【短編版】悪役令嬢なので可憐に退場しますが、モフモフ辺境伯だけはおゆずりいたしませんわ。
悪役令嬢×モフモフ辺境伯です。
ゆるく楽しんでいただけるとうれしいです。
連載開始しました。
こちらも、よろしくお願いします(*´ω`*)
https://ncode.syosetu.com/n2387hv/
(あれ? 私の髪の毛ってこんな色だったかしら?)
はじめは小さな違和感だった。
それが、ものすごい早さで、鏡の前に座っている私の中でかみ合っていく。
そう、私の髪の毛は黒くて、瞳も黒に近い茶色だったはず。
けれど、鏡に映っているのは、見たこともないほど鮮やかな紫の髪、そして猫のようにつり上がった気の強そうな金色の瞳をした美少女だ。
「――――悪役令嬢ルティーナ・ウィリアス」
そう、目の前にいるのは、乙女ゲームの悪役令嬢、ルティーナ・ウィリアスだ。
「来週が、断罪される予定の卒業式よね?」
あまりに残された日が少ないことに戦慄しつつ、私は椅子から立ち上がった。
こうしてはいられない。
王太子殿下の婚約者である私は、ヒロインである聖女に嫌がらせをしたとして、一週間後に婚約破棄、そして修道院へ向かうことになるのだ。
「お父様!!」
私は、執務室へと飛び込んだ。
幸い、領地ではなく、王都にいらしているお父様。
明日お帰りになる予定だったけれど、ギリギリ間に合ってよかった。
「どうした。ルティーナがそんなに急いで飛び込んでくるなんて珍しいな?」
白髪が交じった髪は、淡い紫色をしている。
たしかに私たちが親子であることを証明するように、私とお父様の色合いはお揃いだ。
「実は……」
私は、お父様に、王太子殿下が私を陥れようと偽の証拠を集めていることを説明した。
もちろん、ゲームの中ではそんなことに気がつくこともなく傲慢なルティーナは断罪されてしまう。
「それは……。王太子殿下と婚約破棄となれば、ルティーナにこれから先まともな嫁ぎ先など……」
「大丈夫です!! 私、サーシェス辺境伯様に嫁ぎますわ!!」
室内を沈黙が支配する。
「おい、サーシェス辺境伯といえば、野獣という噂の……。その姿は毛で覆われ、口の中はとがった牙、人とは思えない恐ろしい獣の顔をしているという……」
「そうです。国防の要であるサーシェス辺境伯家のランベルト様! そのお姿のせいで、婚約者は決まっておられないですわよね!?」
ずいっと執務室の机に上半身を乗り出した私。
この乙女ゲームは、聖女認定された庶民の女の子が、王国の美男子たちと恋を楽しむ物語なのだ。
ごく普通の会社員だった私は、すべてのキャラクターを攻略するとヒーローとして追加されるモフモフ辺境伯ランベルト様を攻略したいが為に、全ルートを攻略した。そして、ようやくエンディングが見れるというその日に、会社の帰り道、事故に遭ってしまったのだ。
一部の熱狂的なファンを持つ、私の推し。
モフモフ辺境伯、ランベルト・サーシェス様!!
