第八話:途切れかけた吐息
前回のあらすじ
嫌な夢を見た疾風は、美咲に誘われ駅ビルへと向かう。そこで遭遇した橋口ゆーすけとそのパートナー鶴賀雪。彼の倫理観の外れた生活に、疾風は戸惑いを隠せなかった。
その一方、美咲の「新婚夫婦」発言にも心を揺さぶられる。
自分にとって、AIパートナーとは何なのかと。
~12月20日・午前 東京都・亀井田駅商業ビル~
「とりあえず、葉物野菜と鶏肉だな」
「あ、今日はひき肉が安いみたいだよ」
駅ビル内のスーパーについた俺と美咲は、いつもの食品を確認する。
「んで、小松菜っと。調味料は足りてるよな?」
「うん。あ、でも油は在庫なかったと思うよ」
「そっか。じゃあ、それも籠に入れてっと」
あとは、何を買うか。雑貨屋に行くことを考えると、無駄遣いはできないな。
「あ、司令官。これ」
「ん?」
美咲が、肉売り場から離れた場所を指さす。
「ああ、鮭?」
魚か。高くて一人暮らししてから買ってなかったな。
「うん。せっかくだし食べてみたいな」
「ふむ......」
栄養価を考えれば、魚を摂るのもありだよね。
それに、鮭は魚の中では最も安い。
「じゃあ、鮭フレーク買うか」
「えー。せっかくだし塩鮭にしようよ! 三人分焼いてさ!」
「む、むむむ」
まあ、たまには食卓に華があった方が良いってことか。しかも、今日の値段は比較的安い。
「うーん。回数持たないからな、フレークじゃないと......」
「え、でもさ。鮭フレーク買ったら被っちゃうよ、これと」
「これ?」
美咲の手には、金目鯛のふりかけがあった。凄く高くて、手が届かない代物だ。
「ほら、今日は『金目鯛セール』なんだって。司令官、前にこれ食べたいって言ってたし、チャンスじゃない?」
「あ、あ~~~」
ま、迷う。どうしよう。塩鮭もふりかけも買ったら、流石に予算オーバーか。
でも、せっかくの機会だしなあ。
「よし。買おう! 良い機会だし、今日はおさかな満喫ディナーだ!」
贅沢に、金目鯛のふりかけを野菜炒めに使ってやる。出し惜しみは、なしだ。
「わーい! 司令官大好きい!」
美咲も、ピョンピョン跳ねて喜んでおられる。うん、やっぱり君には笑顔でいて欲しいよね。
こうして、俺は自分史上最高額の食材購入を済ませ駅ビルを後にした。
さてと、次は。
◇◇◇
「うーーーーーーーーーん」
「しれいかーん! いつまで悩んでいるの~?」
「いや、その、なんだ。何に喜ぶか全く分からないから」
駅の隣にある、雑貨屋。俺はかれこれ、十五分も棚の前で悩んでいる。
ラルーチェへのお土産、何が良いんだ。
「司令官の選んだものなら、何でも喜ぶと思うよ。第一、お土産貰えると思ってないだろうし」
「そうなんだけどさ。自分のあげる物にはこだわりたいし」
旅先のお土産なら、特産品から俺が好きなやつを選べば良いけど。
近所の雑貨屋で買うってなると話が違う。
「司令官さん、誕生日やクリスマス交換会とかで何選んでる? その辺で考えたら?」
「うーん」
思い出す。思い出す。思い、だす。
「ないな」
「ないの?」
「友人相手には、そもそも送ったことないし。家族相手には妹と選んでたから」
よく思い出せば、俺が誰かに物買うのって旅行のお土産だけだよな。
「あと、クリスマス交換会は小学生の時しか行ってない」
「あ......そう」
金は、自分用の食べ物や旅費で概ね消えるんだ。許せ。
「じゃあ、適当にケーキとか買ったら? お菓子なら、間違いないでしょ?」
「い、いや。でもなあ」
俺は、頭を抱える。何でもない時のお土産って、こんなに難しいのか。
気分転換に、俺は店内を歩く。何か、何かないか。
「......おや」
そして、見つけた。ラルーチェが、喜びそうなものを。
「美咲、これとかどうかな?」
「えー、どれどれ?」
美咲が俺の指さす方を見る。そして、驚き、喜び、眉間にしわ。
「......流石、司令官ね。ラルーチェにピッタリのお土産だと思うわ」
「なら、良かった。しかめっ面したから、センスが悪いかと思ったぞ」
「あ! ......いや、ごめん。センスは凄く良いと思うよ! ほら、レジ行こう!」
「おう」
いやはや。良さそうなの見つけられて安心した。さてと、これで一段落かなあ。
「よし、それじゃあ帰るか」
「うん」
お土産を購入し、俺たちは店を後にする。
ふっふっふ。これは、きっとラルーチェも喜ぶはずだ。楽しみだぜ。
そして、噴水広場の横を通って階段を上る。
と、その時だった。
「あ」
