第二十二話:浮かびだす歪み
前回のあらすじ
斎藤庄五郎からの手紙には、疾風の伴侶候補となる後輩の話が書かれていた。そして、彼女にラルーチェたちAIが叶わないとも。
そして、疾風の孤独は彼女らのせいだと。
手紙を読み終えた二体は、疾風に今後の進路を問う。疾風の答えは......
~12月21日・午後5時54分 東京都・犬飼宅~
「正直、義務感で受けた会社だからね。長い人生を考えるなら、教授の下でもう少し考えてから社会に出るのも悪くないと思って」
「......?」
「た、隊長。研究室に配属される娘の話はどこ行った? あと、その教授は結構私たちに過激な発言をしていたと思うのだが」
理由が、かなり現実的だ。もっと、私生活に纏わる理由で院に行くのかとばかり。
「うーん。正直よく分からないかな。確かに、あの子は凄く魅力的な女性だと思うよ。ただ、彼女に会いたいからを理由に内定を蹴るような真似はしない。彼女の優しさが、俺だけとも限らないし」
「けど、その子は司令官に会うために同じ大学の同じ研究室に行くんだよね。多分だけど、その子は司令官のことが好きだと思うんだけど?」
「まさか。教授の勧めとかで大学を選んだだけで、俺のことは眼中にないだろ。そもそも、俺だって今日教授に言われてようやく思い出した子なんだから」
......あー。あー。あーーーー。
「司令官、もう少し自分の魅力を自覚してよ。結構、女の子キラーな性格してるんだから」
「そんなはずはない。そもそも、俺は自分が『社会不適合者』だと自覚しているし、客観的にも突出した能力も持っていない。だから、教授からの誘いを受け入れて院に行く。俺自身が、社会で戦っていける為にな。そんな未熟者を愛する女なんて、いるはずがない。女はいつだって、強い男が好きなのだから」
淡々と、自己分析をする隊長。言っていることは、間違っていない。間違っていないのだが。
「隊長。女には『庇護欲』が強い人もいることは知っているだろ? 隊長は、その、あれだ。とても危うい魅力があるんだよ」
教授の手紙を読んで、私は分かった。隊長は、優しくて冷静。これはその通りだ。けれど、とても危なっかしい性格をしている。手を差し伸べなければ、一人で地獄へと堕ちていきそうな危うさが。
「だから、あの女も......お前を慕っていると思う。自前でお弁当を作り、気遣いの出来る人だ。きっと、庇護欲は凄く強い。あと、そう言ったタイプは恐らく年上好きだ」
「人を年齢で考えるな。あと、俺は別に自滅するような真似はしない」
あ、意固地になっている。冷静だと言っておきながら、自分にとって慣れない言葉は無意識に否定する。これだから、危ういと言っているのだ。けれど。
「そう思うのなら、それで良い。けれど、この手紙のおかげで確信したぞ」
「何をだ?」
「ん? 何、ラルーチェ?」
私は体を大きく乗り出し、隊長の上に軽く覆いかぶさる。
もし私に吐息があれば、隊長の顔にかかる距離だ。
「私は、お前を愛している。プログラムで好きになる訳ではない。私本来の性格や魂が、お前を愛してやまないんだ」
「!!?」
「......ら、ラルーチェ」
思った以上に、二人が驚いているな。
初めて会ったあの日から、隊長への好意を隠したことはなかったのに。
「......美咲、お前はどう思うんだ? 俺との......いや。俺と家庭を築きたいとか思ってるのか?」
隊長が目線をずらし。美咲に話を振る。ここで直接「俺との子供」と言わないのは、彼なりの優しさなのか俗物的表現への忌避なのかは、分からない。
「......分からない。私たちは戦士で、戦うことでしか自分を証明できなかったから」
美咲がゆっくりと話し出す。自己の遺伝子への嫌悪はないが、そもそも子供への関心を持つ機会がなかったのだな。
「けど、司令官が他の誰かに取られちゃうのは、嫌かな。ずっと、隣にいたい。例え、それがAIならではのプログラムだとしても私は、司令官が好き」
隊長の胸元に顔を埋めた美咲。彼の両腕もしっかり掴んでおり、私用のスペースがない。
「......そうか。そう、か。そうなのか」
隊長は、目を閉じた。私たちの想いを、苦し気に受け止めている。
「......俺は、だな。......いや、違う。けど」
考えている。悩んでいる。苦しんでいる。苦しんで、いる......。
「!?」
