第十四話:簪とワガママ、疾風の選択
前回のあらすじ
駅ビルから帰る途中、疾風はネットニュースで相良のことを知る。そして、自分たちの画像が世に出回っていることも。
何かよからぬ輩に襲られるかも。そう思いながらも、「撃退」を検討する疾風に対し、美咲は世間一般の「退避」を勧める。ここで、疾風の中にある「正義」が世間と若干ずれていると痛感するのだった。
~12月20日・昼 東京都・犬飼宅~
「ただいま」
「......おう、遅かったな」
どちらもハズレ。正解は、調理場で俺のご飯を作ってる、だ。
「お前、料理する趣味あったんだな」
「隊長が下手過ぎるからな。それなら私がやってやると思っただけだ」
「お、おう」
既に、狭い机の上に色とりどりの品が置かれている。俺と同じ材料を使ったとは思えない。
「へえ、やるじゃないラルーチェ!」
美咲は、大喜びだな。俺は、先に驚きが来ちゃったけど。
「さあ、これが出来れば一段落だ。朝食兼昼食にしよう、隊長」
「ああ、ありがとうな」
俺は席に着く。左右に、ラルーチェと美咲も座った。
「お前、これは想像以上だぞ。まさか、ここまで出来るとはな」
「褒めるのも良いが、料理が冷めるぞ」
「あ、ああ。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす」
もう、AIの二体と一緒に食事をするのが当たり前になったな。本当、ユニークの持つ消化機能には感心するよ。
「ど、どうだ隊長?」
右側から、ラルーチェが聞いてきた。当然、答えは一つ。
「うん、凄くおいしい。お母さんの味にも負けていないぞ」
「本当か!?」
「本当だ。正直、驚いているし凄く嬉しい」
俺のお母さんも、料理は上手いんだけどなあ。それに迫るって、相当だぞ。
「そうかそうか! 今の私はとても機嫌が良いぞ!」
いつになく、ラルーチェがハイテンション。ただ、何となく。
笑顔がぎこちない。
ならば。
「そうだ、ラルーチェ。お前にお土産がある」
後ろのカバンから紙袋を取り出し、彼女の前に渡す。
「私に、か?」
「おう。開けてみてくれ」
彼女が、雑貨屋で買ったお土産を見る。そこには。
「これって、櫛か?」
「ああ、似合いそうだなって思ってな」
青の髪には、赤が似合う。俺が見つけたのは赤い椿の簪。
「凄く、嬉しいぞ! ありがとうな、隊長!」
「喜んでもらえて、良かった。やはり、お前にはお前のままでいて欲しいからな」
「ん? どうゆうことだ?」
ああ、知らなかったか。俺は、スマホを操作しラルーチェに見せる。
「赤い椿の花ことばだよ。意味は『気取らない優美さ』や『気高い理想』だから似合うかなって」
「お......そうか。何か、照れるな」
ああ、綺麗だな。俺がお前を初めてみた時と同じだ。
それ故に、あの時はショックも大きかったけど。
「司令官、花ことばってそれだけ?」
「どうした、美咲?」
左に座っていた美咲が、グイっと近寄ってくる。そして、俺のスマホをスクロール。
「ほら、ここ。赤椿の西洋での花ことば『You are a flame in my heart』よ」
ほ、ほう。えーと。
「すまん、意味を教えてくれ。英語はサッパリなんだよ」
「あ、うん」
美咲の顔が、すぐ横まで迫る。さっきと同じ、ではないな。
「意味はね『貴方は私の胸の中で炎のように輝く』だよ。司令官がラルーチェへ抱えている思いと、似ている気がするから」
「な、なるほど」
炎、炎か。俺の中にある、ラルーチェの炎。
それは恐らく、この椿とは正反対にあるんだろうな。
「どうした、隊長? 何か思うことがあったか」
今度は、ラルーチェが覗き込んでくる。ああ、不安にさせちゃったか。
「まあ、俺が知らず知らずに椿を選んでいた理由がな。美咲に指摘されて更に気が付いたっていうか」
「お、そう、なのか」
まあ、言葉があやふやだよな。
「端的に言うと......あれだ。俺のワガママだから」
良い機会だ。ここで一回、ワガママを言ってみよう。
「ワガママ......か?」
当然、外での出来事を知らないラルーチェは困惑する。
