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春と桜のその前に、冬のうた

作者: アトリエユッコ

微妙だったら、ごめんなさい。

 わたしが新しい学校に転校したのは一月だったの。


 いわゆる、家庭の事情というやつで、お父さんの転勤でわたしの学校も変わることになった。前の小学校を三月までいようか、という話もあったのだけれど、お母さんはどうせ変わるのならば早い方がいいかもしれないと言うので年明けに転校することになった。……わたしは転校がよく多かったけれど、前の学校は気の合うお友達もいたから、少し悲しかった。でも、小学校三年生にもなって、お父さんとお母さんを困らせるのもなぁって思って何も言えなかった。


 寒い日はまだ続いていて、お母さんはパートのお仕事に行く前にわたしのランドセルを軽くポン! と押す。


「気をつけてね、行ってらっしゃい」

「……はぁい」

 お母さんは明るく送り出してくれたけれど、わたしの足取りは重かった。一月ももう終わるのに、わたしはまだ新しい学校と新しいクラスに馴染めていなかったから。


 新しい学校は田舎の小学校で、登校時間は三十分くらい。学校の近くには神社とか電気屋さんとか病院とか、駄菓子屋さんがある。都会で暮らすのが多かったわたしにはとても不思議に思える三十分だった。


「おはよう、大西さん」


 下駄箱でクラスの子に声をかけられた。……えっと、同じクラスの白石歩美さんだ。お母さんが美容師さんで、いつもかわいい編み込みをしていて、色が白い子。明るくてわたしにいつも話しかけてくれる……。わたしは緊張して、ぺこりと頭を下げる。


「…………お……」


 話しかけようと、一生懸命声を出そうとしたのだけれど緊張して喉が苦しくなる。白石さんはわたしの前をゆっくりと歩いて、他のお友達に話しかけられて行ってしまった。

 いつもこうなんだ。声を出そうとすると、言葉をうまく話せない。喉のあたりがきゅーっと苦しくなって、胸もどきどきして、そうこうしているうちに皆どこかに行ってしまう。前の小学校だって、ようやくわたしは慣れてきたのにどうして転校なんかしなくちゃいけないのかなあ。

 今日一日もまたクラスの子に話しかけることができなくて、わたしは帰り道をひとりでとぼとぼと歩いていた。



 このまま、だぁれもお友達になれなかったらどうしよう。でも、もしかしたらまた違う学校に転校するかもしれない。だったら早く転校したいな。……でも、そおしたら、またお友達を最初から作らないといけないのかあ。ふうーっと息を吐くと、そこだけ暖かい空気になった。


 すぐに家に帰るのも、何だか寂しいなぁ。わたしはぼけーっと歩いていると、歩いて二十分の距離にある駄菓子屋さんを見つける。そこは学校の皆には『森山』と呼ばれていた。わたしはつい最近知ったのだけれど、駄菓子屋さんのお爺さんが森山さんと言うらしい。教室で男子が言っているのをコッソリ聞いて知ったんだよね。


 寄り道はいけない。買い食いも本当は禁止されている。でも学校の子はたまに規則を破って、森山に来ている人もいた。わたしは吸い寄せられそうになる………………でも、いややめておこうと首を振った。



「……入らないの?」


 びっくりした。わたしの少し後ろから声がしたのだ。おとこのこの声。恐る恐る振り向くと、白い薄いニットにジーパン姿のおとこのこが立っている。……同じ小学校の子?

