第十七話:記憶のミサンガ
前回のあらすじ
駅前で疾風を待ち構えた相良とゆーすけ。相良が影から見守る中、ゆーすけは疾風に「クリスマス討論会」への招待チケットを渡す。
疾風が「形のない王国」プレイヤーと見抜きそこから誘い、見事了承を得ることに成功した。
それを見た相良は、少しずつ頭の中から記憶を思い出そうとしている。
~12月21日・午後 東京都・西畠ホールディングスビル~
「......まさか、数日でもう一回ここに来るとは」
東京都の中枢。僕はパートナーたちと共に、あの自己顕示欲親父の城へとやってきた。
「昨日の今日でスキャンの予約を取れる場所は、限られていてね。ここしか空いてなかったんだ」
と、隣でゆーすけが言う。いや、逆によく予約取れたな。
「さあ、こっちだよ。今日は、VIP向けの特別室でスキャンを取るから、前やった時より精密なスキャン結果を得られると思うな」
警備員と会話をし、顔パスで裏口を進むゆーすけ。俺たちも、後に続く。
「本当、ハニーの友達って凄いのね」
「普段は、全然そんな感じしないんだがな。けど、こういう時に住む世界が違うって思うよ」
政治家に、新聞社がバックにいるんだ。その気になれば、大抵のことは何とかなる。
「けど、僕はそれが理由でゆーすけと友人になった訳じゃあないからね」
「分かってるわよ♡ 昨日見て分かったもん。ハニーは、キリハのゲームが本当に好きなんだってね!」
また、アリサがバックハグをしてくる。何か、すまないな。
お前のゲーム、やらなくなって大分経つからさ。
「さあ、このエレベーターに乗るよ~」
裏口から数十メートル離れた奥より、ゆーすけが手を振っている。
嘘だろ。こんな広いのか。
「スケールが違いすぎるねえ。ここ、小さめの集会場レベルだもん」
とキリハ。俺の前で軽くステップを踏んでいる。
そのままエレベーターに乗り込んだ俺たち。ゆーすけが最上階のボタンを押す。
そして、鈍い音を立ててエレベーターは昇り始めた。
「おっと」
余りにも揺れたので、俺は足がもつれる。
「ハニー!」
咄嗟に、アリッサが俺の肩を寄せる。いつもより、力強く。
「お、おう。すまないな」
いつも以上に強調された彼女の胸部に、僕は思わず明確に彼女から目を逸らす。
そして、視線の先にはアリッサの脚があった。
「......ん?」
そして、気が付く。彼女の足首に、古びたミサンガがあることを。
「アリッサ、ミサンガとか付けてたんだ」
「ええ! 誰かは忘れたけど、大切な人から貰ったものよ!」
「大切な、人ねえ......」
「あと、手首にも同じのがあるわ! こっちは大分ボロボロだけど」
そう言うと、アリッサは軍服の袖をめくる。確かに、かなり古いミサンガがあった。
「それも、誰かから貰ったのか?」
「多分ね。こっちも、覚えてないわ」
「そっか」
コンテンツAIでも、「覚えてない」ってことがあるんだな。まさに、人間と同じじゃないか。
僕は、また少しAIパートナーを「相方」と思ったのだった。
「ん? ミサンガ?」
けれども、その言葉に引っかかった。ただの貰いものなら「そーなんだ」程度で済むのに。
なぜか、ミサンガが引っかかる。
「......ミサンガ、アリッサのミサンガ? いや、違うな」
アリッサによく似た見た目、赤髪の子のミサンガだ。誰だっけ。
とても、大切な人だった気がするのに。
アリッサに似てるけど、アリッサじゃない人。誰だ。
『8階です』
そうこうしてる間に、目的地到着。ゆっくりと鈍く、エレベーターの扉が開く。
「黒沼様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらのスキャン室までお願いします」
そこには、いかにも「研究所」と言えるような白い世界が広がっていた。そして、白衣の女性が僕を案内する。ついて行くと、CTスキャン顔負けの機械が現れた。
「おお! 国の指示で全員がスキャンした奴とは格が違うな!」
「凄いわね!」
「へー!」
僕と一緒にアリッサ・キリハも驚きの声を上げる。こんな場所、普通は来ないからな。
一方。
