vsヴェッヒャー 8
ヴェッヒャーは己の肉体を改造することで、手術の魔法を使うことができなくなる。
ゲームをプレイしていた当時はその仕様に疑問を覚えていたアッシュだったが、現状を見ればその理由がわかる。
(あのナックルダスターじゃ、そりゃ人体は切れないよな)
先ほどまでは一撃でライエンの身体を切りつけるほどに鋭利だったレーザーメスの様子が、随分と様変わりしていた。
いくつか形状変更のレパートリーがあるとはいえ、そのどれもが斬り付けるというより殴ったり、叩きつけたりすることに特化した形になっている。
あの形状変化のおかげで、今は手術の魔法は使えない。
そしてそれは、アッシュにとって非常に都合が良かった。
アッシュの力は、決して万能ではない。
ライエンのような七つの能力を使い分け、どんな相手とも互角以上に戦うことができる万能の力が、彼にはないからだ。
だから急に覚醒して強くなったりする主人公補正は存在しないし、手術の魔法を食らえばステータスは普通に下がってしまう。
能力低下を心配する必要がないというのは、あくまでもレベルの力に拠る部分の大きいアッシュには大きなプラス要素だ。
「|風魔法の連弾、二連」
アッシュが放つ風の弾丸が、吸い込まれるようにヴェッヒャーへと向かっていく。
それを己の拳で迎撃するヴェッヒャーの手の甲が、爆風で裂け血が噴き出した。
けれど流石魔王軍幹部、ジュウジュウと肉が焼けるような音がしたかと思うと、一瞬のうちに傷は消える。
(とんでもない再生能力だな。致命傷を与えない限り、トドメはさせそうにない)
ダメージは間違いなく通ってはいる。
つまりステータス的な差はそこまで大きくない。
ただ、今のヴェッヒャーは完全なパワーファイター型だ。
あまり近付きすぎて下手に一撃をもらえば、それが致命傷になりかねない。
アッシュはヴェッヒャーとつかず離れず、中距離を維持しながら戦闘を継続していく。
ヴェッヒャーがそれを許しているのは、ひとえにすぐ側にもう一つの脅威が存在しているからだ。
「はあああっっ!!」
アッシュへと近付こうとする動きを止めるのは、接近して干戈を交えているライエンだ。
勇者スキルによって能力値を底上げしてるライエンのステータスは、ヴェッヒャーとほぼ同等。
けれど戦闘経験に関しては、魔王軍でならしてきたヴェッヒャーに一日の長がある。
その分やはり、戦闘には優劣がつく。
ライエンの攻撃をかわし、無防備になった背中に一撃を叩き込む。
「ぐうっ!?」
ライエンは一撃を食らい、思い切り地面に叩きつけられる。
倒れずには済んだようだが、足の形に地面に凹みができる。
それだけの一撃を食らい、口からは思い切り吐血していたが、それでもライエンの目は死んでいなかった。
そして先ほどヴェッヒャーが見せたのと同じ――いや、それ以上の速度で傷が回復していく。
勇者スキルの一つである『不屈の勇気』による超回復のおかげで、ライエンはこれ以上ないほどに、タンクとしての役目を果たしていた。
彼が注意を引いている間にも、アッシュはヴェッヒャーに魔法の弾丸を当て続ける。
ダメージは問題なく通っている。再生されているとはいえ、HPは削れているはずだ。
そして同様に、ライエンの剣撃でもダメージは与えられている。
けれど元々の再生能力が高いせいで、やはり決め手にかける。
ヴェッヒャーの方からは、そこまで切羽詰まっているような感じはしない。
まだ余裕がありそうだった。
けれどアッシュの方は、実はそこまで余裕がない。
MPを消費し続けている状況下、現状を打開しなければ先にジリ貧になるのがこちらなのは目に見えていた。
ここで賭けに出る必要がある。
アッシュはそう、直感した。
勝ちの目を拾いに行くために必要な選択肢は――。
「――おおおおおおおおお!」
安全圏から一歩踏み出し、自ら死地へと踏み出すことだ。
アッシュはヴェッヒャーの背中に、思い切り剣を叩きつける。
呻き声を出すヴェッヒャーに二撃三撃と加え続け、付け入る隙を与えぬ連撃を加えていく。。
鉄の塊を叩いているかのように重たい感触だった。
その重たい手応えに、こんなものと白兵戦をしていたライエンの化け物っぷりを改めて感じるアッシュ。
けれど彼も、ここで引くわけにはいかなかった。
「俺達で……時間を稼ぐっ! イライザ、スゥ、ここが踏ん張りどころだ!」
「ああもう、わかったっ! やればいいんだろうやれば!」
「ふ、ふえぇ……」
後ろにいるイライザとスゥは、既に魔物がいなくなったことで手すきになっている。
アッシュ一人でも戦えはするが、彼女達のサポートがあれば戦況はより盤石なものになる。
――ライエンが大技を出すための時間を、三人で稼ぐ。
それこそが、アッシュが導き出した答えだった。
こうして三人は危険地帯へと、足を踏み入れる――。