 わたしがはてなを頭の上に浮かべていると、おとこのこは笑った。


「駄菓子屋さん、行かないの?」


 わたしは緊張して、喉のあたりにに力が入る。おとこのこは、ん? と柔らかい笑顔のまま、わたしの言葉を待っていた。わたしはゆっくりとお返事する。


「…………怒られ……ちゃう……せんせいに…………」


 やっとの思いで話すと、おとこのこはまた笑う。



「僕の家に遊びに来たって言えば大丈夫だよ、よかったら、どう?」

「………………え、おうち……森山さん?」


 さっきよりは早く言葉を返せた。おとこのこはにこりと微笑んで、言った。

「…………行こう?」


「あっ……うん」



 わたしは驚いたけれど、そのまま駄菓子屋さんの森山に入って行った。わたしが扉を開けると、おとこのこは嬉しそうにお店の中をまわる。


冬花(ゆか)はどのお菓子が好きなの?」


「……な……なんで、なまえ……知ってるの?」


「名札、付いてるし」

 わたしは胸の名札に手を当てる。おとこのこは得意げに笑う。わたしは息を大きく吸った。



「そっちは、なまえ」


「遥」


「はるか、くん」


 遥くんはブイサインをして、わたしに言った。

「よろしくね」

 わたしもぺこりとお辞儀をする。


「で? 冬花はどのお菓子が好き?」

「……どの……うーん…………」


 わたしは開けるとさくらんぼ味の、柔らかいグミみたいな楊枝で食べるお菓子を指差した。遥くんははしゃいで話してくれる。

「これ美味しいよね! 僕も好き、これも良くない? たい焼きのチョコ!」

「食べたことない」

「ほんと? 家族に買って来てもらったことあるけど、僕は好きだよ。あ、これもいいよねー」



 遥くんはすらすらとわたしが話す前に自分の好きなお菓子について話し始める。


「あっあの、あのあのさっ……!」


「このこんにゃくゼリーも美味しいよね。凍らせたら、どんな感じなのかなぁー」

「……は……遥くんっ!!」


「ん?」


 わたしが思い切って遥くんに大きな声で言うと、遥くんはのんきな声で聞き返した。


「…………買い食いはいけないよね?」

「冬花は僕の家に遊びに来たんだよね、別にいいじゃん」

「でも、せんせいにバレたら……」

「大丈夫、バレないよ。お金もそこに置いておいて。きっとおじいちゃんが気づいて金庫に閉まってくれると思うから」



 爽やかで優しそうなのに、結構ごういんな遥くんの勢いにわたしは負けてしまう。まぁ、今日くらいは良いよね、わたしも家にはもう少ししてから帰ろうと思っていたし。とわたしは言い聞かせながら、遥くんと話していた。


「ブタメンも美味しいんだよ」


 わたしが豚のマークの小さなカップラーメンを指すと、遥くんはきらきらして話す。

「これはまだ食べたことなかったんだ」

「そうなんだ、スーパーにも時々売っているんだけど、美味しいよ」

「よーし、食べよー」

 遥くんはポケットからお金を出して、お店の奥にある土間に座った。



「……冬花は、学校に通ってるの?」


 ひと通り遥くんとの駄菓子合戦が終わって、土間に並んで座ると遥くんは聞いて来た。


「うん、転校して来て、一月の冬休み明けから通っているよ」

「そっか。いーな、僕は喘息が酷くて小学校は休んでいるんだよ」


「そうなの? もしかして……同じ小学校だった?」


「……いや、学区の違う小学校に通わされているんだ。でも体が弱くてあんまり行けてないなぁ」


 ブタメンを必死に啜りながら、遥くんは教えてくれた。わたしもこんにゃくゼリーを開けて、口で吸い込む。



「…………いいなぁ、学校に行かなくて済むの。羨ましい」


「なんで? 楽しいじゃん?」


 わたしは吸い込んだこんにゃくゼリーのゴミを右側に置いてから、話す。


「全然だよ。わたし、クラスに馴染めなくてお友だちがまだできないんだもん…………このまま春が来たらって思うと、ますます辛い……」


「ふーん…………引っ込み思案ってヤツなんだね」


「そうなの、この性格のせいでわたしの人生は波瀾万丈だよっ」

「思い込み、激しいね」


 遥くんは、ブタメンを食べ終わった後に、お薬みたいなパッケージに入っているチョコレートを出した。


「うまいっ」

「……聞いてる?」


 わたしは遥くんの顔を覗き込んだ。色が白くて、髪がふわふわで……黒くて髪の毛が多くてふたつ縛りにしているわたしとは大違いだなぁ。


「聞いてるよ。……でも、勇気を持って話しかけていかないとさ、ひとりは寂しいじゃん?」


「…………でも、気をずっと遣うのも疲れるよ」


「まだ小学三年生でしょ、これからじゃん」

「五年生に言われたくない」


「……じゃあ、これ押してみたら?」


 遥くんはお薬みたいなパッケージのチョコレートにある、〝友だち〟というチョコを指差す。わたしに押してみな、ということだ。チョコレートで占いができるのは楽しいけれど、チョコレートの占いなんてしょせん……