頭の中をよぎったとある言葉「常に物事を深く見過ぎて、悲観的な強迫観念から逃れられない」。
「強迫、観念? 隊長の、強迫観念?」
ずっと分からなかった。私たちを「ゲームのキャラ」として認識して、関係性に一線を引こうとしている隊長が、何故こんなに私たちを思って苦しんでいるのか。
所詮、私たちはAI。隊長がその気になれば、捨てても良い。
なのに、なぜ彼は。いや、何を彼は目指しているのか。
「!!!」
ま、さか。
「隊長」
「......なに?」
「お前は、私たちの存在を『ゲームのキャラ』として愛しているんだよな?」
「......ああ。俺が好きなキャラだからな」
「じゃあ、嫌じゃないのか?」
「何が?」
「『他の私たち』が見知らぬ誰かを愛しているのを。私たちと同じ姿をした『女』が他の人間と愛を交わしているのを見るのが」
「!!!」
隊長の目が開いた。凄く、厳しい目をしている。数々の戦いを背負った私からも、怖いくらいに。
「私たちは、あくまでゲームのキャラ。私たち自身もコピーで、他にもコピーがいる。私たちを独占できなくて、嫌なのではないのか?」
「ーーーーーーぃ!!!」
「ラルーチェ! それ以上は!」
「別に、それそのものを否定するつもりはない。けど、お前......」
「ラルーチェ!!!」
美咲の両腕が私に迫る。パンドラの箱を、空けようとする私を止めるために。
ほんの数秒で私は壁際に追い詰められる。
「互いに変身前なら、腕力はお前の方が上か」
「元の世界では、ガトリング砲を連れまわしてたんだよ。槍とは、重さが違うから」
そうか。お前も、戦ってきた場所があるんだな。
けれど、逃げてはいけない。私たちが、前を進むためには。
「せい!」
「あっ!」
けれど、体の動かし方は私の方が上だ。堅いんだよな、美咲は。
さてと。少し鬱憤が溜まってきた。隊長、少し構えろよ。
「お前、結構面倒くさい性格をしているな。その分析力が、自己肯定感の低さのせいで捻じ曲がった考えしかできなくなっている」
「......」
「ラルーチェ、もういいでしょ。それ以上は......」
美咲が起き上がり、私の腕をグワングワンと揺らす。けれど、私は止まらない。
「成功体験の少なさが、お前を捻じ曲げている。前を向きたければ、まずはそこを見直せ。さもないと、院であろうが企業であろうが、お前は社会にヘソを曲げてしまう」
「......」
「勿論、お前の過去で私たち関連のトラウマがあるのかもしれない。だが、だからこそ、お前は進まないといけないんだ。最終的に、私たちの愛を拒んでも良い。それでも、側にいるから。だが、いつまでも悩み続けるお前は見たくない」
「......」
「だから、どちらか選べ。私たちのどちらかを愛して、ゆっくり前を向くか。私たちの愛を拒むか保留にして、振り返らず社会に身を投じるか。選べ」
私の目は、隊長の目を確かに捉えた。黒ずんだ恐怖の目を、私は淡々と跳ね返す。
私は、悩んでばかりの女々しい男は、嫌いだ。だから、隊長には私の好きな男のままでいて貰う。
「......お前がAIで、本当に良かったよ。ラルーチェ」
「?」
隊長が、ゆっくりと起き上がった。美咲をゆっくりと横にどけ、私と正直に向かい合う。
「『機械』のお前にはよく分からないだろうから、教えてやるよ。人間には、例え無意味であろうと悩む時間が必要だとな」
「どういう、ことだ? 選択肢を出して質問したのに、別の答えを出してくるなど、お前らしくない」
隊長の目が、真っ黒だ。凄く、真っ黒だ。
「人にはな、考える時間が必要なんだよ。他者の『今すぐ決断しろ』といった発言は、所詮そちら側の言い分。世の中には、じっくり考え、悩んで、納得しないと前に進めない者もいる。様々な条件を考え、自分にとって最適な答えを見つけない限り決断しない者もいる」
隊長が、私の前で両手を広げる。これは、隊長が「敵」を前にした時に討論をする時の構えだ。
「た、隊長? 私はお前を思ってだな」
「散々人生の今後について悩んでいる最中に、その悩みそのものが無意味だという発言をするな!」
「!?」
隊長、怒って、いる、のか。
「面倒くさい? 自己肯定感が低い? 捻じ曲がった考えをしている? そんなこと分かっている! 分かっているさ! 悩まないで前に進めばいい、割り切って選択をすればいい、そんなこと知っている!」
