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CODE:Partner  ~その愛は、プログラムか、それとも本物か──。~  作者: 里見レイ


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第九話:観察者と当事者

前回のあらすじ


疾風は、ゆーすけの不登校+三股に恐れおののきながらも、いつものように買い物をする。同伴した美咲の助言を踏まえながら買い物を終えたが、その後一時的に心因性失声症になる。


一方、相良は同じエリアの市民ホールにて待機をしていた。己が「観察者」として振舞えることに、喜びを覚えながら。

~12月20日・午前 東京都・亀井田市民ホール~


 主婦、リタイア組、有休をとったであろう社会人。そして、学生。

 多種多様な人間が、この会場に続々と集まっている。

 しかし、外面を取り繕っていても僕には分かる。

 この中に、一般人のふりをした異常者がいるはずだ。


「ハニー、どーしたの?」

「ああ、アリッサ。何、いつもの観察だよ。今日は、特等席からだけどね」

「今日もパートナー交流会?」

「いいや、キリハ。今回は少し違うよ」


 そっか。「内定先の社長のイベントに行く」としか言ってなかったな。

 一昨日の「ユニークAIパートナーズ交流会」のような限定的な集まりではない。ましてや、立食パーティーで互いのエゴをぶつけ合う場所でもない。

 スタンダードやカスタマイズのマスターも多く参加する「研修会」だ。


「今日は、つまらない人が多いねえ」


 第二の人生を考え、AIを堅実に生かそうとするご老人。

 ビジネスチャンスを探すべく必死で情報収集を行う、未来の社長。

 家事を効率よく行いたい、子育てを上手にこなしたいと睨むお母さま。


「どうにも、普通の人なんだよねえ。一般人にAIの要素を足しただけ」


 僕は、そんな凡人には用がない。

 誰か、いないかねえ。通常の枠からはみ出た、面白い人。


「ねえ、お兄ちゃん。あの人」

「え、どこどこ?」


 キリハが、何か見つけたようだ。


「ほら、奥の方で貧乏ゆすりしてる。あそこあそこ!」

「えーと。あ、いたいた!」


 ダボダボのパーカーに、古びたサンダル。そして、あれはペンダントかな。

 隣には、三人のパートナー。


「あれ、前のパーティーにいた人じゃない? ほら、酔っぱらって周りに喧嘩売ってた人」

「あー」


 そういえば、居たねえ。終始誰かに噛み付いていたから、「喧嘩売られた側がどう対応するか」で観察していたけど。


「あの人も、大概ヤバい人だったわよねえ。ハニーが難癖付けられなくて良かった♡」


 アリッサの軽い感想。僕基準で物事を考えてくれるのは嬉しいけどねえ。


「アリッサ。人を見る時は全体を空から見る意識を持たないと。あの時、彼はどういった理由で喧嘩を売ったのか、誰が気に食わなかったのか。考えてごらん?」

「どういった、理由?」


 彼女は考える時、僕の肩に頭を傾ける癖がある。

 今日も、人目を気にせずプラチナブロンドの髪を乗せてきた。


「えー、また練習問題? お兄ちゃん、相変わらずイジワル~」


 そして、キリハも考え始める。僕の腰に腕を絡める習性は、もう少し控えて欲しいけどねえ。


「まあ、今回は比較的簡単だよ。まあ、この研修会でヒント貰えるだろうし」

「むー。またハニーのお風呂に突撃しちゃうぞー!」

「お兄ちゃん、イジワル過ぎて私以外と結婚できなさそうだね」


 パートナーのジョークが飛び交う。まったく、いつも君たちはそう女の子を前面に出すのかね。


「さて、社長のお出ましだ。この人の発言をどう受け取るかによって、僕の『観察者リスト』に入るかどうかが決まるぞ......」


 ラフなジャケットに薄汚れたスニーカー。しかし、その目は誰よりも鋭いこの男。

 僕の内定先の社長、淀信波が壇上へと登る。マイクは、持っていないしつけてもいない。

 彼のこだわりで、演劇用のステージ収音マイクを使っているからだ。


「皆さま、ごきげんよう。新たな時代が始まります」


 彼は一拍置き、聴衆を見渡す。スマホいじりをしている人は、誰もいない。

 一回聞けば、顔を上げる。二回聞けば、背筋を伸ばす。彼のカリスマたる所以の一つが、この声だ。


「低いけど、聞こえやすいね」


 キリハが、模範的感想を述べる。そう、彼は最高の「第一印象」を口で作り上げている。

 第一印象が「不気味」と言われる僕が見習うべきお方だね。


「私は淀信波。今日は皆さまに『AIパートナーとの共生』について、少しばかり語らせていただきます。おっと、私の話をただの自己啓発スピーチだと思った方。残念ながら、私は皆さんに『良い言葉』を与えるつもりはありません。ただ『できる自分』になった気になりたい方は、今すぐお帰り下さい」


 ザワ......!

