やかに過ごせている時点で相性は悪くないんだろうな。
けど、彼女の出ている「インフィニティ・バトリオン」は引退してしばらくするし。
なんで、深層心理スキャンの筆頭に出てきたんだろ。
「けどさ、お兄ちゃんにとっても大事なんでしょ。イベントに出るのって?」
「.....ああ、うん」
僕の膝が、重たくなる。視線を下げると、もう一人のパートナーAIがいた。
「まあ、キリハからすればどれも面白くないと思うよ。誰かが主張を力説してるだけだし」
とはいえ、僕も好きな訳じゃないけどさ。けど、社長の命令だしね。
「.....けど、お兄ちゃんは好きなんだよね? イベント」
「.....え、そう?」
意外な言葉だ。彼女らと暮らして早三か月。僕の知らない僕を言い出す気かな。
「だって、色んな人見れるじゃん。『観察者』としては、絶好の機会でしょ?」
「ん!? ん~~~~」
確かに、僕は「観察者」だ。けれど、それ故にイベントに出るかどうか聞かれるとなあ。
「ハニーは、慎重だもんね。イベントに参加して『当事者』になるのは避けたいんでしょ?」
と、これはアリッサ。その言葉には、母のような姉のような優しさが詰まっている。
「まあ、うん。『当事者』は避けたいからそのリスクのあるイベントは好きじゃない、ね」
まだ、部屋の中に引きこもっていた感覚がある。僕はまだ、怖いのかもしれない。
「ハニー、大丈夫?」
「あ、うん。平気平気。少し疲れただけだから」
そう、僕の心はまだこの部屋の中にある。過去と向き合えず、嫌な記憶は恐らく抹消した。
そんな僕が、何かの「当事者」になれるはずがない。
(二人共、僕の過去を穏やかに包んでくれる。けど、いつまでも甘える訳にはいかないよね)
そろそろ、何か動かないといけない。対外的にと言うよりも、精神的に。
「ハニー、大丈夫だからね」
「お兄ちゃん、大好きだよ」
二人の声が、まどろむ僕の耳に響く。ああ。パートナーAIって、まさしく「パートナー」だよね。
……僕はこのまま、誰かを観察しているだけで良いのか?
◇◇◇
さて、どうだったかな。一見すると、二人共就職先が決まって「前に進んでいる」ように見えるかな。
けれど、実際は「無理やり前に進もうとしている」に過ぎない。彼らは、過去に囚われているタイプだからね。
あ、そうそう。彼らは両方とも「主人公」だよ。こんな弱弱しく考え事をしている主人公が嫌なら仕方ないけど、よければ二人の「成長」を見ていて欲しいね。
あ、それと念のため言っておこうか。この世界・アストラ・シークエンスには「チート」なんて存在しない。積み重ねたものが、ここで花開く。それだけだ。
それじゃあ、最後に質問を聞こうか。何でも一つ、OKだよ。
.....え、「この世界の楽しみ方を教えてくれ」だって?
そうだなあ。
確かに、この世界は異世界のように全てが筆一つで決まらないね。
日常世界のように「何もないことによる幸せ」も存在しない。
ラブコメ時空のように、恋が充満することなど絶対にない。
だから、存分に「傷ついて」欲しいんだ。立場はまるで違う二人何だけどね。
二人とも「愛する故に苦しみ」「賢い故に棘の道を進む」存在。
なーに、君たちからすれば「別世界のフィクション」なんだ。
ホラー映画の恐怖で生を実感するかのように、別世界のリアルで傷ついて己を感じてね。
君は、傷つく準備はできてる?――僕たちの物語は、誰かが世界を愛しすぎたその果てにあるんだ。
それじゃあ、次に僕と会うのは第一話の次回予告かな。
それまで、元気でね。
案内人はアストラ・シークエンスの「どこにでもいる少年」大内巳隆でした。
我ながら、中二病全開のキャラを出してしまったなと思います。
この大内巳隆は、私の未発表作品で登場する主人公の弟キャラです。
その作品が滞り、代わりに本作が連載にこぎつけた一方、「世界観を共有するキャラを出したい」という願望から彼だけ先行登場しました。
なので、かなり気楽に「へ~」程度で読んでいただけたら幸いです。