「言ってみてよ。きっと、ラルーチェも受け入れてくれるはずだよ」
美咲が、俺の背中を押す。まあ、そうくるよな。
「......言ってみてくれ、隊長。私の出来る範囲で、お前のワガママを叶えたい」
そして、これに乗っかる形でラルーチェも俺と向かい合う。二体とも、ベースは同じか。
「じゃあ、少し待ってろ。先にシャワーを浴びてくる」
「そ、そうか。待ってるぞ」
「うん、焦らなくて良いからね」
俺は食事を終え、すぐさま風呂に向かう。少し、心の整理が必要だ。
◇◇◇
「......」
シャワーの音は、己の孤独と共に深い思考を与えてくれる。
「大本そのものは違うけど、自覚したのはラルーチェだよな」
振り替えるは、高校受験終了時。時間のあった俺が見た「オメガ・ザ・ヒーローズ 夢の旅人」がきっかけだ。ラルーチェ、最初から綺麗だったな。
「己の胸に刺さる......責任? 罪悪感? この辺が、俺にとって......」
いや、それ以上に。
「理想を求め絶望した姿、かな。俺が好きなのは」
ははは。普通の女性に言ったら平手打ちだよ。
「ゲームだから、アニメだから。この想いも許される。そう思っていたけど」
そのキャラが、今隣にいる。その時、俺は己をチョーカーで縛り付けた。
「けど、それでも。もし許されるのなら」
俺は、少しだけ。悪い男になっても良いのかもしれない。
まあ、まずは少しずつだな。
俺の体は、幾ら洗っても流し切れない汚れで溢れている。
......はは、どこで道を間違えたのかな。
◇◇◇
「......じゃあ、そこに立ってくれラルーチェ。俺が、ワガママを言うから」
風呂から上がった俺は、居間の広いところに立つ。
「あ、ああ」
「......司令官」
身構えた表情で、ラルーチェも俺の前に立つ。美咲は、静かに見ている。
「ラルーチェ、ダークネスを起動させてくれ」
「!!?」
「司令官?」
俺の指示に、二人共驚きを隠せない。まあ、戦闘中な訳でも力仕事の場面でもないからな。
「ダークネスになって、そこに立っていてくれ。俺が何をしても、じっとしていて欲しい」
俺は、指示を続けた。これが、俺のワガママだから。
「......ラルーチェ、どうするの? 結構、意外な方向からのワガママだけど」
「......」
ラルーチェは、考えていた。俺の意図を汲み取ろうとしている。
「......分かった。ダークネス、起動」
彼女の全身から、どす黒いオーラが湧き出る。そして、全身が黒に覆われた。
髪色も、服装も変わる。そう、この姿は完全に「悪役」そのもの。
「......なったぞ、隊長」
「ありがとう。じゃあ、そのまま......」
俺は一歩、また一歩とラルーチェに近づく。そして。
「~~~~~」
両腕で、闇に堕ちた姿の彼女を抱きしめた。
「!!!」
「......っ」
言葉にならずとも、二体がこれ以上もなく驚いているのが分かる。
「ああ、美しいよラルーチェ。その誇りを胸に持ちながらも、全てに絶望したこの姿。美しい......」
「......そうか」
「最初はな、いつもの君を美しいと思っていたんだ。理想を胸に、助けたい者のために槍を振るう君の姿は、とても美しかった」
俺の口が、滑らかに動き出す。
「けどな。目の前で子供を見殺しにされ、絶望した君を見た時。俺の心は、修復しようのないくらいグチャグチャにかき回された」
「......」
「そして、全てに絶望し闇に身を委ねた君は、今まで見た誰よりも美しかった。ここから、俺の中の『正義』は世間からズレていったんだよ」
「......ああ」
ラルーチェの、無機質な返事。驚きと共に、俺の言葉へ様々な感情を抱えているのだろう。
「だから、俺は君にこの手で触れたかった。俺の人生の転換点だからね。もうしばらく、このままいさせてくれ......」
「ああ」
「司令官、本当に貴方って......」
静かに、美咲が視線を逸らした気がした。
ああ、俺は今幸せだ。
『これは、私にとって最大の罪かもしれないな。私がいる限り、この男は幸せになれないのだから』