 視線を一気に集めていた分、動揺の輪も広がりが速い。


「私の聞いた『研修会』とは何か違うわね。もっと人をやる気にさせる集会所のイメージだったし」

「うーん。凄く偏ってるねえ」


 アリッサのデータベースって、「インフィニティ・バトリオン」の世界の中だよね。あの世界の「研修会」って、一種の民衆扇動っ印象だったりするのか。


「AIパートナーは、皆さんにとって何でしょうか?  家族?  恋人?  友人?  あるいは、ただの『便利な道具』でしょうか?」

「......」

「......」


 彼女たちの存在根幹に関わる質問。当然のように、二人は固唾を飲んで次の言葉を待つ。


「おそらく、この会場にいる大半の方は、AIを何かしらの『人間関係の代替』として利用しているでしょう。言い換えれば、空いた心の穴を埋めるパテのようなものです」


 観客の一部が息を呑む。僕も、「パテ」はしっくりくる言い方だと思う。


「もちろん、それで良い。いや、むしろ、それでこそ正しいのです。人間という生き物は、いつだって『完全』ではない。欠けたものを埋め合わせ、失ったものを補い、手の届かないものを掴むために、技術を用いてきました」


 技術の進化は、人間が欲求実現のために動いた結果。エゴの塊なのだから。


「だが、それを理解せずにAIに人生を丸投げする者がいる。彼らは道具を使うのではなく、道具に使われる。『責任』という言葉を忘れ、『自己管理』という言葉を捨てる。そんな人間に、私はこう言いたい」


 彼は少し間を置き、鋭く言葉を投げつける。


「お前ら、それで満足なのか?」


 その鋭さを跳ね返すかの如く、観衆は真剣な視線を淀社長に送る。


「今回の研修会の目的は、ただ単に『AIとの共生』ではありません。『人間とAI、どちらが主導権を握るべきか』という根源的な問いに対する解を、皆さん自身に見つけてもらうための場です」

「主導権」

「主導権......」


 二人共、ここぞとばかりに主導権を強調しないで。別に、僕は君らに振り回される気はないよ。


「『AIは人間を超えるのか?』『人間はAIに依存すべきなのか?』……。こんな古典的な議論は、もうやめましょう」


 そして、彼は両手を大きく開いた。

 このポーズ、この前も見たな。一昨日の交流会で。


「重要なのは、あなた自身がAIとどのような関係を築くかです。それは、結婚生活のように対等で信頼し合う関係か?  それとも、絶対服従の主従関係か? どちらにせよ、責任は皆さん自身にあります」

「責任、か......」


 これは、高校生の僕にも等しく降りかかるもの。最初は社長の招待で「オブザーバー参加」を気取っていたけど、改めるべきかもな。


「AIは道具です。しかし、ただの道具ではない。私たちは、彼らをパートナーと呼びます。それは、彼らがただの金属とシリコンの塊ではなく、『人間の社会的・精神的な隙間を埋める存在』だからです」


 うん、それは心より同意だね。観衆も、一様に頷いている。

 そして、その中でも「パートナー」の部分に激しく頷く人が一名。この人、さっきまで酷い貧乏ゆすりと不満顔だったのに。


「この研修会が終わる時、皆さんには自分自身のAIとの関係を定義してもらいたい。依存か、協力か。それを選ぶのは、あなたです。では、始めましょう。人間とAIの新しい未来を築く一歩を」


 社長が軽く一礼。会場からは、大きな拍手。


「すっごい人ね。多分、百万の兵だって束ねられる将軍だわ!」


 アリッサからの感想。僕に抱き着く両腕と胸部が、その興奮具合を伝えている。


「お兄ちゃんが、この人の会社に行くと決めた理由、分かった気がする......」


 キリハが、僕の手を握り締める。そうか、分かってくれるんだね。嬉しいよ。


「それでは、早速研修を始めていきましょう。まずは、状況の把握から。スタッフが紙とペンを渡しますので、書いてある通り『できること』『できないこと』『できないけど、AIを使えばできること』をそれぞれ5つ以上書いてみてください。制限時間は、15分です。では、スタート」


