第二十三話:思い出の花と膝枕
手紙を読み終えたラルーチェの目の前には、就職を蹴って院進学を決意した疾風がいた。
しかし、その実態はあらゆる事項の「保留」。後輩の好意にも気づけず、社会に怯えた少年だった。
そして、彼がパートナーAIと一定の距離を保つ理由が分かったラルーチェは、躊躇なく疾風の地雷を踏み抜いてしまい、浅からぬ溝を作る。
~12月22日・夜 東京都・犬飼宅~
「......今日も、徹夜か?」
「うん。もう少しだから」
「......そうか」
俺が、二体に情けない姿を晒して丸一日。彼女たちは、通販で購入した刺繍糸とコートを手に持ち、ひたすら作業をしていた。
AIだから寝る必要もないし、隈も出来ていない。徹夜で、作業効率が落ちることもない。
「ラルーチェは、また散歩か?」
「うん。刺繍は一人でやった方が良いし、パトロールも兼ねて外を歩いているよ」
「そ、そうか」
あれから、ラルーチェはほとんど単独で外に出ている。俺の代わりに買い物や事務手続きをしてくれるのは大変ありがたいが。
「......ラルーチェ、最近冷たいよな」
「......そんなことないよ。ラルーチェは、ずっと司令官が大好きなんだし」
「......けど、あれから挨拶と事務的な会話しかしてないんだが」
「それ、意外といつも通りだよ。司令官が論文書いている日とか、私とほとんど話してなかったし」
そ、そうだったか。
「......美咲、少し休まないか?」
「え?」
俺は、美咲の隣に腰を下ろした。それを見た彼女は、瞬時に裁縫セットを片付ける。
「そこまでしなくて、良かったのに」
「司令官に当たっちゃったら大変でしょ?」
「過保護だな」
「そう、かな」
俺も、子供じゃないんだけどな。いや、精神は子供か。
「......いつ頃、完成する? 行く前に、一回試着をしておきたい」
「明後日かな。直しも含めて、24日のクリスマス会には間に合うと思う」
「そっか」
ああ、もう12月22日。あと10日もしないうちに新年か。
色々、色々あった一年だったな。
けれど、美咲たちとはまだ一か月ちょい。もっと長くいた気がするんだけど。
「美咲」
「何?」
「ありがとな。俺のために無理してくれて」
「......うん」
良くも悪くも、彼女たちが来てから俺は人生の分岐点に立たされる機会が増えた。
今までずっと考えてこなかったことを、考えなければいけなくなった。
キッカケも含め、彼女たちには感謝したい。
「休みがてら、何か礼でもしたい。リクエストある?」
俺だって、何もできないのは落ち着かない。マスターであり相方として、少しは彼女のケアしないと。
「......何、言っても良いの?」
「今ここで出来る範囲ならな」
手間、かけっぱなしだしな。出来るだけ、希望は叶えないと。
「じゃあさ、こっち来て」
「?」
裁縫セットを横にしまった美咲は、横座りを正座に直し、膝を叩く。
「膝枕、させて」
「あ、膝枕な。良いぞ」
動作を事前に示してくれたのか。なら俺も、と思い正座になる。
「あ、そうじゃなくて」
「ん?」
「司令官に、膝枕したいの」
「え、なんで?」
それじゃあ、俺が美咲に甘えていて、お礼にならないぞ。
「......私が、司令官に甘えて欲しいの。あと、この状態で聞きたいことがあるから」
「......別に、話せることならなんだって」
「膝枕、させて」
美咲の目が、凄く、凄く真剣だ。俺が甘えることに、何か意味でもあるのかってくらい。
「分かった。重かったら、いつでも言うんだぞ」
「うん」
俺は、ゆっくりと頭を美咲の膝に乗せる。横向きだと、肩と首が良い感じに休まるな。
「うん、心地いいな」
「そう、ありがと」
AIパートナー、思った以上に質感が人間寄りだよな。邪な行動で、ニュースになる訳だ。
「それで、聞きたいことって?」
「......」
「ないなら、それでも良いけど」
「あ、あるよ。その......」
珍しいな。美咲が口ごもるなんて。そんなに聞きにくいことなのか。
「教えて欲しいの。司令官が、その、リリィさんとどんな日々を送っていたのか」
俺の顔を覗き込む美咲の顔。向かい合えば、どっちがAIかなんて分かんないな。
「......リリィ、『形のない王国』ってことか?」
「うん。司令官の初恋でしょ?」
「......どうだか」
実際、あれを恋と言ったかはよく分からなかったからなあ。心の傷では、あるんだけど。
......いや、それは今目の前にいる美咲も同じか。
「まあ、いいや。とにかく話すよ」
「うん。長くなっていいから、全部教えて」
全部、か。まあ、仕方ないな。
俺は、深呼吸をして上を前を向く。視線が、再び交わる。
真剣で、不安げな、美咲の目。好奇心と言うよりは、一種のケジメなんだろうな。