エンディングのスチルを手に入れることができなかったことだけが、心残りだけれど、本物を見ることができるなら、思い残すことなんてもうない。
***
それから一週間。今日は、とうとう断罪イベントのある卒業式だ。
お父様は、公爵家のすべての情報網を駆使して、王太子殿下が婚約破棄のため、嘘の証言を集めていたという事実を暴き出した。
王立学園の卒業式で行われた断罪は、実際は我が家とライバルの家であるバートン侯爵家出身の王妃と神殿が手を組み、最近王国での勢力を拡大し続けている我がウィリアス公爵家を陥れるために計画されたものだった。
王太子殿下は、王妃教育を完璧にこなした私が支えなければならない少し残念なお方なので、こんな用意周到な計画ができるはずがない。
結局の所、権力争いに学生たちは巻き込まれたというわけだ……。
「それで……、本気なのか?」
「ええ。断罪返しをした後、私はモフ……ではなくランベルト・サーシェス様に嫁ぎますわ!」
明らかに、この世界はヒロインがメインヒーローである王太子殿下を攻略するメインシナリオ。
そうであれば、野獣辺境伯様は、今も野獣のまま。モフモフな上に、相手もいないフリーの状態。
サーシェス辺境伯家は、国防の要。
そして我がウィリアス公爵家は、領地に豊富な鉱脈を持つ王国一の富豪であり王族の血を引く王家のスペア。
「……あ、もしもランベルト様に断られてしまったなら、私は修道院に参ります。ご心配なく」
「な、なに!?」
お父様の瞳が、メラメラと燃えた。
「そうだな。馬鹿にされたままなど許されるはずもない。サーシェス辺境伯家と我が家が組んだなら、王家も口出しすることはできまい。……ふふふ」
難しいことは、お父様に任せるとして、私は推しと一緒に幸せに暮らします。
そう、モフモフ辺境伯、ランベルト様だけは、おゆずりいたしませんわ。
ただ一つ、本当にランベルト様に申し訳ないことがある。
それだけは、一生を掛けて償っていく覚悟だ。
(ヒロインと結ばれれば、聖女と愛の力で、人間に戻ることができるのよねぇ……)
まあ、モフモフのままだとしても、公爵家の力を使えば、絶対に周囲に何かを言わせたりしない。
それに、辺境伯ルートは完璧に頭の中に入っている。
聖女を愛する予定のランベルト様が私のことを愛してくれるかどうかは未知数だけれど、私は絶対に愛する自信があるし、モフモフのそばにいられるだけで幸せだ。
必ず幸せにして見せますので、どうかお許しください。
「お父様? 準備はよろしくて?」
表向きにはお父様は、領地に帰ったという情報を流しつつ、王都に残っている。
ランベルト様への婚約打診には、好条件を盛りだくさんにつけておいて、ほんの少しだけ脅しも入っている。断られることはないだろう……たぶん。
「ああ、今日も美しいな。ルティーナ」
「ありがとうございます。お父様」
紫の髪は高く結い上げた。
卒業式、乙女ゲームの中のルティーナは、王太子殿下の瞳の色、青いドレスを身につけていたけれど、今日の私のドレスは、ランベルト様の毛並みをイメージした白銀のドレス。
濃い紫の髪と青いドレスは、どこか毒々しかったけれど、白銀のドレスを身にまとえば、まるで悪役令嬢としてのプロポーションを存分に生かした夜の妖精のように可憐な美女の完成だ。
「では、お父様は頃合いを見て現れてくださいね?」
「ああ、任せておけ」
私たちはうなずき合った。
そして、私は公爵家のきらびやかな馬車に乗り、戦いの舞台へと向かったのだった。
***
私が会場に入った瞬間、周囲は静まりかえった。
婚約者であるはずの王太子殿下のエスコートも受けずに会場入りしたその意味。
それは、王族と公爵家の約束が守られなかったことを意味している。
「――――まあ、困るのは私ではないわ」
めくるめく、モフモフライフに夢いっぱいの私にとって、これから起こることは幸せな生活の序章でしかない。
その時、私から少し遅れて王太子殿下とエスコートを受ける聖女が会場に入ってくる。
……いよいよね。一秒でも早く、あのセリフが聞きたいわ!!
こんなに断罪されることを心待ちにするなんてあるかしら?
高鳴る心臓を落ち着かせようと、私は凜と背筋を伸ばした。
……いよいよね。背中に隠れたヒロインは、本当にかわいいけれど、こうして見るとあざといわね。
「ウィリアス公爵家令嬢ルティーナ! 貴様との婚約は今日をもって破棄する!」
「はい! 喜んで!」
「…………は?」
ぽかんとした顔の王太子殿下と、自慢げな表情に理解が追いつかないとでもいうように困惑を浮かべた聖女。
これから私は、モフモフ辺境伯様と幸せになる予定ですので!!
