vsヴェッヒャー 7
「ふむ……どうやら実験体達は全員やられてしまったようですね」
「それならどうする? 降参でもするか?」
「いいえ、彼ら全てと戦ったとしても……今の私の方がっ、強いっ!」
瞬間、ヴェッヒャーの姿が消える。
スピードは自分と同等。目で追うことも対応することも可能。
(だが、これは――ッ!)
アッシュが剣を上げれば、飛びかかるように空中から斬りかかってきたヴェッヒャーの一撃とぶつかる。
レーザーメスによる斬撃を剣で受け止めたアッシュは、その攻撃の重さに驚いた。
地面が陥没し、小さなクレーターが生まれるほどの衝撃が、全身を突き抜けたからだ。
「シッ!」
ヴェッヒャーを離してから、アッシュは眉を顰めた。
(なぜヴェッヒャーがこの姿に……?)
ライエンの生み出した炎の壁が現れてから見えてきた光景に、アッシュは正直戸惑っていた。
本来であればヴェッヒャーは接近戦があまり得意ではなく、素のステータスもそれほど高くない。
だからライエンに相手を任せて、自分は手術の魔法を使われないうちに魔物達を狩っていたのだが……なぜかヴェッヒャーが変身している。
終盤で起こるボスラッシュにおいて、ただヴェッヒャー一体だと何もせずやられてしまうために、恐らく開発スタッフが苦肉の策で生み出されたヴェッヒャーの第二形態。
この場で見ることのはずがなかったマッスルフォームのヴェッヒャーが、なぜか自分達の前に立ちはだかっている。
(わかってたつもりだが……まだまだ認識が甘かったか)
この異世界はゲーム世界に似てはいるが、まったく同じというわけではない。だからこそ、このような異常事態が起こることもある。
終盤で全てのスキルを使いこなせるようにになるライエンが幼少期に七つのスキル全てを使えるよう覚醒したのだから、この段階で負けイベントのボスが覚醒することもあるのだろう。
今の剣戟で互いのステータスは把握できた。
どうやらヴェッヒャーは完全に近接特化型の構築になっているようで、レベルが五十を超えた今のアッシュを上回る攻撃力を持っている。
(パワーのインフレがすげぇぞ! こんなのとまともにやってられるか!)
ボスであるヴェッヒャーのHPは膨大だ。
そのことを考えれば、近距離戦を続けるのはこちらに不利。
故にアッシュは後退しながら、魔法を放ち続ける。
「魔法の連弾、三十連」
魔力によって生成された弾丸が、ヴェッヒャーへと襲いかかる。
ヴェッヒャーは横に平たく伸ばしたレーザーメスでそれを防ごうとするが、完全な防御には失敗。
魔法の衝撃を食らうことで、後方にノックバックが発生。
そのチャンスを使いアッシュは後退。
迫ってくるヴェッヒャーに再度の魔法を使い、同じ工程を繰り返す。
そしてある程度の距離を保ったまま、チクチクと魔法の弾丸で相手の体力を削り続ける。
現在のヴェッヒャーは肉体の方にステータスが振られているからか、魔法で入るダメージが高そうだ。
魔法攻撃で削っていくのが、一番効率が良さそうに思える。
「ちいっ、こざかしいっ!」
当然ながら相手は自動で同じ行動を選択し続けるAIではないため、今のままではいけないとなれば行動のパターンを変えてくる。
ヴェッヒャーは被弾を覚悟で突っ込んできた。
今まで防いでいた攻撃の全てが当たるが、今回は攻撃に意識を割いているためかスピードの減少はない。
アッシュが防戦の姿勢を取る。
一合、二合、三合。
形状変更が可能なのか、大きく剣のようになったレーザーメスとアッシュの剣がぶつかり合う。
攻撃の速度はそこまで高くはない。
だが威力は相当なものだ。
ラッシュでも入れられれば、一発でHPが全て持っていかれるかもしれない。
迎撃はなるべく丁寧に。
相手に攻撃の手番を回しすぎないよう、細かい牽制やフェイント、カウンターを織り交ぜながら、隙を見て魔法を放つ。
先ほどのように再度距離を取ろうとしないのには、当然ながら理由がある。
ヴェッヒャーの意識を、完全に自分に向けさせるためだ。
「――そこだっ!」
ヴェッヒャーが完全にアッシュだけに意識を集中した瞬間。
その隙を突く形で、ライエンが剣を振るう。
『不撓の勇気』でステータスを上昇させ、『健全な勇気』で手術によるデバフを治し、『不屈の勇気』でHPを全回復させた。
おかげで今のライエンはフルパワーが出せる。
そして彼の牙は、今のヴェッヒャーにも届きうる。
一閃。
白銀の閃光が斜めの直線を進んだ。
ヴェッヒャーの身体から血が噴き出す。
意識街からの攻撃に対応ができなかったヴェッヒャーが、額にビキビキと血管を浮き上がらせる。
「きっさまぁ……」
「魔法の連弾、二十連」
そして意識がライエンに向いたところに、アッシュが魔法の連弾を叩き込む。
二人の連携は、事前に打ち合わせでもしていたのかというくらいに完璧であった。
アッシュ達はヴェッヒャーと戦いながら、成長していく。
お互いの呼吸を呼んでいるかのように、戦えば戦うほど、二人のコンビネーションは巧みになっていくのだった――。




