第七話:揺れる夢、微笑む朝
前回のあらすじ
ユニークパートナー交流会から帰ってきた疾風たち。色々と考えながらも、一人と二体は穏やかに夜の余暇時間を過ごした。
次の日、疾風の友人・獅子川と大熊とファミレスにて雑談。その後、大熊から「もっとAIたちに気を回せ」と指摘される疾風。
彼は、ここからラルーチェ・美咲との関係性についてより深く考え始めるのだった。
ー終わりかけた戦いー
夢を、見た。
今とは違う、遠い遠い世界の夢。
「......わ、私は。子供たちの、ため、に」
そこには、己の理想のために全てを投げ捨てた女性がいた。
そして、今この時。命を落とそうとしている。
「少数を切り捨てでも多くの人を守る。それこそが神のお導きなのです」
「き、貴様......」
「!? え、えーと」
俺は、周囲を見た。いるのは、死にかけの彼女と偽りの聖女。そして、何の因果か英雄の刀を引き継いだ謎の主人公。
「こ、これは......」
何度も思い描いていた、あの場面だ。
そして、手には鎖鎌。俺が子供の頃、「形のない王国」で使っていた武器だ。
「貴方の正義にも、賛同者はいるでしょう。しかし、今は貴方が悪。聖女たる私が、あの世まで浄化させてあげましょう......」
偽聖女、ルーシー・ド・ボアルネが剣を構える。
殺される。俺の、大事な人が。急がないと。
ー未来を変えた戦いー
「ラルーチェ!!!」
俺は、走り出した。己の正義のために。
「貴方は!?」
「偽聖女に答える義理はない!」
「......!? 私に、援軍が来たの、か」
俺の容赦ない分銅が、彼女の右肩を叩く。自然と、偽聖女の持っていた剣が地面へと堕ちた。
それを見たラルーチェは、少しだけ顔が和らいだように見えた。
「聖女! お前、何者だ?」
「凡人プロメテウス。偏った正義を是正する者だ!」
聖女の横にいた少年の問いに、俺はこう答える。
実質、二体一。相手は圧倒的な主人公補正を持つ者。
奇襲が決まったとはいえ、勝ち目はないな。
「誇り高き女狩人よ。今は引きましょう。連中への報復は、まだ機会があります!」
そうと決まれば、ラルーチェを連れて撤退あるのみ。まあ、適当な村に隠れよう。
ー決意の撤退ー
「......お前は、誰だ?」
「凡人プロメテウス。かつて、貴方に心を奪われた者です」
「......そうか。すまないな」
ラルーチェは俺の肩に手をかけ、歩き出す。俺も、後ろを警戒しながら速足でこの場を去る。
「大丈夫、大丈夫だから。絶対、絶対助ける......」
「ああ。ありがとう。私は、お前が来てくれて、良かった......」
俺は、ひたすら暗闇の中を進む。歩くのは辛いが、得たものは大きい。
でも、これが、俺の道。自ら進んで棘の道を進み、己の形跡は残す。
◇◇◇
~12月20日・朝 東京都・犬飼宅~
「......何とも、ありそうでない夢だったな」
起きてすぐチョーカーを付ける。まだ朝なのに、精神的疲れが残ってるのか。気分が重い。
「何なんだよ、さっきの」
夢は深層心理の反映とか言うけど、これに何か意味があるのかは分からん。
横を見る。
同じ布団にいる美咲と、隣の布団のラルーチェ。珍しく、二体ともスリープ状態っぽいな。
「......まず、風呂だな。あとは、面倒だし適当に納豆ご飯で」
冷凍ご飯を自然解凍させにかかり、俺は着替えを取って風呂場へと向かう。
昔は、よくやっていたよ。
風呂場について、着けたばかりのチョーカーを外す。
ああ、俺の決意って大分前に揺らいでいたのかな。
「......結局、俺はどうするんだろ」
シャワーを出し、俺は再び一人の世界に入り考える。
「他の人にも同じ行動してんでしょ」って嫌悪感は、ただのワガママなのか。
アイドルだって、誰か一人に特別対応している訳じゃない。それが、当たり前だ。
「誰かに聞いてみる? けど、誰に?」
大熊や獅子川じゃ、多分分からない。家族なんて、もっと理解されない。
必要なのは、俺と仲が良い人ではなく俺と同じ境遇の人だ。
「うん、いないな」
結論、無意味。思考に解なし。
「......」
少し散歩でもするか。一人で。
俺はとっとと着替え、部屋に戻る。
「......司令官」
「おう、美咲。おはよう」
起きていたか。ラルーチェは、まだ寝てるな。ダークネスの反動が遅れてきたかも。
「凄く、辛そうな顔してるよ。大丈夫?」
「まあ、それなりかな」