「......っ」
「けどな。それが俺なんだよ! 散々悩んで、間違えて、反省して、失敗して失敗して失敗して! それでようやく今がある! 中堅私立のマイナー学科? 零細企業の正社員? それが俺の全力なんだよ! 悩まなきゃ、俺は高卒ニートだったわ!」
隊長が、叫んでいる。滅茶苦茶に。けど、何もぶれてない。何も、壊れていない。
「俺の人生を、否定するなあ!!!」
「っ!」
「し、司令官。ごめん、言わせちゃって」
つかの間の静寂。私が思っていた以上に、隊長の性格は、歪んでいたし、脆かった。
「ああ、そうか。隊長は、元々......」
壊れていたんだ。その原因は、恐らく私たちの話。私たちの「生まれた世界」での運命が、この思慮深くて繊細な男を、壊してしまった。
「......私、は」
生まれた時点で、隊長を苦しめていた。どうすれば、良かったのか。
「......」
「......」
隊長の気が、静かになっている。ああ、私は何も言えなかったな。
「『命令』だ。今から、クリスマス会に向けて衣装を準備する。あいつらに、『俺』が何たるかを示すためにな。アイデアはあるが、既製品はない。デザイン案をメモ用紙にまとめたから、調達するか制作するかしてくれ」
そして、隊長は再び未来を見始めた。黒い目でメモを取り出す。そこには、私たちと隊長の過去をイメージしたような衣装のデザイン案が細かく書かれていた。
「......少し、休む。質問があれば、数時間後紙にまとめて教えてくれ」
「し、司令官?」
「安心しろ。奥で横になるだけだ。急ぎのようだったら、声をかけてくれ」
そう言うと、隊長は布団を敷いた。そして、倒れこんだ。
「......青いコート、か。けど、あちこちに刺繡がしてあるな」
「こっちは、ラルーチェにあげてた椿。こっちは私の苗字である鶴の刺繡か。結構凝ってるね」
「で、背中の刺繍なんだが。これ、百合だよな?」
「......百合だね」
そうか。前に軽く聞いた話に、さっき見ていたゲーム。そして、刺繡が私たちのような「大切にしたいキャラ」を表しているのだろしたら。
「彼女も、青い髪だったよな?」
「うん。もしかして、私たちを大切にしてるのって......」
「まあ、きっかけだったかもな」
多分、彼女こそが隊長が壊れた最初の原因。そして、私たちで完全に壊れた。
リリィ。それほどまでの女だったのか。
「......前に話しただろ? 俺がかつて、『形のない王国』の上位プレイヤーだったって。で、そのきっかけが彼女。ラルーチェと似た声をした、散りゆく花だよ」
話し声が、聞こえていたか。背中を向けている隊長が話してくる。
「そうか。ようやく繋がったよ。お前、本当に......重いな」
「......そう、だね。けど、それも素敵だと思うけど」
「今更だね。俺が君たちを大切にしている感情と完全に同じなんだけど?」
「まあ、それは......」
あ、また隊長を怒らせたかも。今日の隊長、本当に面倒くさいな。
「......結局、誰も俺の気持ちなんて分かってくれないんだよな。クソが」
「!?」
「!!!」
......。そのまま、隊長は静かに寝てしまった。吐息で分かる。
「ラルーチェ!」
美咲が、小声で私の方を見る。凄く、非難する目をしている。
「分かってる。けど、私の言っていることは間違いじゃないだろ?」
「こんな時に司令官と同じ理屈述べないで! どうるすのよ?」
「いや、どうしよう......」
恐らく、私が悪いのだろう。けど、謝り方が分からない。
とりあえず、隊長がウキウキで考えたであろう服でも作ってみるか。
そしたら、機嫌直すかもだし。
「と、とにかく衣装を作るぞ。こんなデザインの服、巷であるはずないからな」
「言い方!」
「す、すまん」
私たちは、隊長が実家から持ってきたソーイングセットを取り出し、隊長のパソコンで生地を探す。
ははは。今夜はスリープできそうにないな。
何処までも真っすぐで、見ていなければ地獄へそのまま落ちていく。
危うくて、脆くて、面倒くさい。
これ、疾風だけじゃなくてラルーチェも何だよね。一つ間違えれば、二人は同族嫌悪の渦に呑まれていただろうね。今の関係は、良かったのか悪かったのか。
次回『CODE:Partner』第二十三話『思い出の花と膝枕』
その愛は、プログラムを超える。