こうして、俺の長い夜が始まった。
◇◇◇
「俺が『形のない王国』と出会ったのは14年前。俺が、まだ8歳の時だったな」
「......うん」
思い出しながら、紐解きながら、俺は話し始めた。
「父さんがゲーム好きでな。父さんのソフトを貸して貰った。当時は、家庭用ゲーム機版のアクションストーリーゲームで、休日にプレイするのが週の楽しみだったんだ」
親は分別があったからな。週末の宿題が終わればいくらでもプレイを許可してくれた。だから、宿題も頑張れた。
「で、やり始めて暫くした頃。俺は父さんに『裏ルートあるからプレイしてごらん』と言われた。メインのストーリーは、2か月で終わったから」
「......昔から、やり込み癖は変わらなかったんだね」
まあ、それは元からだ。ゲーム以外でもな。
「で、その裏ルートってのが主人公の過去の話。そこで新キャラが何人か登場して、主人公が唯一守れなかったのが、『幻のヒロイン』リリィだった。子供ながらに、ショックだったよ」
「そっか。ストーリー中で死んじゃうんだっけ、そのヒロイン」
「......ああ。主人公を庇ってな。おかげで、主人公は敵から逃げ切り、それが後に王国復活のカギになるんだけどな」
無駄ではなかった、彼女の死。けれど、俺は、それがベストだと思えなかった。全員が助かる道は、本当になかったのか。考えてしまった。
「まあ、本当にショックでさ。あれから何回も何回もその裏ルートに挑戦したんだよ。もしかしたら、彼女を救えるかもって。けど、ダメだった」
「......うん」
辛かったな。小学校で、同じく「形のない王国」をプレイしているクラスメイトに聞いたりもした。
けど、みんな「そういうものでしょ」って言ってた。凄く、心の距離を感じたよ。
「だいたい、半年経った頃かな。見かねた父さんがもう一台コントローラーを買ってきた。それで、二人プレイしてストーリーを攻略しようって言われて。それで、俺のリリィチャレンジは終わった。父さんがいないとゲームしなくなったし」
「......かなり、メンタルに来てたんだね」
「......だったのかな。放任主義の父さんが暗にやめるよう言ってたんだし」
今思うと、可笑しいよな。ゲーム実況者でもないのに、不可能なチャレンジを何か月も続けるなんて。
「で、父さんとゆっくり二人プレイしているうちに、『戦闘のコツ』を学んでいったよ。父さんはゴリゴリの理論派で、キャラの間合いとか、コンボとか。その辺をしっかり教えてくれたんだ」
「いい、お父さんだね」
「まあな。大手出版社の管理職やってるんだ。その頃から、かなりの切れ者だったんでしょ」
良くも悪くも、父さんは俺を「こども」扱いしなかった。おかげで、俺は幼いながらに視野が広がったと思う。
「で、その後。『形のない王国 2』という携帯ゲーム機用のソフトが発売された。俺は誕生日とクリスマスプレゼントを合わせてそれを買って貰った」
「うん」
「『2』は、主人公の武器を自分で選べてね。リリィへの思い入れが深かった俺は『今度こそ救ってやる』って思いで彼女の武器・鎖鎌を選んだ」
「......うん」
「まあ、結局リリィを始め裏ルートのヒロインは全員登場しなかったけど」
悲しかったな。けど、それなら俺がリリィの想いを引き継ぐ。そう、思った。
「で、オンライン対戦が出来るようになってな。同級生相手へ負けなしになるまで練習したよ。ただでさえ、鎖鎌は使いにくい武器で評判だったし」
「......その結果、大会で優勝するくらいになったの?」
「そうだな。リリィの鎖鎌で勝ち続ければ俺の中にリリィが生きている。そう思ったから」
名前までリリィの日本語「百合」や鎖鎌の真田十勇士「由利鎌之助」になぞらえて「ユリ・ハヤテ」にしたんだしな。狂ってるくらい、俺はリリィに囚われていたよ。
「じゃあ、なんでやらなくなったの?」
「......鎖鎌が、主人公の武器から外れたんだ。そして、他の裏ルートヒロインは復活したのに、リリィだけ復活しなかった」
「!?」
「ただでさえ、中学生になると俺のプレイスタイルは対策されて前ほど大会で成績も残せなかったし、受験もあったからな。ここらで潮時かなと思ったよ」
「......そっか」
まあ、ショックも大きかったけどな。それ以上に「もう頑張らなくてもいいんだ」って思った。
正直、精神的にも報われない努力をして、限界だったし。
「後悔はしてないよ。けど、受験が終わるとやることがなくなってね。暇つぶしに友人の勧めで見たのが『オメガ・ザ・ヒーローズ 夢の旅人』だったって訳」
「そこで、ラルーチェと?」
「そう言うこと。それ以降、リリィのことは遠い向こうに消えてったな。多分『形のない王国』自体がリリィを忘れさせようとしている気がして。俺も、それに抗うのを辞めたのかな」
