第十五話:運命の交差点
前回のあらすじ
長い散歩から帰ってきた疾風と美咲。彼らを待っていたのは色とりどりの料理を用意したラルーチェだった。
そして、疾風はラルーチェへのお土産に赤椿の簪を渡す。その花には疾風の考えてた意味以外にも「貴方は私の胸の中で炎のように輝く」という誇り高き花言葉があった。
この誇り高さと、ダークネスの絶望感。この両面を、疾風は愛していた。ダークネスになった彼女を、半日抱きしめるほどに。
~12月21日・朝 東京都・犬飼宅~
「......おはよう」
「おはよう、隊長。朝食なら、もう温めてあるぞ」
「おはよう、司令官! 今日は、研究室行くんだよね。荷物、用意してあるよ!」
俺の起床と共に、二体のパートナーは俺の望むことを言った。
「ああ、助かる」
そのまま身支度を済ませ、荷物を確認。そして、朝食だ。
「いただきます」
「ああ。めしあがれ」
朝食を彼女たちが食べることはない。なんでも、消化が間に合わないそうだ。
うん、美味しい。昨日のうちに、一日置いても問題ない品も作っていたんだな。
「今日の教授との話、時間かかるかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ。発表会も来年、ていうか来月だし。作ったパワポは何回か見て貰っているけど、そろそろ発表の練習もしないとだし」
「そっかあ。頑張ってね」
「勿論」
気が付けば、もう年末。いや、その前にクリスマスか。どっちも、予定はないな。
「年末、帰らなくていいな。この調子じゃ、家族に会う気にもなれん」
今後は、完全に成り行きだな。まあ、それでも良い。
お昼は、適当に大学近くのコンビニで買うか。
「隊長。これ」
そう思っていたら、ラルーチェが大きめのタオルに包まれたタッパーを渡してきた。
「......これは?」
「お前のお弁当だ。弁当箱とかは、ありあわせだが」
「あ、ああ。買ってなかったな」
今まで、お弁当なんて作ってなかったからな。彼女のベストが、歪な組み合わせになった。
「助かる。帰りに、駅の雑貨屋でお弁当箱買っておくよ」
「そうしてくれ。隊長が働きだしたら、毎日必要になるだろうからな」
......働く。そうだよな、働かないとな。どんなに、「就職したい」の一心で選んだ企業でもな。
「わかった。それじゃあ、行ってくるよ」
俺は、弁当をカバンにしまって靴を履く。
「あ、司令官! これこれ!」
「む?」
すると、美咲が近づいてきた。手には、俺の学生証。
「大学行くなら、これ忘れちゃダメでしょ! いつも分かりやすい場所に置いてるんだから!」
「あ、そうだった」
久々過ぎて、忘れてた。研究室行くなら、これないと入れない場所あるしな。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ」
「気を付けてね~」
こうして、二体は俺を見送った。人によっては、仕事でも学校でもパートナーAIを四六時中連れて行くらしい。
けれど、俺にだって一人の時間は必要だ。スマホみたいに気を使わず一緒にいられるわけじゃない。
「ある意味、俺がAIを『相方』だと思っている証拠だな。まあ、お前は違うかもだけど」
昨日ネットで見た言葉を、皮肉交じりに変えてみた。俺も、彼女らを「道具」とは見ていない。
だからこそ、俺は彼女らと距離を取る時間が必要だ。
「四六時中ベタベタ一緒にいられるのは、ある意味病気だろ」
俺は、そこまで他者依存の生活を送る気はない。
そう改めて思った、一人で電車に乗り込む。
パーカーのフードを深くかぶり、昨日から飛び交う俺への言葉に目を通しながら。
「......好き放題言いやがって」
こんな時、二体がいたら俺にどんな声をかけてくれたかな。
◇◇◇
~12月21日・午前 東京都・大納言大学~
「教授、犬飼です」
「おう、待ってたぞ。入れ」