 遥くんはわたしの手を取って、チョコレートを薬を出すみたいに出した。チョコはわたしに渡して、遥くんは銀色の裏を見つめる。



「良かったね! ◎だよ!!」


「えっ!」

 わたしは思わず、叫んでしまった。しょせん、占いだけど嬉しいな……わたしは微笑ましく見てくる遥くんを気にしながら、チョコレートを食べた。


「もう少しできっと友達もできるよ!」

「…………でも……目の前にすると、喉がきゅーってなってうまく話せないんだよ」

「今は話せてるじゃん」

「それはっ多分、遥くんがごういんだからだよ」

「僕のせい?」


「……そうだよぉ。全然遥くん、人の話を聞かないんだもん。年上なのに、もう少し落ち着きがあってもいいんじゃないの?」


 わたしはこんにゃくゼリーのゴミを集めて、店の中にある蓋つきゴミ箱に捨てた。遥くんは少し大人しくなってしまう。


「…………ごめん」

「そこまで気にしてはいないよ」

 わたしがまた土間に座ると、遥くんは得意げに微笑む。

「じゃあさ、たまにこのお店に来なよ。僕が冬花の話を聞いてあげる。学校での話でもいいし、全然関係ない話でも。練習になるかもしれないだろ?」


「えぇっ?! でも買い食いは今日だけにしたいよー。たまに同じ小学校の人が、この森山に来ていることもあるし、来にくいよ」


 わたしはランドセルをギュッと握りしめると、遥くんは言った。


「うん、来られる時でいいからさ。たまに来て僕と話せばいいじゃん。きっと大丈夫だから。ね?」


 優しく遥くんが言うので、わたしはこくん。と頷いた。遥くんはまた得意げにグーっと親指を立てる。


「じゃあ、今日はこれでね。そろそろ家に帰るよ」


「おっけーい。気をつけてね」


 はい、と遥くんはわたしにお薬のパッケージをしたチョコレートの残りを渡す。わたしはいいよ、と言おうとしたけれど、何となくもらってきてしまった。



 *


 不思議と……遥くんとは話が合った。遥くんがわたしよりも少し年上で、明るいのもあるかもしれないけど。わたしは遥くんと約束した通り、たまに、ううん、結構話に森山へと行っていた。


「バッハとベートーヴェンって仲が悪いから、肖像画が睨み合っているのって知ってる?」


「女子トイレの三番目には花子さんがいるんだよー」


「教頭先生の頭が薄くってさ、皆こっそり影でバイオリンってあだ名付けてるの」



 遥くんはいつでもケラケラと明るい音をたてて、わたしの話を面白いねと言ってくれた。いつも森山に行くと、彼はわたしを待って話を聞いてくれた。体が弱くて学校を休んでいる遥くんにとっては……わたしと会うことが暇つぶしみたいなものらしい。