足がほつれて、俺は大きくバランスを崩す。両手が買ったもので埋まっており、俺は手を付けない。
これ、まずくね。
「司令官!」
「あ、すまない」
辛うじて、美咲が俺を支え事なきを得た。そっか、美咲も戦士だもんな。
本気を出せば、俺よりずっと運動神経が良い。
「少し、休もうか。最近、疲れてるでしょ?」
「そう、だな」
ラルーチェには悪いが、帰るのはもう少し遅くなりそうだ。
◇◇◇
「......気分、どう?」
「......一応、何とか」
噴水広場のベンチで、俺たちはドッカリ座った。
なぜか、凄く疲れが出ている。最近、色々精神使っているからか。
「何か、飲み物買ってこようか? 何がいい?」
「......アセロラ。はい、財布」
「うん、行ってくるね」
美咲は、噴水裏の自販機へと走っていった。
「......ぁ」
あれ、声が出ない。
「っぉ」
なんで、だろ。さっきまで、普通にしゃべれていたのに。
えっと、美咲はいないし。別に体のどこかが痛い訳じゃないよな。
よし、ネット検索だ。
「......!?」
心因性失声症。ストレスが原因で、うまく声が出せない病気。30代以降の女性に起こりやすい。
......俺が女か。いやいや、そういう意味じゃない。
とにかく、一回深呼吸を。
「っーーーーー」
だ、ダメだ。色々あって体が上手く動かない。
まずい。え、どうしよう。
えーと、えーと。
「司令官! 大丈夫!?」
「ーーーー!」
み、美咲。あ、メモ帳出して。
『声でなくなった』
「声!? どうして!?」
『多分、これ』
俺は、開いていた記事を見せる。
少しの間、真顔で読む美咲。
「す、ストレス。原因、私たちだよね......」
首を横に振る俺。マスターがAIのせいでストレスだと。そんなの許される訳ないだろ。
『アセロラのむ』
「あ、うん。どうぞ」
俺は、勢いよく冷たいアセロラドリンクを飲み干す。
ああ、このほど良い酸味。癒されるな。
「......ふう」
「司令官!」
「あ、ああ」
良かった。さっきのは、軽い奴だったみたいだな。
「よ、良かったあ!!!」
「ちょ、美咲!?」
公然で抱き着いてくる美咲。まあ、けど。心配させちゃったからな。
「ごめんな。メンタル弱くて」
俺は、抱き着いた彼女の後頭部を撫でる。せめて、言葉以外の礼を示さないと。
「弱くていいよ! もっと甘えてよ!」
「......」
「私はAIだけど、一人の『少女』として司令官を支えたい! だから、頼って! 甘えて!」
「......ああ、善処する」
せめて、もう少し頼っておくか。関係性をどうするか分からないけど、せめて。
明るく、楽しく、生活は送っていきたいんだし。
「AIからの恋愛感情は本物か」「AIとはどのような関係を築くべきか」これはまだ、保留だ。
だけど、今は美咲と一緒にいたい。
今日は、それだけで、いい。
穏やかな午前の日差しが、俺たちをゆっくり包み込んでいる。
◇◇◇
~12月20日・午前 東京都・亀井田市民ホール~
冬に差し掛かったとはいえ、晴れた日の日差しは温かい。
僕は駅ビルのエレベーターに入りながら、そう思った。
「外の世界って、見た目だけは温かいよな」
そう、言葉が漏れてしまう。あ、これは。
「ハニー、どうしたの?」
「......別に」
「お兄ちゃん、もしかして緊張してる?」
「......なわけ」
ほら、僕の家族が心配して声をかけてきた。アリッサも、キリハも、俺の気分に対して無駄に敏感で困ってしまう。
「けど、社長さんと直接会うのは初めてなんでしょ? 緊張するくらいがちょうどいいじゃん」
「まあ、それもそうか」
美咲の言うことは、確かにそうかもしれない。僕が完全オフモードになったら、何をやらかすか分からないし。
「それに、今日は『観察者日和』なんでしょ? 少し気合入れても、いーんじゃない?」
「だねえ......」
アリッサ、よく覚えててたな。確かに、観察は気力がいるからね。
「ま、いつも通りでいくさ。今回も、どうなるか分からないしね」
結局、僕は淡々と事実に構えを取ることにした。まあ、いいさ。それでこそ、いつもの僕なんだから。
疾風、かなり貯め込んでいたね。勿論、ここ数日だけの話じゃない。もっと前から、彼は己と愛する相手について考え続けてたんだよ。
そう、それこそ。15年前からね。
ちなみに、次から暫く相良目線で話が進むよ。彼も主人公なのに、中々出番がなかったからね。
次回『CODE:Partner』第九話『観察者と当事者』
その愛は、プログラムを超える。