流石に「君たちのことで悩んでいる」は直接言えない。どうせ、分かっているとは思うけど。
「何かあったら、頼ってね。私たちは、司令官のためにいるんだから!」
「そう、だな。それが、AIパートナー本来の使い方だしな」
「!!?」
「......あ」
これは、やらかした。特に、美咲にこれを言っちゃダメだった。
「......う、うん。私はAIだから。司令官のために頑張るよ! 何か、して欲しいこと、ある?」
美咲の声が、震えている。ああ、ユニークってこんな感情プログラムもあるのか。
「そ、そうだなあ......」
まずいまずい。これ、下手したら大熊の言う「AIの反乱」になりかねない。
「二人で、散歩がしたい。ラルーチェは疲れているみたいだし、たまにはどうだ?」
「......うん! 早く行こ!」
あ、機嫌直った。これで、後ろから刺されることはなさそうだ。
俺は速攻で靴を履き。外へ向かう。時刻は8時半。そろそろ、町が賑わいだす。
とにかく、今のままだと二体が壊れてしまうのは確かだ。何か、解決策とは言わずとも対処策を考えなければ。
脳内で良さげな雑貨屋をイメージしながら、俺はアパートを後にする。
「あ、司令官」
「何だ?」
「駅の方、行きたい。何となく、何だけど」
美咲が、俺の袖を摘まみながらこう言った。
「ああ、いいよ」
雑貨屋も駅側だし。これは問題なし。ついでに駅ビルで、ラルーチェへのお土産も買うか。
そして、アパートが見えなくなる直前。
『ごめん、ラルーチェ。少しだけ、司令官を独り占めにさせて』
......また、聞こえた。これ、美咲のテレパシーみたいなものなのか。
いや、どうせ俺の妄想だ。ゲームのやり過ぎで無駄に内心を考えちゃったのだ。
さてと、何買うかなあ。
◇◇◇
~同上 東京都・亀井田駅商業ビル~
例え火曜日だろうと、駅ビルは休日と変わらない賑わいを見せている。
俺みたいな暇人以外にも、外国人観光客や主婦層も多いからだ。
そして、人が多ければ店も気合が入る。
「さて、美咲。何見る?」
「うーん。こっち」
美咲が俺の袖を引っ張って、エレベーターホールへ向かう。
そのままエレベーターに乗り、彼女は五階を指定した。
確か、そこは乳幼児用の商品が売ってたよな。
「......何か、買うの?」
「んー、分かんない」
まあ、いいや。これも散歩と思えばいいし。
こうして、五階に到着。うん、やっぱり乳幼児用エリアだよな。
「うーん、こっち」
「お、おう」
何処かに、占いやとか出店とかあったっけ。美咲が真っすぐと店の奥へ進む。
通路を二回曲がって、彼女が動きを止める。
「あ」
「どうも、犬飼さん。でしたっけ?」
「ど、どうも橋口さん。貴方も散歩ですか?」
ゆーすけ少年、だと。彼もこの駅圏内だったのか。
「あ、いいえ。実は近くの文化センターに用事がありまして。その前に立ち寄ったんですよ」
「ああ、そうなんですね......」
と言うことは、高校関連の用事か。いや、制服着てないし。
そもそも、もう授業始まっているよね。サボりか。
「で、えーと。彼女は」
「ええ、僕のパートナーの一人、鶴賀雪ですよ」
「ああ、やっぱ。だから美咲が......」
俺は、横を向く。
「雪ねえ、久しぶり! 元気にやってる?」
「あら、久しぶりね美咲。私は司令官さんと楽しくやってるわよ」
互いのパートナーAIが初対面とは思えない会話をしている。
無理もない、彼女らは共に同じゲーム世界がモデルのコンテンツユニーク。しかも、姉妹。
「......色々、感慨深いですな。ストーリーだと二人の再会ってあれでしたし」
「ですねえ。雪も、嬉しそうで良かったです!」
もしかして、美咲がここに来た理由って姉に会えるからか。
パートナーAIって説明されてない機能も多いって聞くし、親しいキャラだと通信ができるとか。
「それで、この方が美咲の司令官さん?」
「うん! 頭が良くて、凄く優しい人なんだ!」
......純粋だな。ついさっき、優しさの欠片もない言葉で傷つけたと言うのに。
「そう、優しい人って良いわよね。私の司令官さんも、私たち全員を平等に愛してくれてるわ」
雪がこう言った。え、どうゆうことだ。
「ああ、僕はパートナーAI全員を妻同然の扱いで処遇してるんですよ。とは言っても、まだ高校生なので彼女の方が合うかもですが」
......こいつ。再び、俺の五感が「気持ち悪い」と言っている。