「……バッハとベートーヴェンの話は初めて聞いた! だから、音楽室に肖像画が離して貼ってあったのかな?」

「そうだと思う! 隣同士だと睨まれちゃうからね」

「教室の扉を閉めて喧嘩していたら笑える」

「たしかにね!!」


 遥くんは羨ましそうにわたしの話を聞いていた。わたしはふと、疑問が沸いて、遥くんに聞いてみる。


「……遥くんは、まだ学校には行けないの?」



 遥くんは少し黙ってから、答えてくれる。

「行けないなぁーだから、冬花の話を聞くのは楽しいよ」


「……そっか」


 わたしは寂しそうにする遥くんの表情を見逃すことが出来なかった。学校に行きたくないわたしと、学校に行きたい遥くん。わたし達が交換できればいいのになぁ。


「それは違うと思う」


「え?」


 わたしはびっくりして遥くんを見つめると、声に出ていたよと言われた。


「冬花は冬花、僕は僕。交換したって、何も変わらないよ」

「そっかなぁ」

「そうだよ」


 少し、しーんとお店が静まりかえる。少ししてから、遥くんがポケットからお薬みたいなパッケージのチョコレートを出した。


「…………冬花は学校にまだ馴染めない?」


「う、うん。うまく話せないんだ……」

「僕といる時みたいに話せばいけそうだけどね」

「遥くんは大人だから…………」

「そりゃあ少しは年上だけどさぁ、違うよ、そうじゃなくってさぁ」

 遥くんが何か言い出すのを遮るように、わたしは立ち上がる。

「じゃあ! わたし、帰るねっ!!」


「あ! おい、冬花!」

「じゃあねー!! また明日!!」


 強引にお店を出て来てしまった。…………馴染めないのは仕方ない。緊張しちゃうし、気にしちゃう。それについて遥くんにアレコレ言われるのは、わたしとしてはつらかった。



「……また明日……か」


 遥くんは呟いて、チョコレートを見つめていた。



 **


 次の日、学校に行くとクラスの皆の視線が少し気になってしまった。わたしはどうしてだろうと、心がもやもやする。

 そんな中でも白石さんは自然体でわたしに話しかけて来てくれた。

「大西さん」


「しら……白石さん」


 白石さんは、わたしを見て、にっこりと笑う。わたしはよくわからなくて、にっこりと笑った。特には何も言わずに、いつもの可愛い編み込みされた髪型が目立っていた。


「悪いことってさぁ、行けないよね」

 クラスの女の子の一人が少しわざとらしく言う。

「うん。悪いことはしちゃいけないって、お母さんもお父さんも皆言ってるよね」

 何のことなんだろう? わたしは自分の席の近くで聞こえたけれど、気にもとめなかった。白石さんは、わたしに話す。

「大西さんは? どう思う?」


「え……?」


 白石さんはわたしをずっと笑顔のまま、見つめていた。その時の笑顔の意味が、わたしにはわからなかった。暫くしてから、他の子と話し始めてしまう。わたしには意味がわからなかった。でも、放課後に先生に声をかけられて、納得した。


「クラスの子でね、大西さんが森山に一人で入って行くのを見かけたって聞いたのよ」


「…………はぃ」

 たぶん、わたしを見かけたのは白石さんなんだろうなぁってわたしはわかった。今日のアレはさりげなく買い食いしていることを注意したかったのかもしれない。……参ったよね。白石さんに見られたのかぁ。正義感、強そうだもんね。先生は、わたしの席の前に座って、優しく微笑む。


 先生は怒らないけれど、本当のことを教えて? という雰囲気で、まるでわたしが何かを隠しているんだろうというような見方だった。


「小学生の買い食いは禁止されているのは、わかっているわよね? 大西さんは大人しいから、もし悩んでいることがあったら教えてほしいの」


「……行きました。…………でも、森山には一人で……行っていません……」

 わたしは遥くんといつもお店の前で会って、森山に行っていた。ひとりじゃない。


「でも、見かけた子はあなた一人だったって言っていたわよ?」

「違います。森山の遥くんと会って…………誘われて……いつも行ってました…………悪いことなのはわかっています……でも……わたし、遥くんと話していただけで…………」



 先生は、はてな? と首を傾げる。

 わたしは珍しく、おどおどとしながらも先生に話すことができた。だって本当のことだからね。


「大西さん、遥くんってどこの子かしら?」


「森山のおじいちゃんとおばあちゃんのお孫さんです、遥くん」


 わたしの言葉に、先生は更に首を傾げた。言葉に詰まってから、先生はわたしに言う。


「駄菓子屋森山にお孫さんはいないのよ? 息子さんは東京にいて、結婚していないから」


「えっ?!」


「……大西さん、先生に嘘はよくないわよ?」


「えっ? ……だって、いつも遥くんは…………森山がお家だって、言ってました! 喘息が酷くて、他の小学校に通っていたけれど、今は行けてないって…………!!」



 わたしがよっぽど真剣だったのだろう。先生はわたしを責めもしなかった。でも、困った表情で話す。


「…………よく……わからないけれど、買い食いはダメなのよ。次行ったら、ご両親に伝えるからね。気をつけてね」




 ***


 わたしはそれから帰り道に森山には行かなくなった。でも、気になって仕方なかった。遥くんが森山さんのお孫さんじゃないのなら、彼は一体誰なんだろう? でも確認したくてもこれ以上帰り道に森山に行くと、また先生に呼び出しされちゃうよね。今度はわたしのお父さんとお母さんに話すって…………やっぱり行けないや。


 とは思いながらも、やっぱり気になってしまうよ。



 わたしはこっそりと、日曜日に森山に出かけた。学校は休みだし、誰にも何も言われないよね。うっかり、誰かに会ってしまうかもしれなかったけれど、わたしは遥くんに会いたいと思った。確かめたいと思った。遥くんは森山さんのお孫さんだと。