大学西棟、三階の最奥。ノックを三回、そして名前。こうして、俺は入室を許可される。
「失礼します」
「おう、お疲れさん疾風。元気だったか?」
「まあ、一応」
斎藤教授、相変わらず部屋が汚い。ただ、埃が舞わなくなったな。
それに、足元の歩きやすさが大幅に改善されている。これは、訪問者にとって吉報だ。
「ああ、最近ようやくウチのAIが家の掃除を終えてな。昨日から、研究室の掃除をやらせているんだよ」
「ああ、だから......」
隅の方で音がすると思ったら、無機質なAIが古びた書類の整理をしていた。体格は決して良くはないが、腕が伸びるらしい。四方八方に手を伸ばし、淡々と整理をしている。
「動作は遅いようですが、教授の断捨離の判断基準に則っているようですね」
横にまとめられたゴミは、既にスキャンの終わっている論文ばかり。ただ単純に「メンドクサイ」が理由で放置された紙たちだ。
「まあな。何事も、小さなキッカケで大きな前進ができるもんだよなあ」
「は、はあ」
今日もまた、教授の大げさポエムだ。中世日本史の先人としては尊敬しているんだけどねえ。
「はっはっは。相変わらずお前の反応は苦いな。まあ、座れ」
「え、ええ......」
本当、調子狂うなあ。何か、余計な部分まで心を読まれている気がして。
「それで、発表のパワポの調子はどうなんだ?」
「ええ、こんな感じで」
俺は、パソコンを開いてパワポを取り出す。
「まあ、大体こんな感じです。各人物の肖像画を使って図を分かりやすくして見たんですけど、それでも関係図がややこしいんですよ」
俺の研究は、応仁の乱から船岡山合戦までの大内氏について。足利義満によって勢力を削られてから「管領代」として事実上の天下人となるまでの歴史だ。
そして、彼らを取り巻く環境が非常にややこしい。
これを上手に紐解きたいが、もう少し詰める必要がありそうだ。
「うーーーーーん」
教授が、面白そうに俺のパワポを眺める。この目、絶対悪いこと考えているな。
「なあ、疾風」
「はい」
「お前、この論文は自由にやればいいよ」
「な!?」
なんです、と。この斎藤庄五郎、教授としての責務を放棄しだしたぞ。
「あ、誤解するな。俺はお前を見捨てたわけじゃない。むしろ評価してるんだよ」
「ほ、ほう?」
教授の目は、未だに悪い目だ。つまり、本気だということになる。
「まあ、お前が回りくどい言い回しが嫌いなのもよーく理解している。だから、単刀直入に言うぞ」
「え、ええ......」
教授と向かい合う一秒一秒が、長く感じた。そして、彼の口が開かれる。
「お前、内定蹴って院進学しないか?」
「......は? 院進学、ですか? いやいやいやいや!」
いや、マジで何言っているんだ。今更院に行けだと。
「い、いや。流石にそれは色々大変でしょ! もう12月なんですよ!」
「進学に必要なものは全部こっちが用意する。色々根回しして、授業料も無償にするぞ」
「......な、なぜです?」
「お前の才能を、就職で潰すのが惜しいからだ。お前だって、このまま才能を平凡な中小企業で埋めたくはないだろ?」
沈黙。まあ、前から言ってた気はするけど。この人、調子いいから冗談だと思ってたぞ。
「なぜ、今になって何です? もっと前にだって、言えたはずなのに?」
「お前に最近、能力を覚醒させる兆しがあったからだ。特にこのパワポ、日野富子の部分だな。多分、パートナーAIで何か刺激されたんだろ」
おっと、あの黒沼相良みたな台詞だな。俺の可能性って、なんなんだ。
「え、ええ。パートナーから女性心理や中立的行動の原理の指摘を受けまして」
あと、パワポに関してはラルーチェのおかげだな。
「まあ。お前は元々劣等感強めだったからな。自分の明確な強みが分からないのも無理ないよ」
「!!」
また、人の心を先読みしやがって。劣等感が強いと知っているなら、そこを刺激するな。