「よし、僕らはあっちの控室で待っていようか。いくよ、ルーシー・雪・アスカ」
「分かりました、ゆーすけ」
「了解しました、司令官さん」
「分かったわ、ゆーすけ君」
ゆーすけと三人のパートナーたちは淡々と横へ逸れた。ここに来るのも、慣れてるのか。
「では、こちらの検査着にお着換えください。更衣室は、左手奥となります」
「は、はい」
俺は女性から着替えを受け取った。
「じゃあ、着替えてくるな」
「うん」
「はーい」
俺は二人に一旦の別れを告げ、一人更衣室へと入った。
「......ふう」
自分の深層心理を、精密にスキャンする。改めて考えると、少し緊張するな。
最初の時は、何となくで受けて結構おもしろい結果が出たと驚いたけど。
「精密なスキャンで、僕の何が分かるんだろう? 僕が将来犯罪を犯す確率? 僕の眠っている才能? それとも、僕のトラウマ」
人に触れられたくない部分かもしれない。そう思うと、怖くなる。
だって、そうだろ。
元引きこもりなんて、嫌な思い出ばっかりだ。それを、彼女らに知られたくない。
「僕は、傷つきたくない。だから、『観察者』になった。もし、僕の過去に彼女らが失望したら......」
僕は、再び引きこもる。やっとできた家族なのに。今だけに目を向けられる家族なのに。
「......ま、まあ。僕はゆーすけのことは信頼してる。何とか、なるか」
クヨクヨ悩むのは、僕に似合わない。どうせ知られるんだ、早い方が良い。
そう心に決め、僕は着替えを終えた。
さあ、知ることを楽しもう。知った彼女らの反応を、楽しもう。
◇◇◇
「それでは、目を閉じてリラックスをしてください」
「はい」
僕は、CTスキャンのベッドに体を固定される。曰く、軽く回転するそうだ。
「ハニー、気を付けてね」
「絶対上手くいくから!」
「おいおい、手術前じゃないんだから」
それほど大掛かりでは、あるのだけれどね。不安は伝染するんだよ。僕まで緊張するじゃないか。
「ほら、離れて離れて」
「ハニー、リラックスだからね」
アリッサが、俺の右手を握る。ハグは、出来ないからな。
「お兄ちゃん、ちゃんと見てるよ」
そして、キリハは俺の左手に頬を付けた。だから、手術じゃないって。
「じゃあ、行ってくる」
「うん!」
「......信じてるから」
二人が俺の手を離し、外へと移動する。首を上げれば、彼女らの顔はなんとなく分かる距離だ。
「では、起動します」
「お願いします」
そして、スイッチが押された。アリッサとキリハはガラス越しの向こう側。ゆーすけたちは別室でスキャンの状況を見ているらしい。
グワンとベッドが揺れ、周囲がだんだんと暗くなる。俺は、暗闇になったのを確認して目を閉じた。
『想像してください。貴方にとって、一番大切な人は誰ですか?』
「......?」
声が、聞こえた。知らない女性の声。電車のアナウンスかな。
大切な人。強いて言うなら、姉ちゃんか。いや、今はアリッサの方が大事か。キリハも、大事な妹だし候補には上がるか。
『サガは、私の大事な家族だからね』
『サガは、私の大切な大切な家族だからね。何かあったら、私が絶対に守るから!』
「姉、ちゃん」
姉ちゃんが家を出て、もうすぐ二年。けど、もう五年近くまともに顔を見ていない気がする。
まあ、引きこもりを辞めてすぐ仕事場に近い場所に引っ越したし。
しょうが、ないのかな。
『想像してください。貴方が一番楽しかった時は、いつですか?』
また、聞こえた。僕の勘違いじゃない。これは、スキャン装置からだ。
「楽しかった時期、ね......」
正直、中学以降は良い思い出がない。だから、ゆーすけと会ったばかりの頃かな。
「形国」のゲーム大会に出たりして、色んな人と遊んだな。
そうそう。大会で鎖鎌を使う人から「相手の裏をかく」ことの重要さを教えて貰ってさ。
『俺は、使いたいから鎖鎌を使っている。けど、それで負ける気はない。ゲームの仕様で弱いなら、それを上回る戦略とプレイスキルで勝つだけだ』
『必要なのは、好きなもので勝利すること。どんなに苦しくても、それだけで全てが報われる』
「あー、達観していたな。ゲームでその考えが出来るって、普段からそんな感じだろ」