 寒い日だった。もしかしたら、明日、雪が降るかもしれないと言われていた。わたしは構わず、向かった森山は、日曜日だけど閉まっていた。木枠にガラスで出来た引き戸の前で立ち尽くしていると、大きな声で声をかけられる。


「あれー? お菓子、買いに来たの?」

 目が細くて垂れ目で、ピンクの小花柄の割烹着を着たおばあちゃんがわたしを見つめる。わたしは、コクリ、と頷いてから、ゆっくりと呼吸をした。

「ごめんねー。おばあちゃんももう年だから、平日だけで日曜日はやらないんだよー」


 わかりましたとゆっくりと言おうと思うと、右側の低めの木を押しのけるように、もう一人おばあさんが来た。こちらもまた、色は黒いチェックだけど割烹着にパンツスタイルだった。森山のおばあちゃんは、ふぃとその近所のおばあちゃんを見る。おばあちゃんは開口一番に、強い勢いで話しはじめる。


「森山さんっ……!! うちの押し入れの掃除をしていたら、アルバムに懐かしい子が載っていたのよ!!!!」

「えぇ? 誰よ?!」


 森山のおばあちゃんはポケットから鍵を出して、引き戸を開ける。もう一人のおばあちゃんに店の中へと、促していた。わたしは帰ろうと思っていたら、おばあちゃんが言ってくれた。


「お嬢ちゃんも、お茶飲んでいきな。寒いからね」


「えっあっあのっ」


「いいから、いいから。店はやらないけど、お茶くらいは淹れるからさ」


 わたしは森山のおばあちゃんの優しさに甘えて、お店の中へとお邪魔することにした。


 お店の中の商品は、壁にぶら下がっていたり壁に並んでいたりする商品以外には、鮮やかな緑色の網がかけられている。わたしはその網が休日を感じさせるので、ドキリとした。



 森山のおばあちゃんがお茶を用意している間に、わたしはもう一人のおばあちゃんに話かけられる。


「何年生?」


「…………三年ですっ」

「そっか。三年生か。おばあちゃんの孫は四月から中学生だよ」

「そ、そうなんですか」


 もう一人のおばあちゃんは森山のおばあちゃんに話しかけた時よりも、ずっと穏やかに話している。


「うん、おばあちゃんの孫がね、あなたくらいの頃は色々話したんだけどさ、もう中学生にもなってくると段々と会話するのが少なくなってくるね。……用事があって森山さん家に来たけど、お嬢ちゃんくらいの子と話すのは久しぶりだよ。いいね。……学校、楽しい?」


 わたしはいきなり苦手な話題が来たので、思わず口籠もってしまう。


「えっと……えっとー…………」


「小学生でも、色々あるんだよねー」


 森山のおばあちゃんがお茶を持って来てくれた。わたしともう一人のおばあちゃんに膝をついて、湯呑みを渡してくれる。

「はい……。わたし、転校したばかりで…………まだ慣れなくて…………それで……はる……


「どっから来たの?」


 わたしの言葉が終わらないうちに、もう一人のおばあちゃんが聞く。わたしはびっくりしつつも、答えた。


「……東京です」


「そっかぁ! 通りでこの辺の子の雰囲気にいないなぁって思ったんだよ!」

 森山のおばあちゃんは、明るい声で話してくれた。


「そう……ですか……」


 わたしは湯呑みにふーふーと息を吹きかける。少し啜ってみると、まだ少し熱い。香ばしい緑茶の味がしたけれど、熱かったので、あまりよくわからずにまたふーふーと息をかけた。

「で? アサちゃん、懐かしい子って誰だぃ?」


 森山のおばあちゃんは、もう一人のおばあちゃんに話すと、もう一人のおばあちゃんが、嫌だよ〜もう! と言った感じで、手を森山のおばあちゃんに向かって、払う。太ももに置いておいた分厚いアルバムを開いて言った。


「そうそうそうそう! 嫌だね、年を取ると来た理由も忘れちゃうのかな。昨日、久しぶりに押し入れを片付けしていたんだよ。昔のアルバムを見つけてさ、息子の同級生の子が写っていたのを見て、懐かしいね〜! って思って森山さんにも見せたくて来たんだ」


