第二十話:考えるパートナーたち
前回のあらすじ
深層心理のスキャンの結果、相良が昔であったゲームの師匠が疾風だと判明。
そして、相良のベストパートナー「五年前の少女」を探すがそこではエラーが発生。
一つの謎が解け、また一つ謎が増えたのだった。
~12月21日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~
「ねえ、キリハ」
「なあに、アリッサ?」
マスター達がいなくなり、別室にはAI五名が残された。そして、相良のパートナーAIたちが会話を始める。
「五年前の謎の少女。誰だと思う?」
「わかんない。そもそも、情報が少なすぎるもん」
相良の引きこもり時代の話を、二人はほぼ知らない。家庭内で不和があって引きこもり、ゲームでショックを受けて外に出た。それしか知らない。
「ゲームの、キャラだよね」
「多分。けど、少なくとも『形のない王国』ではないと思う。私じゃなければね」
「『インフィニティ・バトリオン』は、どうかしら。正直、ハニーが誰を使っていたかよく知らないの」
「......」
「......」
「......」
ゆーすけのAIたちは、黙って聞いている。他人事だけど、無関係ではない。
ならば、邪魔をしないのが得策だからだ。
「聞いてみたら?」
「そう、ね。もう三年はプレイしてないって聞くし、もう良いかしら」
節度を守って、相良を苦しめないように。
アリッサの言葉からは、彼女なりの規律と優しさが感じられる。
「......アリッサも、もう少し自分に優しくしたら。ここでは『兵士の誇り』なんていらないし」
「......そうね。もっと大胆に、ハニーと距離を詰めて良いかしら。例えば、さっきのエレベーターでもっと心配そうにハグしたりとか」
己の胸に手を当てて、アリッサは少し考え込む。本当は、もっと抱きしめていたい。相良のぬくもりが、とても恋しい。
「良いんじゃない? 私も、もっとお兄ちゃんと近い関係になりたいし。包帯替える時、こっそり手の甲にキスとかしちゃおうかなあ」
キリハも、己の手を撫でて俯く。自分を撫でてくれる、自分を引っ張ってくれる。そんな相良の手を、キリハは誰よりも愛おしく思っていた。
「ねえ、アスカ」
「な、何かしらアリッサさん?」
「アスカたちは、全員ゆーすけさんから愛して貰っているのよね? その、恋人として」
アリッサ・キリハ、互いにもう一歩が欲しくなった。そこで必要なのは、実例だ。
「ええ、ゆーすけ君は私たち三人を全員恋人にしているわ。全員、平等にね」
「......ふーん。不満はないの?」
「ないことは、ないけど。それでもちゃんと愛してくれてるから。ねえ?」
アスカが右を見る。すぐ隣にルーシー、その奥に雪が立っていた。
「ゆーすけ自身の時間が少ないことを除けば、特にないですね」
「全員を愛しすぎて、疲れてしまわないか心配だわ。結構、気を使って貰ってるし」
二人の意見は、どちらもほぼ同じ。「自分を大切にしろ」だ。
「え、アスカさんたちはそれで良いの? だって、自分以外に愛してるって好きな人が言ってるだよね?」
キリハが、突っ込んだ。突っ込んでしまった。
「そ、それは......」
「キリハ、これ以上の言及はナンセンスよ」
口ごもるアスカに対し、アリッサがキリハを止めた。恐らく、深堀をしてはいけないからだ。
「三人とも、ありがとうね。参考になったわ」
「そう、なら良いけど......」
「お兄ちゃんと、愛し合う。どんな生活なんだろ?」
キリハは、朧げだが少しだけ未来を見た。いつか、自分が相良の恋人になれる未来を。
「......ハニーが、私たちを愛してくれるのかしら? 五年前の『あの娘』しか愛さなそうだけど」
一方、アリッサはより冷静に将来を見た。相良の暗黒時代を支えた少女と一生を添い遂げる相良を、すぐ横から眺め続ける将来を。
相良、アリッサ、キリハ。彼らのこれからは、何が起きるか分からない。
けれど、クリスマスまでに大きな波が起きる。
それだけは、間違いないのだろう。
(お兄ちゃんとの、未来!)
(相良の、将来......)
そして、彼女たちの恋路もまた、クリスマスに大きく動く。とても大きく、動くのだ。
◇◇◇
~12月21日・夕方 東京都・犬飼宅~
「ただいま」
「おー、おかえり」
「おかえりなさーい」
俺が家に帰ったのは、日が少し傾いてから。お弁当箱買っていたからな、仕方ない。
「あー、二人共」
「どうした隊長、改まって?」
「何かあった、司令官?」
少し、緊張、するな。全部は読んでないけど、絶対俺の心が丸裸にされる訳だし。
「これ、教授からお前らにだって。二人それぞれに、同じ内容だと思う」
けど、俺は止まってはいけない。覚悟を決めて、二体に手紙を渡した。
「ああ、そうか。読んでみよう」
「うん、見せて見せて~」
二体は、いつものテンションで手紙を開く。
......さっきのクリスマス会の招待と言い、この手紙と言い。
最近、俺の周りが物凄い速度で変化している。この流れに、飲み込まれないようにしないと。
さもないと。
「......」
「......」
今手紙を読んでいる二体を。ラルーチェと美咲を。
悲しませてしまうことになるのだから。
「俺、スマホで見たい動画があるから。読み終わったら教えてくれ」
「......ああ」
「う、うん」
手紙、合計三枚以上あったからな。読み終わるまで、俺は暇だ。
けれど、待つだけでは時間の無駄。俺は、今出来ることをしようと思う。
それが、動画を見ることだ。
「しばらく、やってないからな。コンボとか更新されてるかもだし」
ぶっつけ本番には、なると思う。けれど、知っていればある程度の戦略は練られる。
クリスマス当日、討論もゲームも負けるわけにはいかないからな。
「そうだ。俺の目指す俺だけの世界に、敗北は存在しない。してはいけないんだ」
俺が目指すのは、AIと人間が共に歩む未来。いや、それ以上だ。
実現するためには、止まることを許されない。それが俺たちの戦いだからだ。
「! ーーーーーーー!」
ん、何だ。凄く、針を刺すかのような空気が流れてきた。
「っ!?」
俺がその方角を向くと、ラルーチェが手紙を読んでいた。姿は、別にダークネスになっていない。
なのに、なぜだ。
彼女の背から、地獄の炎が見えた気がした。目が、ものすごく怒っている。
「ら、ラルーチェ!?」
美咲も気が付いたのか、大きく動揺している。それは、そうだよな。
「すまない。抑える」
凄く短く謝罪して、ラルーチェは再び手紙に目を落とした。あ、とりあえず読み切りたいのか。
教授、どれだけ挑発的な文を書いたんだよ。
AIってさ、自分で学習をしていくからコンピューター以上の存在なんだよね。
けど、その「学習」には繊細な注意が必要だ。例えば、AIに道徳を教える時、それの基準が中世の暴君だったら、滅茶苦茶だよね。
それと似た話が、ここでも起きている。
疾風も、相良も、ゆーすけも。あまりにも、歪んでいるんだ。良くも悪くも、ね。
次回『CODE:Partner』第二十一話『奴からの手紙』
その愛は、プログラムを超える。