受験の疲れを癒すには、それだけ新しいものが欲しかった。
けど、まさかリリィ以上のトラウマになるとは思わなかったけど。
「......司令官、本当にツイてないね。で、更にその後に『インフィニティ・バトリオン』やって私に......その、ああなったんでしょ?」
「そう、だな。ラルーチェを中心とした縛りプレイは高校時代のうちに疲れちゃって。大学に入ってから新しく『インバト』を始めた。で、お前に夢中になった。丁度、メインのイベントが過去編で、お前の姿が凄く綺麗だったから」
「......ありがと」
本人に、話している扱いなのかな。美咲は、かなり照れくさそうにしている。
「まあ、俺のゲーム歴はこんな感じ。これで良かった?」
「うん。司令官のこと、凄く知れた気がする」
「そうか」
俺も、あんまり昔の話はしていなかったからな。これを機に、何か彼女の中で得るものがあれば、それに越したことはない。
「それで、やっぱり思ったんだ。司令官」
「ん、何だ?」
「私、司令官のことが好き。プログラムだったとしても、このコードは司令官しか愛せないの」
「......」
よくできた、プログラムだな。けど、一つ聞いておかなければいけない。
「美咲は、自分がAIで、その感情がプログラムだって思っているのか?」
「......うん。だって、別の私が他の司令官と結婚してるの見たし」
「......そういうもんか」
美咲の基盤には「他に自分と同じ姿のAIがいる」がある。だから、自分の感情がプログラムで設計されていることに疑問を持っていない。
「だから、私はAIである私を受け入れた上で、司令官と添い遂げたいの。その為なら、一緒にゲームで戦うし衣装も揃えるから」
「......すまんな。アイツらの挑発に、乗る必要はなかったのに」
「うんうん。これは、司令官に必要なことだったから」
「なぜ、そう思う?」
俺は、美咲の右手を握りながら尋ねる。正直に答えて欲しいから。
「うーん。勘、なのかな?」
「勘?」
「うん。司令官にとっても、私にとっても、将来と過去、両方と向き合わなくちゃって思って」
握った俺の右手を、美咲の左手が優しく包む。
「司令官には、悩む時間が必要。だけど、条件を揃えてから悩まないと同じところをグルグルしちゃう」
「......まあ、確かに」
「だから、私の出せるものを全部出して、司令官には悩んで欲しいの」
「その一つが、俺の過去を聞き出すことか」
美咲も、考えているんだな。この行動がAIのプログラムに基づいているとは、あまり考えにくいが。
「そう。そして、これが最後。これを受けて、司令官は司令官の道を探って」
「?」
美咲の両手が俺の頬を覆う。そして、ゆっくりと彼女の顔が近づいてきた。
「司令官、大好き」
「!!?」
スローモーションに見えた。視界がだんだんと暗くなり、それに比例して俺の心臓の感覚が鋭くなる。
「みさ......」
そして、俺が反応する前に俺の唇は塞がれた。俺の、未経験だった感覚。ある意味、ずっとの夢の中で味わってきた感覚。それが、今。ここにある。
この行動さえも、プログラム、なのか。いや、そうだとしても本能に近い奴だ。
美咲は、俺を放したくない。その為に、あらゆる行動を起こしている。
彼女自身がプログラムと言うものの奥には、生命の本能的衝動が眠っているのかもしれないな。
「......」
「......ごめんね。我慢、できなくて」
「別にいい。美咲のこと、俺も少しわかった気がするから」
「......うん」
気まずい、な。何と言うか、美咲との関係をハッキリさせる必要があるんだって。
「相方」じゃ、ダメなのかなって。
「答えは、クリスマス会の後に出す。あと、その答えに関わらず、お前は俺の『相方』であることは変わりない」
「......うん」
「美咲の望む形じゃなくて、嫌かもしれないけど。それでも、どんな結論を出したとしても、俺は美咲に側にいて欲しい。それだけは、変わらない」
「......分かってるよ。ごめんね、苦しませちゃって」
「......別に」
俺は、起き上がる。美咲も、刺繍を再開する。互いに、次の言葉が見つからない。
「散歩に行ってくる」
「うん、気を付けて」
俺は、少し歩くことにした。美咲も、静かに俺を送り出す。
......参ったなあ。
浅くはない、疾風の昔話。子供ながらに真剣だったんだろうね。
そして、浅くない美咲の覚悟。愛を持った機械って、思った以上に過激な動きをするもんだ。
交わり始めた互いの感情は、果たしてどんな渦を巻き起こすんだろうね。
次回『CODE:Partner』第二十四話『0と1の事情』
その愛は、プログラムを超える。