「んー? 誰よ?」


「ホラ!」


 森山のおばあちゃんは、畳の所から土間に下りてアルバムを見る。わたしは森山のおばあちゃんに手招きされたので、一緒にアルバムを覗いてみた。


「……………………!」


 言葉と感情が詰まって、どう表現したらいいのかわからない気持ちだったな。だって……だって…………


「……なんて言う子だっけ? 山田くんの友達の……」

「青山遥くんだよ! 息子とすごく仲が良かった」


「……はる……遥くん……」


 わたしが呟くのを、チラッともう一人のおばあちゃんが聞くと一瞬不思議な顔をして、同じように話す。


「あぁ!! 思い出したよ!! 喘息で身体が弱くて転校して来た子だよね? …………でも、亡くなっちゃったんだよね?!」

 森山のおばあちゃんの言葉に、わたしは心臓がドクン。とした。


「…………ここで……何日も駄菓子を買って……一緒に食べたのに…………」


 わたしがまた呟くと、森山のおばあちゃんは納得したように言った。


「…………あら、お嬢ちゃんだったの?! 最近、土間に時々お金が置いてあったからさ、誰か来て買って行ったのかなと思っていたんだよ。おばあちゃんがいない時は、できれば来るまで待っていて欲しいなぁ。誰が買ったのか分からないからさ」







 ****



「おかえりー。…………何処に行ってたの?」


 夕方に家に帰ってから、何もお母さんに言わずに部屋に戻ってベッドにダイブした。


 信じられなかった。あの写真に写っていたのは……わたしが…………わたしが……。


 色々な気持ちがぐるぐるとして、わたしはベッドでそのまま夜まで眠ってしまった。








『冬花、冬花…………ゆか』


窓辺から、声がするような気がした。目をつぶっているのに、瞼あたりがすごく眩しくて、くすぐったくて、わたしは目を開ける。


ベッドからゆっくりと起き上がると、部屋の窓の近くにある机に座った遥くんがいた。


「…………!! 遥くんっ!!!!」


 わたしは寝ぼけ眼だった目を大きく見開いた。遥くんは駄菓子屋さんにいる時と、何一つ変わらずに白い薄手のニットにジーンズ姿をしていた。


『冬花、久しぶり』


「遥くんっ!! …………なんで?! 遥くん、遥くんは……本当は……」


『少し、付き合ってよ』


 遥くんはぴょんと軽やかに机からジャンプすると、穏やかな表情でわたしの手を握る。また、強引だなぁ。とわたしは少し思った。ふわりと身体が浮いて、窓を抜けて、遥くんがわたしを誘う。不思議な出来事に、どれが現実なのかわかっていなかった。心がふわふわとしていた。そして、わたしと遥くんは駄菓子屋森山へと来ていた。

 遥くんは引き戸の前に立つ。


「お店、もうやっていないよ?」

 わたしは遥くんに声をかける。

『大丈夫だよ、やってるから』

 彼はそう言うと、引き戸をガラリと開けた。中をあけると、お店はいつも開いている時のように商品が並んでいる。それだけじゃなく、中には寒いのでストーブが置いてあって、やかんが上に置かれていた。やかんがしゅーしゅーと音を立てている。広い土間の端っこには猫があったかそうに丸まっていた。



『さぁ、座って』


 彼は土間に座るように、わたしに促す。わたしはおずおずとゆっくりと座ってみた。

「遥くん、遥くんは……本当は……生きていない人なの? 森山駄菓子屋商店のお孫さんじゃないの?」


 わたしは伝えた。

 

 遥くんは、もう何もかもわかったような穏やかな顔をする。

『うん。ごめん。冬花の力を少し借りて、ここに来たかったんだ』


「じゃあ…………」


『…………ごめん。冬花が思っている通りなんだ。僕の姿は今はきっと、君にしか見えない』


 遥くんは哀しそうに目を細めて話してくれた。わかっていたような、そうではないような。遥くんは年上だからと思っていたけれど、何処か不思議で神秘的で……クラスにいる男の子の雰囲気とは何かが違う感じがした。生きていなかったからなのかもしれない。