「けど、お前の冷静な分析力と自律した思考。そして、執念深さはとてつもない才能だ。誰かがそれをサポートしないと、中々発揮できないと思うぞ」
「......AIパートナーを迎えて、俺のその才能が活かしやすくなったと?」
「その通りだ。お前のそれは企業の下っ端じゃ開花できない。後輩もいて、俺が自由にさせられる研究室でこそ開花するだよ!」
ギョロっとした、教授の顔。名前の通り、マムシみたいな男だな。
「......教授が、俺を自由にさせてくれるのはありがたいです。けれど、それで俺は今後生活できるんですか? 半分ニートになりそうですけど」
「まあ、その時はまだタイミングが来ていないって訳だ。人生は長い、慌てるなよ」
「......」
俺が、焦っていると言いたいのか。けれど、大学四年は就活をして次の年から働くのが普通だろ。
「それに、来年からはカワイイ女の子が後輩として研究室に入る。君も、気に入ると思うよ」
「そう、何ですか?」
「そうだとも! だって、お前は年下の女性に横から支えて貰うのが大好きじゃないか」
「......そう、でしたっけ」
結構心外な言葉だな。まるで、俺がキャバクラに通う中年オヤジじゃないか。
「ほら、以前高校へ講義しに言っただろ? その時に、クラスの学級委員が手伝ってくれたじゃないか」
「ありましたね。そんなこと」
「その時、君は女の子のサポートに対しお礼として『君は将来良い人になりそうだね』と言っていたぞ。世間体も考えて控えていたと思うが、『良いお嫁さんになるぞ』や『俺の元に来て欲しい』と変わらない意味だと思うがね」
「......無自覚でした」
まあ、確かに。ラルーチェと美咲も見た目は十代な訳だし。彼女らに日々の生活を支えて貰っているのはとても心地よいし。AIじゃなければ結婚も検討してたかもだけどさ。
「はっはっは! 見たことはないが、君のパートナーAIはそういうタイプみたいだな!」
「けど、それで『年下の女性が好み』と言われるのは嫌ですね。ここは何も捻らず『純粋な子』や『前向きな子』と相性が良いと言ってください。性別・年齢でまとめられるのは、不快です」
俺は、確かに誰かのサポートがないと空回りし続ける。けど、側にいてくれるのは「年下の女性」じゃなくていい。でなければ、二体に対しより浅はかな行動を取っていたはずだ。
それこそ、俺が中学生時代に勘違いでクラスメイトをデートに誘った感じで。
「それは、すまなかったな。訂正しよう。けれど、君が自分を支えている者を望むなら、なおさらウチに残ることをお勧めするよ」
「な、なぜです?」
「簡単なことさ」
教授が、グイっと近づいてくる。その目が、純黒に燃えている。
「君に必要なのは『優秀で献身的なお嫁さん』だからだ。そして、それはAIでは得られないし会社でも得られない。素直な後輩のいる研究室がベストなのだよ」
「......前時代的ですよ。俺がまるで亭主関白みたいな言い方は。先ほど言った通り、俺は女性に対しそのような偏見は持っていません」
「それは、そうだろう。けれど、これは性別ではなく傾向の話だ。君の視点は極端に男性的。言うならば理性的で長期的だ。それ故に、足元が見えずよく転ぶ。違うかい?」
「ま、まあそれは確かに」
現に、俺はパートナーAIがいなければ中途半端な自炊しかできなかった。必要な荷物は準備できても、詰めが甘くて単位を落とした授業だってある。
「君の執念深さは英雄のそれに似ている。まっすぐ突き進むには、支えが必要だ」
偏見だ、と言いたいけど。俺たちが中世日本史の人間だからな。ベースがそこだと、納得してしまう。
「......俺は、英雄じゃないですよ。誰に似てるんですか?」
ポエマーな教授は、具体例に弱い。そこを突いて、とっとと話を終わろう。
このままじゃ、俺は余計に捻じ曲がった人生しか送れない。それこそ、離婚歴二回の教授みたいな。
