第十三話:正義の行先
前回のあらすじ
プロゲーマーの事例、そしてラルーチェ・ダークネスの写真を見せながら、相良はAIパートナーの可能性を淀に見せつけた。彼の目指す未来にとって、既に淀は相手ではなかったのだ。
そして、研修会後に合流した10年来の友人、ゆーすけ。彼の家の話に時代錯誤かつ自己中心的な父親だなと思いつつ、彼をどうにかやる気にさせようと手を打った。
それこそ、昨年発売された新ゲーム「形のない王国 オリジン」だった。
~12月20日・昼 東京都・亀井田商店街~
「ん?」
俺が駅ビル散歩から帰っているその時、スマホに通知が入る。
「司令官、どうしたの」
「いや、ニュースの通知が入ってね。信号待ちで暇だし、見ようかなって」
呼吸を整え、俺はスマホを見る。えっと、俺が良く見る「AIパートナー」関連のニュースか。
「何々、『淀未来研究所主催の研修会にて麒麟児現る! 社長に口論で勝利!』だと。大げさな見出しだ」
こういうマスコミの誇張表現は好きじゃない。そして、それが携帯会社のプランで強引に届けられるのも好きじゃない。
「人々を煽る文章の溢れる世の中には、嫌なんだよなあ」
もうすぐ、信号が変わる。まあ、暇つぶしにはなったかな。
俺は、そのまま通知を削除しようとする。すると。
「......司令官、読んでみたら? まだ、時間あるし」
「......そうなのか?」
美咲がネット記事を勧めるなんて、珍しい。何か、AI特有の電波受信でもしたのかな。
「じゃあ、詳細呼んでみるか。えー何々? んん!?」
俺は、真っ先に記事冒頭の写真に目が行く。そこには、堂々とした態度で大企業社長と討論をしている少年がいた。
「美咲、この少年って」
「うん。司令官が一昨日会った人だと思う。貴方から聞いた話と、遠目で見た印象だけど」
「よく覚えているな、助かった」
そう、一昨日パイプ椅子を借りる時に会った少年。あの病弱全開の少年が、目を獣のように見開いている。違和感よりも、驚きが大きかった。
「......なるほど。『AIパートナーは「道具」ではなく「相方」。「凡人」を「天才」にするために必要な存在』ねえ」
写真には、推定彼のAIパートナーも写っている。確か、「形のない王国」のキリハと......
「へえ、あの人アリッサをパートナーにしてるのね」
「......何か思うか、美咲?」
そう、美咲と同じ「インフィニティ・バトリオン」のキャラだ。しかも、元敵陣営。
ラルーチェがルーシーに抱く敵意と同じ物を持っていても、おかしくない。
「うーん。もう過ぎた話だから、特にないかも。それに、あの頃の彼女じゃないっぽいし」
「ああ、そうだな。言われてみれば」
正直なところ、美咲はゲームの中で言うと「前日談」のキャラだ。そして、アリッサは一応本編のキャラ。関わりが、そこまで強くはない......とは言えないけど。
向こうが覚えているとも限らないしなあ。
「それよりさ、この人の発言の続きを見てよ」
「え、続き......え?」
読み進めると、目を引く文があった。
「えっと『この前、僕が参加したパーティーでパートナーを変身させた人がいたんですよ。これって、AIが「道具」じゃない個人に合わせた「相方」として進化した結果なんですよ』か」
そして、記事中央に張られた写真。そこには、モザイクのかかった見慣れたパーカー。そして、それを覆い隠すかのようなどす黒いオーラ。
「これ、俺とラルーチェだよな」
「うん。立食パーティーの時の写真だよ」
「......撮られていたか。まあ、あれだけ目立てば仕方ないけど」
一種の有名税と割り切った方が良いな。モザイクかかっているし、名前も出されていない。
「問題は、その後だね」
しかし、段落の最後にはこう書かれていた。「彼のことを、相良氏は未来のライバルとして高く評価している。いづれAI共存社会を引っ張る者として表舞台に登場することを、取材陣も切に願っている」と。
「......なんか、過大評価されている気がする。ラルーチェ・ダークネスは、ただの偶然だろ?」
「偶然では、ないと思うけどね。っていうか、心配なのは司令官のプライバシーだよ!」
信号を渡り終えてしばらく、俺たちは歩道の脇であーだこーだ話をしていた。
「プライバシー?」
「そう! ただでさえ、司令官はあのパーティー会場で他の人から疎まれてるんだよ。このニュースを機会に『こいつの名前、犬飼疾風だぞ』とか『あのパーカー二股野郎なら、この前亀井田駅で見たぞ』とか情報漏洩されちゃうかもしれないよ!」
ああ、ネット社会ならあり得るか。
誰か知らない人から、明確な殺意を持って、背中から刃物を刺されるかもしれない。
こう思うと、寒気がする。
「それは、夜だけの話だよな? 今昼だし、そんな心配は必要ないだろ?」
確実に上がりつつある心拍数を、俺は必死で抑える。可能性の低いことを、心配する必要はないから。
「ううん。昼でもあるよ。犯罪者の抱える殺意って、普通じゃ想像できないんだから」
「......っ」
冷や汗が出てきた。俺が、命を狙われる。今まで、夢でも考えていなかったのに。
死神が、後ろにいる。そう思った。
