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八識の蛇  作者: 緋那真意
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蛇神様

 結弐ゆには川沿いの林に住む白蛇である。いくつもの昼と夜を過ごしてきた。久しぶりに餌を食べようと巣穴から這い出すと人間の子供が見える。面倒にならないうちに巣穴に戻ろうとしたが、子供は震えもせずこちらを見つめているのに気がつく。

 子供が口を開いた。


「これが蛇神へびがみ様なの……?」


 吐息交じりの感嘆が漏れる。興味が湧いた結弐は目の前の少女に人の言葉で問いかけた。


「誰だ? この結弐の前に姿を現すのは」

「あ……! 蛇神様、ご無礼をお許しください!」

わしは蛇神様などではない! 結弐と呼べ」

「ひっ……!」


 少し怒気を含む声を出すと少女は身をすくませるが逃げ出そうとはしない。一体何をしに来たというのか。


「そう怯えるな娘よ。我が名を聞いたのだからそなたも名乗れ」

「は、はい……しきと申します、あの……結弐様」


 識と名乗る少女は姿勢を正して結弐と向かい合い、結弐も姿勢を楽にする。子供のように見えるが体つきは大人のそれに近い。


「識とやら、なぜここを訪れた?」

「はい、結弐様の下に嫁ぎに参りました」


 結弐はその言葉に目をむき出し、一拍置いて大きく笑いだした。


「はっはっはっ、儂に嫁ぐとな!」

「な、何がおかしいのですか」

「いや、人の身であるそなたが蛇である儂に嫁ぐとは」

「私とて本意ではございませぬが、結弐様にならばこの身を捧げる気持ちで……」


 識が顔を赤くしながら主張するのを、結弐は余計におかしそうに笑う。


「そ、そんなに笑わないでいただけますか!」

「すまぬな。そなたを笑い者にしたいのではない」


 結弐は笑いを収めるとすっと目を細める。識はその視線を受けてびくっと体を震わせた。それは一瞬のことで、結弐はすぐに目を元に戻し識も何事もないかのようにその場に佇む。


「なるほど」

「何がございましたか?」


 後で話そう、と結弐はそこでは語らず先に識の意思を確かめる。


「……そなたは儂に嫁ぐと言ったな」

「はい、申しました」

「そなたは儂のことをよく知るまい」


 いえ、村の長老さまや大人たちからお話はたくさん伺っています、という少女の言葉に白蛇は頭を振ってみせる。


「それが儂の全てと思ったか?」

「え?」

「人の身が儂を語ったところで、それは人からの視点に過ぎぬということだ」


 そう言うと結弐は巻いていた体をほどき、くねらせ始めた。やがてその動きは大きくそして激しくなっていき、体が割れ裂けていく。


「く、あああ……!」

「ゆ、結弐様……!」


 白蛇の体が別の存在へと大きく変わりゆく様を識は声も出せずに見守るしかない。変身が終わったとき、そこにいたのは白い肌に銀色の髪を備えた妖艶な女性だった。


「む……久方ぶりの変化へんげゆえ、少々見苦しい声を出してしまったな」

「結弐様が、人に……しかも女性だったなんて……」


 識は呆然と目の前に現れた女を見つめている。


「だから言っただろう? そなたは儂のことを何も知らぬ、と」


 結弐はゆっくりと立ち尽くしている少女に近寄り、その長く伸ばした髪を指でく。


「私は、どうすれば……」

「嫁ぎに来たのであろう? 儂とここで暮らすつもりではなかったのか? それとも冥府へ旅立つことを望むのかな?」

「えっ……それは……」


 識はどう返事をしたら良いのかわからず肩から腰までを落とし、膝を折って座り込んでしまった。結弐も後を追うようにしゃがみ込む。


「よく知らぬ相手に嫁がせるとはとんだ薄情者の集まりじゃな。これだから人などと関わり合いたくないのだが」

「……違います」

「ほう?」


 少女は悲しみに塗り潰された表情ながらそれを否定し、それに驚いた蛇の化身は意表を突かれたように次の言葉を待った。


「結弐様だって長老や村の人々を知らぬではございませんか。私から聞いた話で全てを決められぬはずでございます!」

「なるほど道理だ。しかし、それならそなたはどうする? 儂のことを村の者共に伝える気か?」

「そうしなければ村の者も結弐様を理解できますまい」

「儂は別に奴らに理解されようとは思わんな」


 その言葉に識は怪訝な顔をする。彼女には神様と崇められる存在が人を避けるなどとは考えられない。

 結弐はため息をついて苦笑する。


「儂が認めた人間は一人しかおらぬ。その一人が去った今、殊更に人と交わるなど面倒でな」

「一人……ですか? それは一体……」

「風変わりな奴だったよ。気持ちの良いくらいにな……」


 結弐はそう言い、昔話を識に聞かせ始めた。




 はるか昔、この地に野平のへいと呼ばれる大蛇が住んでいた。その巨大な体でこの地を興し、生き物たちを支えていた。

 しかし、体に生きるものたちは段々とそれを恐れるようになり、やがて野平の隙をついてその体を割り開いて肉を地とし、血の流れを川となして暮らすようになる。



「その話は聞き及んでいます。野平という大蛇が全ての始まりであった、と」

「ふむ、中々殊勝な心掛けよ」


 結弐は傍らにいる識の頭を撫でると話を続けた。



 野平の体は新たな大地や河川となったが、身にまとう皮は八つ裂きにされて打ち捨てられる。しかし、野平の恨みが込められた皮はやがて意思を持ち、それぞれが零家れいけ壱岐いき、結弐、参華さんか四路しろ伍湖ごこ六樹りくじゅ七草ななくさと名乗り、野平の恨みを晴らそうと各地で暴れまわるようになった。



「結弐様だけ名の付け方が違うのですね」

「兄弟達の中で儂だけ女子おなごだったからな。まあ大した問題でもあるまい」


 興味の無さそうな声で言うと、野平の形見たる子の一柱は再び語り始める。



 皮から生まれた子供たちはそれぞれ川辺に棲家を築き、野平の血が流れる川を自在に操ることで地を荒らし災いをもたらすようになる。そこに住むものたちが困り果てていた頃、一人の若者がとある村の使者として結弐の下を訪れた。



「結弐様が認めた人間というのは、もしや?」

「まあ、な」


 白髪の女は深く語らず話を進める。その態度に微かな照れを感じた少女は小さく微笑みを浮かべた。



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