vsヴェッヒャー 6
ヴェッヒャーというキャラは、勇者を覚醒させるために発生する負けイベントのボスキャラである。
彼の一番の強さは、半永久的に強化を施すことができる点だ。
自身の手術の魔法を配下である魔物達に使うことで、ランクが変動するほどの強力に魔物を改造しバフをかけていく。
そして配下達をけしかけながら相手の隙を見つけ、手術を使い相手にデバフをかけていき、じわじわと嬲り殺す戦法を得意としていた。
けれど今回、本来のヴェッヒャーの作戦はまったく通用していなかった。
なぜなら……
「風魔法の連弾、十連」
戦闘開始と同時にアッシュがガラスケースの中で眠っていた全ての魔物を叩き壊してしまっていたからだ。
アッシュの属性魔法の弾丸が、魔物へと突き込まれていく。
回転をさせることで命中精度と威力が上げられた弾丸が、吸い込まれるように魔物の頭部へと向かう。
そして魔物を貫通しただけでは飽き足らず、後ろに居た魔物にも深手を与えていく。
「オールヒール!」
「助かるっ!」
今回は流石に魔物の量が多く、アッシュは後衛のスゥ達に魔物が来ないようにするので手一杯だ。
そしてライエンの魔法で自分達が駒として浮いた以上、この場で最も強いアッシュの手助けをするのは、パーティーとして当然の判断だ。
故にスゥはアッシュの回復役を担うことで、彼の負担を軽減させる方向に動いた。
そしてイライザは敵を倒すのではなく、ヴェッヒャーの方へ向かってしまわぬう足止めをしていた。牽制や妨害を意識した魔法を駆使し、なんとしてでもライエンに負担をかけぬべく、アッシュの方に魔物を誘導している。
アッシュのことが嫌いなのは無論事実だが、このパーティーの中で圧倒的な殲滅力を誇るのがアッシュであるのは揺るがぬ事実であるため、彼が一匹でも多く魔物を屠れるような環境を作るよう心がけていた。
三人の奮戦があるおかげで、ヴェッヒャーとライエンは未だ一対一の戦いを続けることができている。
手術の魔法を使って魔物を強化することができていないため、彼の戦闘能力は本来の半分未満にまで落ち込んでいた。
本来なら戦闘を続けターンが経過しやられていく度に逐次追加されていく魔物による支援が、今は一切ない。
だが逆に、それがヴェッヒャーを追い込むことになった。
故にヴェッヒャーは本来ならこの戦いで使うことのない禁じ手に手を出した。
「ふ、ぐうっ!! ……あぐっ」
彼は自身の身体にメスを突き入れ、自らの肉体を改造し始める。
ライエンはそれを阻止するべく動き出す。
だが既に魔法は発動し始めていた。
魔法の発動を止めるべく攻撃を加えたライエンに待っていたのは――目で追えぬほどの早さで放たれたカウンターパンチだった。
「ぐはっ!?」
「ふぅ……生まれ変わった気分ですよ。なぜ今までやってこなかったのか、今となっては不思議に思えてくるほどです」
先ほどまでの白衣の男は、その相貌を様変わりさせていた。
ひょろひょろとしていたはずの身体は不自然なほどに隆起し、ボディービルダーも顔負けなほどに筋骨隆々になっている。
ヴェッヒャーに隠された真の力――手術による自身の改造。
これは本来であれば、ラストダンジョンである魔王城で起こる終盤も終盤のボスラッシュの時になってから解放されるはずの技だ。
検体を弄ることは好きだが、自身の肉体を弄くることは嫌いなヴェッヒャーは、正史であればこの段階で手術を自己に施すことはない。
ただ勇者ライエンがアッシュが殺されたことで覚醒し、隙を突かれてやられるはずだったヴェッヒャーもまた、本来とは異なる行動を採った。
そしてその結果が、ヴェッヒャーの第二形態の解放である。
「ぬううんっ!」
「――速っ!?」
気付けばライエンは吹っ飛んでいた。
口からごぽりと血が噴き出し、着用する鎧は、拳の形に凹んでしまっている。
後方に吹っ飛ぶ際、体勢を立て直すべく受身を取ろうとするライエン。
けれど彼がなんとかして立ち上がろうとした時には、既に目の前に拳を振りかざすヴェッヒャーの姿があった。
再度の衝撃、今度は吹っ飛ばされるのではなく、真下に思い切り叩きつけられる。
拳の衝撃が地面にまで伝わり、叩きつけられたライエンの周囲にクレーターが出来上がる。
バキバキバキッ!
ライエンはスキルの制限が更に解放されるのを感じた。
七つの封印が解かれ、一時的に完全状態となった『勇者の心得』。
けれど自身のスキルに考えを巡らせるだけの余裕もない。
ヴェッヒャーが放つ怒濤のラッシュにより、ライエンはひたすらにボコボコにされ続けていた。
傷が癒える間もない連撃に意識が遠のく。
剣を必死に構えようとするが、それだけの余裕を与えてくれない。
「――ぬんっ!」
完膚なきまでにやられたライエンの息の根を止めるべく放たれた一撃。
レーザーメスを形状変化させ、ナックルダスターとして使うヴェッヒャーの一撃が――。
「よぉ、主人公。ボロボロじゃねぇか?」
寸前で停止する。
レベルを既に限界近くまで上げているアッシュは、ヴェッヒャーの一撃をしっかりと受け止めきってみせたのだ。
「苦戦してるなら、助太刀するが?」
「……頼む」
「しょうがねぇなぁ……それじゃあいっちょこのお助けキャラが、一肌脱ごうかね!」