熱気の満ちたバトルフィールドの裏側。僕は、全国ベスト8の大先輩から「勝負に勝つための心得」を聞いていた。まだ若いけど、凄い自分の限界に挑んて来てた顔をしてた。
夏だったから、汗の匂いが凄かったよ。ゲームが何かのスポーツだって感じ取った瞬間だったね。
「あの人、僕よりかなり年上だったよなあ。今はもう、結婚してたりする年かもね」
または、バリバリのエリート社員。少なくとも、何処か日陰で一生を終えることはないでしょ。
『想像してください。貴方にとって一番苦しかった時期は、いつですか?』
次の質問か。
言うまでもない。中学時代だ。姉ちゃんから......聞いた時だ。
自分の生まれを、呪った。部屋に籠って、全てを拒んだ。
この日、丁度台風訪れて休校だったんだよな。そして、僕の心に雨風が吹き込んできた日。
家の中まで湿り気が凄くて、僕の不快感を助長させていた。
『サガちゃん! お願いだから、一緒にご飯食べよう!』
『サガちゃん! 私はずっとサガちゃんを愛してるよ!』
「......」
この時は、姉ちゃんの言葉が何も信じられなかった。外で降りやまない雨の音で、洗い流して欲しいくらい煩わしかった。今思えば、姉ちゃんは悪くない。悪いのは、父親のはずなのに。
『うるせえ! 12年僕を騙し続けて、何が「愛してる」だ。嘘つきやがって!』
『!? ......ご、ごめんなさい。ごめん、なさい』
姉ちゃんの涙を見たのは、これが初めてだった。強くて優しい、僕の姉ちゃんが、崩れ去った瞬間。
僕は、家族と距離を取ることを決めた。
「あれから、どうしたっけ? 細かくは、覚えてないけど」
拠り所は、パソコンの先のゲームだけだった。
その頃だ。「インフィニティ・バトリオン」に嵌ったのは。けど、いつの間にかやらなくなったんだよなあ。
「何でだっけ? 凄く、苦しい思いをしたんだけど」
その時のショックで、僕はゲームの世界にも絶望した。この反動で部屋を出て、現実で「観察者」になった。引きこもりと言う「当事者」から逃げ出すために。
『私は、誇り高き「地底の国」の兵士なんだ! 太陽の光など、いらない!』
「あ」
そういえば、引きこもってた頃。同じように日の光を拒んだ少女がいたよな。
誰だっけ。何かのゲームの、過去編の、えーと。
とにかく、あの時の僕の心の支えだった子だ。よく、画面越しに愚痴を言いまくってたよな。
『小隊長のくれたミサンガを、呪いの装備だってバカにするなあ!』
「......そうだ、あの子だ。アリッサのミサンガ、あの子と似てるんだ」
少しだけ、思い出した。「インフィニティ・バトリオン」でアリッサ以上に好きなキャラがいた。
アリッサと同じくプラチナブロンドで、ミサンガを付けていた。目も、同じ青色だよな。
カーテンを閉め切って、光を拒んだ僕の部屋。パソコンの光でも埃が舞っている分かるほどの、薄汚れた世界。
こんな世界で、君の擦り切れそうな姿はとても輝いて見えた。
『私は、この「地底の国」が好きなの! どんなに他の人を傷つけたとしても、それしか生き方を知らないの!!!』
『そうだ! お前はお前の環境を誇って戦ってくれ! 僕が出来なかった、生まれに強い意志を、どんなに否定されても......!』
生まれが呪われた者同士。僕は彼女に強く惹かれていた。周囲から非難されることを恐れて引きこもった僕に、それでも呪いを背負って戦う君が生き様を見せてくれた。
同じような心境なのに、必死に前を進む君。君を見てると、少しだけ元気を貰えたんだ。
「でも、いつのまにか会わなくなった。なんでだろ?」
そこが、どうしても思い出せない。なんでだっけ。確か、五年前の僕は......。
相良の過去には、色々な人が登場したね。
大切な姉、ゲームの師匠、そして思い出の少女。彼女らが今の相良を形作っている。
この因果のめぐる世界では、再開することも大いにあり得ると思うけど。
相良と今を共に歩むアリッサとキリハには、かなり邪魔な存在かもしれないね。
次回『CODE:Partner』第十七話『聖戦の幕開け』
その愛は、プログラムを超える。




