vsヴェッヒャー 9
膂力ではヴェッヒャーに分がある。
力では劣勢のはずのアッシュは、しかし相手を翻弄し続けていた。
攻防が続くが、戦いは終始アッシュ優位に進み続けていた。
力は高くとも、ヴェッヒャーには術理がない。
師匠であるナターシャから剣技を叩き込まれたアッシュからすれば、ヴェッヒャーは動くスピードが速くとも、その動きはあくまでも素人そのもの。
避けることも迎撃することも、決して不可能ではなかった。
「ぬううんっっ!」
ヴェッヒャーの拳が唸り、アッシュの顎にアッパーを入れるような形で向かってくる。
アッシュはそれを避け、そして拳の通るであろう箇所に当たりをつけ、斬撃をそこに置いていく。
目算と事実が見事に合致し、ヴェッヒャーの拳が浅く裂ける。
攻撃をもらってからヴェッヒャーは、今までとは違う動きを止めた。
ヴェッヒャーは良い一撃をもらってもいいという覚悟で、そのまま左手のストレートを放ってくる。
アッシュは胸に剣を思いきり突き立てる。
ヴェッヒャーの胸部から血が噴き出す。
だがそれでも……その動きは止まらなかった。
(――避けきれない!)
一撃を放った直後で、身体は硬直してしまっている。
回避は不可能と一瞬のうちに判断するアッシュは、意識を回避から防御へと移した。
彼は自らの腕を交差させ、その上に剣を重ねる形で攻撃を受ける。
「シッ!」
ヴェッヒャーの左ストレートの攻撃が当たる瞬間、アッシュは意識を集中させる。
ベキベキベキッと自分の腕の骨が折れる感触に眉を顰める。
けれどアッシュは自分が攻撃されたからといって頭が真っ白になるほど柔ではない。
どんな状況下であっても攻撃だけは放てるよう、師匠であるナターシャから仕込まれている。
「魔法の連弾、二十連!」
攻撃に成功し、意識が緩んだその瞬間を狙い、アッシュは魔法を発動。
呻き声を発するヴェッヒャーを見てにやりと笑いながら、アッシュは思い切り後方に吹っ飛んでいく。
空中は人間が無防備になる瞬間だ。
相手が吹っ飛ぶよりも高速で着地点に到着することができれば、相手は次の一撃を避けることができない。
けれどヴェッヒャーの追撃の手は、緩まざるを得なかった。
駆けようとした彼の頭上に、大きな影が現れたからだ。
「ウォータードラゴンッ!」
上級水魔法であるウォータードラゴン。
水魔法の適性が高く、かつ一度に使う魔力量もかなり多いため使い手の限られる魔法だ。 あのエンドルド辺境伯でさえ、コストパフォーマンスから滅多に使うことの悪い、威力こそ高いけれど燃費の悪い魔法なのだ。
けれど固有スキル『水瓶の女神』を持つイライザであれば、スキルの力で消費魔力を減少させることで、そのデメリットを打ち消すことができる。
ただでさえライエンとアッシュの攻撃を食らい、全身がボロボロになっているヴェッヒャー。
今の彼は自身の肉体を手術の魔法で治すことができないため、ダメージは蓄積されている。
既にHPが半分以上削れているヴェッヒャーは、ウォータードラゴンの一撃に足を止めざるを得なかった。
それはライエンとアッシュが二人でヴェッヒャー相手に戦い続けたからこそ生まれた隙。
そしてそのわずかな隙が、値千金となった。
「オールヒール!」
空中と吹っ飛ぶアッシュに、回復魔法のオールヒールが飛ぶ。
それを放ったのは、『白の癒し手』を持つスゥだ。
彼女が放つオールヒールは、スキルの持つ極大補正により一段階上のラストヒールと同等の効果を持つ。
アッシュの折れた骨はみるみるうちに回復していき、彼が地面に着地する時には、既に全身にあった傷は完全に癒えていた。
「火魔法の連弾、三連」
ウォータードラゴンを完全に防ぎきり、そのままイライザへと向かおうとしていたヴェッヒャーに向けて、火魔法の連弾を放つ。
アッシュの一撃を見過ごすことはできず、ヴェッヒャーは大きく後ろに飛びずさる。
だがアッシュはそこで更に前に出る。
そして差し違える覚悟で――魔法の弾丸を放ちながら、前進した。
無理押しの特攻、当然ながらヴェッヒャーの一撃をもらう。
再度の一撃をもらい吹っ飛ぶアッシュ。
腹が抉れ、血反吐を吐きながらぶっ飛ぶアッシュが叫んだ。
「――やれ、ライエンッ!」
その声と同時に、後ろから莫大な光が現れる。
それはライエンが放つ最大最強の一撃。
激闘をくぐり抜け、自らの死を覚悟するほどの強敵でなければ発動することすらできない、『勇者の心得』第七のスキル。
「――『最後の勇気』!」
光の剣が、ヴェッヒャーに振り落とされる。
ライエンの攻撃の余波で上手く動くことのできないヴェッヒャーへ――魔を滅する光の剣が振り下ろされた。