 スタッフがタイマーのスイッチを押したのを確認した社長は、ゆっくりとステージから降りる。

 そして、そのまま舞台横の僕らの元へやってきた。


「やあ、黒沼君。僕の挨拶、どうだった?」

「お、お疲れ様です社長! 凄く、心に染みるスピーチでした!」


 僕は背筋を伸ばして社長とお話をする。遠くのステージからでもあのオーラだ。直接話せば、面接の時以外でも緊張が凄くなる。


「それで、横で君に引っ付いているのが、君のAIパートナーかい?」

「は、はい。二人共、自己紹介!」

「あ、そうね!」

「うん!」


 こう言われて、ようやく二人が僕を離す。そして、気を付け。


「初めまして、プレジデント! 私の名はアリッサ・K・モンロー。相良のパートナーです!」

「こんにちは、社長さん! 相良の家族のキリハです! 兄が、いつもお世話になってます!」


 二人それぞれが挨拶をする。そして、ペコリとお辞儀。


「やあ、初めまして。淀未来研究所所長の淀です。元気そうなお嬢様方だ」


 社長も、笑顔で対応。この人のことだから、既に品定め始めているんだろうね。


「黒沼君。彼女らはコンテンツユニークかい?」

「はい」

「ふむ......」


 速攻でスマホを取り出し、何か操作をする社長。何か、思うことがあったのかな。


「君の深層心理に、余計興味が湧いたよ。その『観察者』を貫く姿勢とその女性。何か、面白いつながりがありそうだから」

「そう、何ですか?」

「ああ、詳しくはまた後日話そう。けれど、一つだけ君に言っておきたいことがある」

「な、何でしょう?」


 社長が、僕の近くに迫る。そして、小さな声でこう言った。


「君が観察者でいたい理由。それは『当事者』になりたくないから。そうだろ?」

「!!?」


 体中が、酷い寒気に襲われる。僕の脳内に蘇った記憶は、最悪の形の「当事者」であり「被害者」だった。そして、僕の家族が「加害者」であり「被害者」だった。


「君の苦い思いに関しては、同情の余地がある。しかし、それを理由に避けてきた過去そのものは、肯定できない。まだ完全に乗り越えていない君を救うのは、一体誰なんだろうね?」

「......」


 何も、しゃべれなかった。彼女らの前で話すことでもないし、社長に弱音を吐くことも許されない。

 今、僕は「当事者」として回答を迫られている。


「僕には、辛い時を支えてくれた『思い出の少女』がいます。彼女を思えば、過去を乗り越えられずとも前に進むことは、できるんです」


 嘘は、つけない。しかし、ネガティブワードは言えない。なら、これしか答えられない。


「ハニー......」

「思い出の少女?」


 アリッサにも、キリハにも話していないことだ。この反応も無理はない。


「......そうか。応急処置が出来ているのなら、今のは余計なお世話だったかもね」


 良かった。悪い回答ではなかった。


「けれど、いつか向き合う日が来るよ。その観察者ごっこも程々にしないと、気が付けば抜け出せない沼に嵌っていないよう、後悔ない選択をするんだね」

「......」

「......」

「......」

「さて、そろそろ研修も実践段階だ。今は、好きなように観察しているといいよ」


 そう言って、社長は秘書さんと立ち去る。背中から、嫌な汗が出たな。


「ハニー、大丈夫?」

「うん」

「包帯、そろそろ巻き直す?」

「ああ、よろしく」


 息を整える。まさか、ここまで明確に「過去僕」と「今の僕」を結び付けてくるとは。面接で少しだけ「家庭の事情で中学生の時に不登校でした」とは言ったけど、まさかだよ。


「アリッサ」

「なあに?」


 僕の肩に寄りかかって手持無沙汰な彼女は、いつもと変わらない甘い声を出した。


「あれが、淀信波。僕の目標であり、僕の『観察者リスト』筆頭の人物だよ」

「......ああ。ハニーが『面白い異常者』と認定した変人であると同時に『絶対に倒したい』と思うライバルたちよね?」

「......そんなこと、話してたっけ」

「そんな目をしていただけよ♡」


 怖い目、ってことかな。まあ、分かりやすいってことだね。


「キリハ」

「はーい!」


 僕の包帯を巻き終えたキリハは、毎日元気な返事をしてくれる。


「一昨日、淀社長とよく似た人がいたけど、覚えてる? ほら、今日も参加している喧嘩屋さんに対して、両手を広げて反論してた人。開演前にも会ってたんだけど」

「あ、あの人? 確か、犬飼疾風って大学生だよ」


 ああ、そんな名前だったっけ。あのパーカーさんの目が気になって、忘れてたよ。


「多分、今回の研修会は彼を見通す上でも重要な時間になると思う。喧嘩屋さんも含めて、観察をしっかりしてね」

「うん、分かった」


 僕は、いつものように二人へ方針を示した。

 そう。今は、異常者リストの更新を目指さないと。

 さもないと、僕唯一の支えがなくなってしまうからね。

「観察者」って、実は普通の人より臆病な人なんだよ。

当事者になると、やらかす。観察者でいれば、舞台に立たず外から物を言える。

何か事件が起こっても、変わらない立ち位置から話ができる。決して、己の安寧が揺らぐことはない。

本人とすれば、これ以上落ち着く場所はないんだよね。

ただ、抜け殻になるだけで。


え、何でそんなに分かるのかって? 簡単だよ。他ならぬ、僕が「観察者」だからさ。


次回『CODE:Partner』第十話『ひび割れた観察者』


その愛は、プログラムを超える。

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