「織田信長だ。一度決めたら超神速。胸の中に『理想』を抱えていて、孤独な男だよ」
「......」
どう、返せばいい。いや、この先俺はどうすればいい。
『私、文転します! そして、先輩と一緒に中世日本史の研究がしたいです!』
「......くそ!」
ここに来て、教授の話の根拠が浮かんでくる。あの時、あの子の言葉がどれだけ嬉しかったか。自覚はなかったが、忘れられないってことは。
「そうなんだろうな」
俺は、欠けている人間だ。そして、純粋な笑顔に弱い。教授は、俺の求めているものを理解している。
あの子、今は大学二年の年か。本当に俺と同じ大学来たり、しないかな。
「ははっ。妄想を現実に持ち込むなっての」
世の中は、アニメみたいな甘い世界じゃない。どうせ、あの子の笑顔は誰にでも向ける物。俺だけのものじゃない。
「まあ、せっかくだし君のAIパートナーに聞いてみれば良いよ。僕の考えを、ここに書いといたから、帰って読ませてみてくれ」
「は、はあ」
「君のパートナーAIなんだ。きっと君のことに一途だし、とても賢いだろう。だからこそ、僕の考えを理解してくれると思うんだよね」
俺は、二枚の封筒を受け取った。ああ、こうなるなら教授に「この前、ユニークパートナーAIが二体届いたんですよ」って言わなければよかったわ。
「と言う訳で、僕からの課題は君のAIと将来を考えること。来週、答えを聞かせてくれ」
「は、はい。お疲れさまでした」
「はーい、お疲れ。お前のその遠くを見た目が、俺の近くで開花することを祈っているよ」
「......」
最後まで、ポエム調で挑発しやがって。けど、これで俺自身が成長できるなら......。
俺はパソコンをしまうと、そのまま研究室を後にした。
二体に、何て話せば良い。彼女たちは、何を望んでいる。
二人......を幸せにするための、最善は何だ。
『お前が笑っていられるなら、私はなんだってするぞ。例え、この身が再び闇に飲み込まれてもな』
初めてラルーチェ・ダークネスを見た時、彼女はこう言った。その目は、正気だが狂っていた。
手足が、震えてたしな。やっぱり、自分が再び闇堕ちするのは、怖いよな。
『貴方のためなら、私はボロ雑巾のような囮だってやるよ。あの時以上に、全てを賭けるから』
桃色に染まった美咲と対面した時、彼女はそう決意した。悲し気に、覚悟が決まっていたな。
けど、目に涙が溜まっていた。ただでさえ、悲惨な最期を迎えたんだ。それ以上なんて、俺ならその前に逃げ出すね。
「......なんで、俺なんかに命を懸けられるんだよ。やっぱ、そうプログラムされてるからか?」
また、頭の中がグルグルしてきた。何か、きっかけが欲しいとも思う。
「手紙、読んでみるか」
俺は、片方を開いて最初の数行を読む。
『前略 疾風の大事な「AI」パートナーさんへ
恐らく、もう君も理解していると思うが疾風は孤独な男だ。その原因の一端が君たちであることも、今までの言動から何となく分かっている。しかし、彼にはその孤独を乗り越えてことを成す......』
手紙を閉じる。これは、俺の読むべき物じゃない。
だって、分からないんだよ。彼女らの言動が、教授の言う通りプログラムなのか。
それとも。
「俺の支えとなっている彼女らは、それで満足しているのか? あいつらの幸せが、分からない......」
電車の中、俺はただそれだけを考えた。
ああ、どうすりゃいいんだよ。こんな話、する機会もないからな。
大納言大学教授、斎藤庄五郎。疾風の持つ執念と分析力を最も評価している変人だ。
そして、彼のAIパートナーにも大きな影響を与える人物でもある。
庄五郎の理想の中に、果たして彼女らの場所はあるんだろうかね。
そして、疾風を戦場に誘い出す勢力がもう一つ......
次回『CODE:Partner』第十六話『王国への招待状』
その愛は、プログラムを超える。