『私たちを可愛がってくれるのに愛してくれない理由、分かった気がする。これじゃあ、普通の愛し方を出来る訳ないもんね......』
二体の、心の声だろうか。テレパシーに似た電波か何かで、俺の頭にまで届いてくる。
(俺は、どうしようもない捻くれ者さ。けど、その原因の君たちと一緒なら、それでいい)
返事をするかのように、俺はこう念じた。届いてくれたら、嬉しいかもな。
......今からでも、俺は真人間に戻るべきなのだろうか。
◇◇◇
~12月20日・夜 東京都・犬飼宅~
「......そろそろ寝るか」
「ああ」
「うん」
先ほど、俺はラルーチェを解放した。そのままシャワーを浴び、俺は布団を用意する。
「隊長」
「何だ?」
おっと、寝る前にラルーチェが声をかけてくるとは珍しい。
「これからも、私はお前のそばにいる。だから、もっと甘えてきていいんだからな」
「わ、私も! 膝枕でも、腕枕でも、何でもするからね!」
乗っかる美咲。ああ、この辺の態度は相変わらずなんだな。
「......疲れた時に、そうさせて貰うよ」
俺は、無難にこう返す。何と言うか、甘えすぎは良くないだろ。
「ああ、そうしてくれ」
「うん、待ってるよ」
二体は、強引に迫ってこなかった。俺のペースで、ということか。
「んじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみー」
電気を消し、俺たちは眠りについた。明日は、研究室。ここ数日のように、ダラダラはできないな。
「......ふう」
俺は、一息ついた。二体がいてくれて、本当に良かった。どうなるかは分からないけど、これからも二体の笑顔のために、動きたいな。
そのためにも、もう一度。俺は、二体と向き合わないと。
◇◇◇
消灯して、数十分。布団の中央から、疾風の寝息が聞こえだす。
それと同時に、左右のAIから反応があった。
「......美咲」
「何?」
精密な収音装置がないと聞き取れない。そんなレベルの声だ。
当然、眠りについた疾風の耳には届かない。
「隊長って、想像以上に不器用過ぎないか?」
「......まあね。けど、出会った時からそうじゃん」
「それでもだ。ようやく甘えてきたと思ったら、己の闇を蒸し返しただけなんだぞ。もっと、自分を解放させても、良いではないか」
「うーん」
嫁同士の愚痴、とも少し違う。何度も言うが、この二体のAIと疾風は恋人関係ではない。
例え、どれだけ互いを大切に思っていてもだ。
「でも、私はそんな司令官のことが好き。自分でも、良く分からないけど」
「それは、私も同じだ。惚れる理由はあるが、惚れた理由が説明できない......ダメだ、私もうまく表現ができない」
「しょうがないよ、だって私たちはプログラムで......」
「違う!」
少しだけ、空気が強く震える。
「んん......」
「!!」
「!?」
中央のマスターの寝言に、二体は戦慄した。
「......すまない」
「いいの」
「けど、私たちはAIだがプログラムが全てではないはずだ。さもなければ『私たち』があんな変身を出来る訳ないだろう?」
「それは、そうだけど」
「だから、これは私たち自身の『願い』や『意思』だと思う。いや、そう信じたい」
「......」
少しの、沈黙。AIにも考える時間は必要だ。
「答えはないが、探し続けよう。私たちと隊長にとって最高の結末を」
「......うん、私たちと司令官の素敵な将来のために、ね」
二体は、このやりとりを最後にスリープモードに入った。
『司令官、本当に手がかかるよね』
『まったく、隊長には私がいないとな』
まもなく、次の日がやってくる。一人と二体にとって、新しい日が。
......壊れてるね。捻じれてるね。けど、僕はそんな彼をずっと見守っていたいと思うんだ。
助ける気はない。誰かを派遣する気もない。けど、完全に折れて欲しくはない。
苦しんで、あがいて、もがいて。何年も戦い続けた果てに何を見るのか。
僕は、それが楽しみでしょうがないね。
次回『CODE:Partner』第十五話『運命の交差点』
その愛は、プログラムを超える。