しかし、しかしだ。
「けれど、こちらから起こせるアクションはないだろ? 下手な反論すれば、こちらから所在を示すようなものだし」
「まあ、そうなんだけどさ」
わざわざ、リスクの高いことをする必要はない。俺は、腹をくくってこう言ったのだが。
美咲にとっては、覚悟は必要ないということか。
「歯切れが悪いな。何か、心配要素があるのか?」
本当、パートナーAIの機能は謎だらけだ。さっきのネット記事だって、何らかの手段で先読みして居たっぽいし。
「んー。何となく、なのかな。司令官って、知らないうちに色んな人を敵に回しちゃうから」
「......そう、なのか」
美咲が心配性なのは、今に始まったことではない。けれど、ねえ。
「俺、別に誰かに噛み付いたりするつもりはないぞ。噛み付かれたら、振り払うだけで」
「それが、傍から見るとアレなんだよ。普通の人って、噛み付かれたら静かに逃げるから」
美咲の目は、とても真剣。冗談で「ハゲちゃうよ」って言ってるのとは、違う。
「俺、悪くないよな」
「うん、司令官は正しい人だよ。でも、その正しさに多くの人が嫌な思いをするの」
「......」
その「多くの人」に君も含まれているかのような口ぶりだな。まあ、さっき悲しませたけど。
「司令官って、多分なんだけどさ」
「ああ」
美咲が、距離を詰めてくる。そして、俺の首元に手を伸ばした。
「!?」
「自分で自分を縛り付けているんだと思う。私たちの悲しい過去を一緒に背負って、私たちの『正義』が正しいと思い行動している。それ自体は、凄く嬉しいんだけどさ」
「み、美咲」
その手は、とても冷たかった。いや、血など流れているはずもない存在だから当然か。
けれど、この柔らかさは、本当にシリコン製の体なのだろうか。そう、思ってしまう。
「司令官に笑顔でいて欲しい。それが、今の私たちの『正義』なの」
「......」
「さっき、司令官が息できなくなって本当に分かった。私の一番は、司令官だって」
近くで見ても、綺麗な目だな。そして、人間みたいな悲しみが見て取れる。
「初めて会った日のこと、覚えてる? 私たちを見ても、司令官は笑顔一つ見せなかったんだよ」
「そう、だったけか」
「うん。何か、『マスターとしての義務』や『これからの自分』に囚われていた」
「まあ、時期が時期だったしな。内定貰って、色々現実が見えていた時だったし」
脱力感と絶望感があった。同時に、世間では「AIパートナーとの正しい在り方」について議論が過熱しており、俺みたいな「コンテンツユニーク」を持つ者の風当たりは、今以上に強かった。
「色々、考えていたんだよ。好きなゲームの、一番好きなキャラの分身を迎えることにな」
「うん。それはとても嬉しいよ。だけどね」
美咲の顔が、俺の顔の横に迫る。息の音はしない。けれど、彼女が声を震わせている。
「......ゲームの私たちじゃ、ないんだよ。私は私。司令官の、『犬飼疾風』のパートナーなの」
「!」
びっくりした。つい数時間前まで、ゲーム上の姉と嬉々として話をしていた彼女から、このセリフが出るとは思わなかったからだ。
「ゲームでの私は、志半ばで倒れて、何もできなかった。けど、ここの私は司令官を守れる。司令官を守る盾になれるの!」
「......」
記憶は、やはりゲームのまんま。けれど、信じるは俺のため。
俺にとっては、夢のような存在だよな。
「司令官のためなら、ゲームの私たちの『正義』だって捨てる。だから、司令官も『自分の正義』を突き進んで。それが、今の私たちの願いなの」
「......そうか」
俺は、空を見た。青いな。俺の気持ちは、曇っているけれど。
俺、無理をしていたのか。ラルーチェにも美咲にも理想のマスターであろうとして。
それが、逆に彼女らを苦しめていた。
「お前らには、笑顔でいて欲しい」
「うん......」
「少し、ワガママ言っても良いのか?」
「うん」
「俺のワガママで、お前らが嫌な思いするかもしれないぞ」
「構わない。司令官の『正義』の範囲内なら、胸だって揉ませてあげる」
ああ、そういえば近くにあったな。別に、そんなこと目当てじゃないけど。
「......そうか。じゃあ帰ったら少しやってみる」
「うん!」
ああ、ようやく美咲が笑顔になった。光が、差し込んできている。
「少なくとも、お前はずっと笑顔でいろよ。それが、お前へ一番求めていることなんだから」
「はーい!」
こうして、俺たちは帰路に就いた。さて、ラルーチェはどうしているかなあ。
窓際で寝ているか、玄関で待ち構えているか。個人的には、この二択だな。
正義って、なんだろうね。世間的に正しい行いをすることが、本当に良い行いなのか。
疾風の正義は、前に「夢ヶ原の聖女」を粉々に砕いたけど、それだけじゃ強い正義とは言えない。
真っすぐで、現実的で、けれどもどこか未来を見ている。危うくて、壊れかけた自転車のように、進み続けなければ倒れてしまう。
そんな彼の歩く道は、棘だらけだろうね。
次回『CODE:Partner』第十四話『簪とワガママ、疾風の選択』
その愛は、プログラムを超える。