「……でも、その前にプレゼントですわ?」
ドレスの裾を恭しくもって、王太子殿下に向けて最後の礼を尽くす。
そう、これが最後なの。
「私とウィリアス公爵家を陥れようとした陰謀の証拠は、すでにそろっております」
タイミングよく現れたお父様に頷いて、私は会場を後にしようとした。
この後は、すべてお父様がいい感じに解決してくださるだろう。
……ランベルト様から、婚約承諾の返事がないのが気がかりなのですが。
ダメなら、攻略知識を生かして、修道院スローライフでも仕方がないわ。
それはそれで楽しそう。犬をたくさん飼って、モフモフ幸せに暮らすの。
「これは、いったい……?」
その時、私の背中から、低くて甘い声がした。
振り返ると、そこにいたのは大きな背丈にがっしりとした肩幅、白銀の毛に覆われた狼のような顔をした、憧れのランベルト・サーシェス辺境伯様だった。
「さ、サーシェス辺境伯様!!」
「……俺がわかるのか。まあ、有名だからなこの姿は」
「お、お会いしたかったです!!」
「……ああ、たとえ本音ではなくても、恐れることなくそんなことを言ってくれる人は貴重だ。うれしいよ」
本物のランベルト様が目の前にいることに、鼻血が出そうなほどクラクラしながら、そのお姿を見上げる。思った通り、月が輝くような白銀の毛並みが美しい。
「――――さて、俺のような野獣と言われている人間と婚約なんて不本意だろう? ルティーナ嬢の父上から命令されたのか?」
「え……?」
「申し訳ないが、この姿を見ればさすがに公爵も考え直してくれるのではないか」
「ま、まさか……。そのためにわざわざ来てくださったのですか?」
「ああ、申し訳ないな。君のような美しい女性なら、いくらでも相手はいるだろうに」
……そうだった。ランベルト様は、ものすごく自信がなくて、お優しいのだ。
はじめは、モフモフだけが目的だったけれど、私はその優しさも、守ってあげたくなるような少し頼りないところも全部。
「――――好きです。モフモフ」
「…………は?」
「あの……。逆に、ランベルト様は私のような女が婚約者になるのはお嫌ですか?」
「……え? 俺は、選べる立場では……」
「お嫌ではないのですね? では、婚約を受け入れていただけるのでしょうか?」
キョトンと大きく開いた瞳。
その色は、あまりにも美しい空色をしている。
聖女と一緒に愛を育めば、その姿は美しい人の姿になるという。
でも、その姿が披露されるエンディングを見ることは、結局できなかった。
だから、私が知っているランベルト様は、モフモフで自信がなくて、でも才能があって、優しい、この姿だけだ。
「好きです……。そのお姿」
「え、ええっ!?」
「どうか私と、婚約していただけませんか? 絶対に幸せにしてみせます」
「それは、俺のセリフなのでは……。いや、どうして」
「答えは、できれば、イエスでお願いしたいのですが……。ダメですか?」
全力の悪役令嬢の魅力。
ルティーナはかわいらしい。ただ、いつも次期王妃として高潔であろうとしていたせいで、冷たく見えてしまうだけで。
「あ、俺は……。ルティーナ嬢が嫌でないのなら」
「ふふふ!!」
私は、かわいらしい、モフモフ婚約者の手を引いて、断罪返し真っ最中の会場に乗り込んで、声高々と婚約を宣言した。
***
「愛しているよ、俺のルティ。もっとそばにいて?」
「えっ、あの……!?」
この後、予想外に執着が強いランベルト様にヤンデレ気味に溺愛されてしまうことも、真実の愛を育んだ結果、そのお姿が人間に戻ることも、今の幸せいっぱいの私は、もちろん知るよしもない。
最後までご覧いただきありがとうございます。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。
溺愛の続き、連載版(https://ncode.syosetu.com/n2387hv/)をはじめました。
下にリンクもあります。
ぜひご覧ください(*´ω`*)