vsヴェッヒャー 12
「はあっ、はあっ、はあっ……」
アッシュは息を荒げながらも、なんとかその場に立ち続けていた。
といっても、膝に手を当てながらなんとか立っていられている状態だ。
ここから再度白兵戦をしろと言われてもできる気がしない。
激しい戦闘が続いたことで、既に気力、体力共に限界に近い。
『与ダメージ比例MP回復』があったおかげでMP枯渇状態になることこそなかったものの、回復しては魔法を使いという連続によって集中力を使いすぎた。
スゥに回復魔法を使ってもらっているおかげで肉体的な怪我はないが、精神的な疲れは相当なものだ。
頭の中ははもやがかかったようになっていて、何かを考えるのも億劫になってしまいそうだった。
極大魔法を四つと遅延を同時に使い、更にそれを魔力によって合成する三極覇王弾。
紛れもなく、今の自分が出せる全力。
煙が晴れ、砂で塗りつぶされていた世界が露わになっていく。
そこにあったのは……。
「――おいおい、すごいな魔王軍幹部。俺とライエンでこんだけ痛めつけても、まだ死んでないのかよ」
そこにあったのは、地面に倒れ伏しながらもこちらをにらみつける、ヴェッヒャーの姿だった。
既に肉体が限界を迎えているからか、その身体は出会った時と同じようなひょろひょろ体型に戻っている。
死に体ではある。
だがまだ死んではいない。
そのタフネスには、流石に笑えてきてしまう。
「アッシュ……もうちょっと、やりようがあったんじゃないか?」
そして煙の中からもう一人の人物――至近距離で三極覇王弾の余波を食らったライエンが現れる。
驚いたことに、彼はピンピンしている。
身体に着けていた鎧はところどころが弾け飛び、落ち武者のようになっている。
装備はボロボロだが、肉体の方に傷は見えない。
「いや、お前なら殺しても死なないだろうと思って」
「……流石に僕の扱いが雑じゃないかな? 僕だって殺したら死ぬよ」
「まあ、完全に注意を引きつけてもらう必要があったとはいえ、たしかにやり過ぎた部分はある。正直、スマンかった」
「それじゃあ……貸し一つってことで」
「なるべく早く返すタイミングを作ってくれよ。主人公に貸しがあるとか、考えるだけでぞっとする」
「主人公、か……それを言うなら、アッシュだって……」
二人とも傷こそないものの、満身創痍な状態だ。
けれど二人はその闘志を燃やしたまま、横に並んで進み続ける。
無駄話こそしているが、当然ながらその視線は、ヴェッヒャーから外してはいない。
「ぐ、ぐぐ、なぜ、こんなことに……」
ヴェッヒャーは自分が作り上げてきた魔物達の成れの果てを見てから、そのまま割られた魔物培養用のポッドへ視線を移す。
自らが築き上げてきた物の残骸を見るヴェッヒャーは、魂が抜けたように茫然自失の状態となっていた。
彼は最後に、アッシュ達を見る。
その瞬間、彼に再び感情の色が差した。
憎々しげに二人を睨むその顔からは、隠しきれぬほどの怒りが溢れ出している。
「き、さま、ら、は……」
だが怒りはすぐに困惑に変わり、最後には冷静な思考がそれに取って変わった。
自らの死期を悟ったからか、ヴェッヒャーは戦闘前のようなクレバーさを取り戻す。
彼の脳が高速で回転する。
いずれ来たるべきあれのタイミングで解放するべく育ててきた魔物達。
長いこと力を蓄えてきた自分がその真価を発揮するよりも早く、ここで名も知らぬような少年達に潰されてしまう。
そんなことが、果たして偶然に起こるものなのだろうか?
ここは『始まりの洞窟』と繋がっている。
初心者の冒険者がここへの道を見つけることは不可能であり、また実力者はそもそもこんなダンジョンに入ってこない。
ラボがこんなタイミングで、見つかるはずがない。
条件に合った場所を選んだのだから。
ここが発見される可能性など、万に一つ……奇跡のような偶然でも起こらない限り、ありえないはず。
「貴様らは、一体……」
未だ人生経験が多くない少年にはあまりに不釣り合いな戦闘能力。
そんな奴らがここに来るという偶然。
いや、そこまで偶然が重なれば、最早それは必然、なのか?
だが当然、そんなことを認めるわけにはいかない。
自分は『白衣の死神』ヴェッヒャー。
そんなこと、認める、わけには――。
「貴様らは一体――何者なのだ!?」
ヴェッヒャーが顔を上げれば、そこには剣を手に持った二人の少年の姿がある。
左側の灰色の髪をした少年は不敵に笑い、そして右側にいる赤髪の少年は瞳に炎を宿していた。
「そんなの――」
「決まってる――」
少年達――アッシュとライエンは、剣を振り上げる。
そして……。
「「――主人公だ!」」
ヴェッヒャーの意識はそこで途絶え、そのまま二度と目覚めることはなかった――。