「……どうして?」


『冬花は悩んでた。生きてモヤモヤしている人間って、隙があってさ。一緒について行ける場合があるんだよ』


「え゛っ」

『大丈夫、本当に、たまーに。だから』

 遥くんはニヤッと笑った。


『……僕はさ、僕も……冬花と同じ小学校に通っていたんだけど、元々身体がすごく弱くてさ。…………喘息と心臓が悪くて。酷くなって、ずっと病院で入院していたんだ』



 でも、退屈だったよ。入院生活は、と遥くんは呟く。

酷くなったり良くなったりする体調。学校の友達とも話したいし、何より駄菓子屋商店森山に来て、色々買いたかった。だけど、叶わなくて。__でも、我慢できなくて。ある日、バレないように、着替えて病院から逃げ出した。


『…………でも、その時に焦っていたから。交通事故に遭っちゃって。……で、こんな感じ。地縛霊ではなかったんだけど、森山に行けなかったから、天国には行けなかったんだ。そしたらね、神さまのお使いみたいな人がね。方法を教えてくれたよ。それが冬花みたいな悩んでいる人に便乗する方法。のりうつるとは少し、違うんだけど』


「ここは? どうして営業しているの?」


 わたしはお店を見て、言う。


『今は僕の存在を通して、現実とそうじゃない世界の狭間にある、幻を見ているだけだよ。この世の中にある物を、僕と関わる事で違う視点で〝見ている〟だけだよ。冬花は今部屋で寝ているから。現実と夢の間を僕と一緒にいるだけなんだ。普段の時は……お店で僕と一緒だけど、他の人には見えない。君は一人だったの。……黙っていて、ごめん』

「うーん…………そっか」


『僕はさ、冬花を利用したかも。生きていたころの夢を叶えたくて』


 遥くんは、わたしを見るとストーブへと手を当てた。わたしも近くに行って、手を当てる。


「びっくりはしたけど…………気にしていないよ。遥くん、わたしの話をずっと聞いてくれたから」


『うん』

 遥くんは、口をきゅっと結んで、言った。わたしは何か言いたかった。……でも、何を言えばいいのか、わからなかった。


『冬花、冬花なら絶対いい友達が出来るよ。……僕に話してくれた冬花の話は、どれも面白い話だった』


「皆知っている話をしただけだよ! わたし……遥くんみたいに何でも話せる子がいなかったから…………!!」


 わたしは大きな声でハッキリと伝える。遥くんはニヤリと得意げに話す。


『今みたいに、周りの人にも言えれば大丈夫だよ。僕が保証する。冬花は絶対友達ができる、馴染める。君は、良い子だよ』

 遥くんはポケットから、あのお薬みたいなチョコレートを渡してくれた。


『友だちのところ、押してみなよ』

「遥くん…………」

『絶対、大丈夫だから』


 わたしは遥くんに言われたので、爪でゆっくりと押してみると、裏側には二重丸がついていた。


『ね? 絶対、友達ができるよ。僕が保証する』


「遥くんは…………? 遥くんの、お願いは?」



『…………冬花のおかげで、もう叶ったから』



 お店の中は段々と光り輝いて来た。もう、遥くんとは二度と会えない気がして、わたしは叫んだ。


「嫌だよ!! せっかく遥くんと仲良くなれたのに、お別れなんてしたくないよ!!!! ずっと仲良しでいいじゃん!! わたし…………遥くんのこと、大切なお友達って思ってる…………!!!!」


『僕も、冬花は大切な友達だよ。……でも、もうお別れなんだ。…………冬花、君なら大丈夫! 友達は……百人はー……無理だけど、幸せになれるよ。僕の夢、叶えてくれたから』



 遥くんはいつの間にか猫を抱いて、随分と遠くの、遠くの方へと距離が離れていく。わたしは夢中で、ずっと叫び続けた。


「遥くん!! ……遥くん!!!! 遥くんっ…………!!!!!!」




『ありがとう、冬花』

 