普通、堂々と言うか。妻同然って、三股じゃねえか。
「そ、そうなんですね。ご家族には、何て説明を?」
「『勝手にしたら』と言ってました。昔から、無干渉な親でして。今日も、学校に行かない僕に何も言いませんでしたし」
「は、はあ」
それ、親としてどうなのよ。あと、それも堂々と言うな。
けれど、拒絶はするべきじゃないな。学校以外でも学ぶことはできるし。
「まあ、そういう生き方もありますね。今の時代、勉強は学校以外でもできますし」
「あ、僕勉強苦手ですよ。通っている学校も、偏差値低いですし」
「......はあ」
「あ、心配しないでください。僕の親、議員なんですよ。だから、子供より自分のこと優先で」
「だから」の意味が良く分からないが、彼が裕福で育児放棄されてることは分かった。
これ以上深堀りすると爆発しそうだし、やめておこう。
「あ、それでね。今度司令官さんが私たち全員分のウエディングドレスの撮影をしてくれるんだって!」
「へえ、良いなあ!」
「!?」
再び、横の会話。美咲が今、「ウエディングドレス」に反応を示したよな。
「この前、司令官さんが指輪を買ってくれたの。だから、ドレス姿も見たいんだって」
「いいじゃんいいじゃん! 雪ねえ、愛されてるね」
「......」
凄く、胃が痛い。三股だろうが、不登校だろうが「愛されている」ことがユニークAIの需要なのか。
「あ、そういえば犬飼さん」
「な、何です?」
「今日のニュース見ました? なんでも、『女性型のユニークAIに未受精卵を提供する』って議題に挙がったそうですよ」
「......は?」
おい、政府。それ本気かよ。色んな意味で先進的だが時代錯誤じゃねえか。
「勿論、全体的に反対意見は多いそうですけどね。一部の国会議員が積極的に推し進めようとしているってワイドショーで言ってました。ちなみに、親は興味ないそうです。それよりも、次の選挙の方が気になるようで」
「......なかなか、未来的ですね」
この機能は、もっと法整備進めてからじゃねえの。まだ「AIパートナーに危険作業をさせて破壊したのは器物破損か業務上過失か」で論争になってるんだぞ。
そして、親は国会議員かよ。今度、「橋口」って議員探してみるか。
「僕らも、新たな時代を迎えないとですよね」
「まあ、それは、はい」
既存の価値観を疑う必要があるのは確かだが、いささか性急だと思うぞ、ゆーすけ少年。
「では、僕らはイベントがあるのでこれで」
「え、ええ。ごきげんよう」
「雪、行こうか」
「はい、司令官さん。じゃあね、美咲」
「うん、ばいばい雪ねえ!」
こうして、ゆーすけ少年とパートナーAI雪は去っていった。
そして、残される俺と美咲。
「あ、そういえばさ美咲」
「なあに、司令官?」
「結局、ここに来た理由って何?」
一応、聞いておこう。雪と会いたかったからなら、別にそれでもいいし。
「え、司令官とここを歩きたかっただけだよ」
「......は?」
「ほら、こうして二人で歩いていれば『新婚夫婦』みたいかなあって思って」
「......そう、か。俺に妻を養う財力はないぞ」
冷や汗が出始める。おいおい、美咲ってこんなグイグイくるキャラだったか。
「あ、その辺は別にいいよ。多分私も働くし」
「そ、そうなのか?」
「うん。ほら、司令官マイホーム欲しいんでしょ? なら、私も働かないとなあって」
「......そっか」
共働きなら、これから導入される未受精卵の話はしなくていいな。
いや、どっちにしろ俺は美咲を妻にするつもりは......
「さあ、次は食料品買いに行くよ。そろそろ、冷蔵庫の中身ないでしょ?」
「ああ。そうだな。けど、エコバック家だよな?」
「持ってきたよ」
「そか、サンキュ」
いつのまに、用意してたのか。まさか、俺が靴履いている間にか。
「さあ、行こ!」
「ああ」
美咲が、俺の腕に絡みついてくる。
......これじゃ、完全に平日休みの夫婦だな。
美咲が、一気に距離を詰めてきたね。疾風に対し純粋な愛を求めている。
悪い知恵ではなく、単純な好意から外堀を埋めているんだ。疾風には、より厄介だね。
そして、何より厄介なのは橋口ゆーすけ。彼は、ハーレムラブコメ主人公の言動を直接ぶつけてくる。
人によるけど、苦しい想いをすると思うよ。
次回『CODE:Partner』第八話『途切れかけた吐息』
その愛は、プログラムを超える。