 遥くんは、ただ笑って、猫を抱きながら手を振った。どんどん遠くなっていく……………………そう思って、叫んだけど、届かなかった。






*****







 目が覚めると、自分の部屋だった。お母さんがお布団をかけてくれたみたいで、わたしはベッドの中にいた。


「遥くん…………」


 わたしは呟く。もう、お別れなんだな。と思うと、ずーんと気が重くなったけれど、お母さんがいる一階へと下りて行った。

「あ、冬花。今日学校休みだって。昨日のうちに連絡があったわよ」


 お母さんは、お父さんが飲むコーヒーを準備している。わたしは、何でだろ? と思って、首を傾げた。


「冬花、外大雪だよ、見てみな」


「えっ?! 嘘?」

 わたしはお父さんに言われると、リビングの大きな窓を開けてみた。本当だ。大雪。お庭が何にも見えないくらい、こんもりとどっさりと雪がが降っていた。


「降るかもとは言っていたけど、こんなに降られちゃ雪かきしないとだな。コーヒー飲んだらやらないと」


「冬花、一応着替えて来たら? 寝汗かいているかもしれないじゃない? あったかい格好にした方がいいかもね」


 お父さん、お母さんがそれぞれに言うので、わたしはうんうんと返事をして、洗濯機の前に向かった。ポケットに手を入れると…………遥くんからもらった、あのお薬みたいなパッケージのチョコレートがあった。



「遥……くん…………」


 わたしは呟くと、爪で願いごとと書かれたところを押した。また二重丸だった。……遥くんに渡したかった。遥くんに、もっとあげたかった。彼は、短い間だったけれど、わたしのとても大切な友達だったから。











「あの頃は本当に冬花は引っ込み思案って言うか、人見知りだったよねぇー」

 歩美は水滴が沢山ついたレモンハイを目の前に、サラダを頬張る。

 久しぶりの再会。__小学生の頃以来だ。歩美は高校卒業後に上京し、私はあの小学校に二年はいられたけれど、また結局転校した。

 歩美とは色々あった。告げ口をされた一時期は、自分はこれから陰険な仲間はずれやいじめにあうのではと怯えていたけれど、後に展開が変わったのだ。私はあれから毅然とした態度を持って登校することにした。そうしなければ、遥くんがくれたモノが全て無駄になってしまうような気がしていたからだ。

告げ口はされたけど、その後、歩美は私に何だかんだ言って話しかけてくれた。私も勇気を出して話しかけたら、案外気が合った。だから、引っ越しが決まった時に手紙を書く約束をした。小さいけれど、何年ものやり取りがあったからこそ、成人した今でもこうして会えている。


「話すのに緊張しちゃってさ、毎日憂鬱だったよ」


「でも良かったー。冬花が転校して来てから暫くして、話してくれたから仲良くなれたしね」

「うん、そうだね」

 私は枝豆をパクリと一口つまんだ。

「森山はもうだいぶ前に閉まっちゃったって、この前母さんが言ってたよ。うちの地元も、大分都会化が進んでいるみたい」

「そうなんだ。また久しぶりに今度帰ってみたいなー。住んでいる家はもうないけどさ」


「そうだねぇ、私も暫く帰っていないからなぁ」




◇◇


 居酒屋を出て、歩美と別れてから、トボトボと私は夜道を歩いていた。歩美に会うと、あの頃を思い出す。内気で人見知りだった自分。不安だった学校生活。そして、遥くん。



冬の寒さを一身に感じるように、手先が冷たいので息を吐いた。

あの頃も、息を吐いていたなぁ。



 遥くんに出逢って、楽しかった。不安な生活が少しだけ、木漏れ日が差したような、春が来たような、そんな感覚になっていた。

 最初で最後のお友だち。…………でも、後から初恋にも変わりそうだったな、と気づいたのは、大人になってから。


 遥くん、私、今は友達がいるよ。沢山ではないけれど、前よりは明るくなったと思う。君のおかげだよ。



 君は今、天国で駄菓子を食べているのかな?


 曇った都会の空を見上げながら、私はずっと遥くんを思い出していた。

 今度、森山のある街へと行ってみよう。懐かしいあの頃の、あの日出逢った遥くんとの思い出を噛み締めながら。











原田知世さんの歌を聴いている時期があって、パーっと思いついて書きました。短い短編にする予定でした。が、描写がアレなので、なんかサラーっと話が進んでしまい、アレーですね。何編かでも良かったかなぁ。

駄菓子が出したくて、書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ないけれど優しいお話(´;ω;`) 冬花ちゃんは頑張ったんだなぁ…と 読み終えてからホッコリした気持ちになりました(*´꒳`*) [一言] 白石さんも正義感が強いだけだったのです…
感想一覧
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