vsヴェッヒャー 4
「な……なんなのだ貴様はッ!」
ヴェッヒャーのレーザーメスが、ライエンの身体を貫く。
だがライエンはダメージなど意にも介さずに前へと進んだ。
手術の魔法が発動する。
ライエンの身体能力がガクッと下がった。
だがそのデバフを補い、更に上回る形で『不撓の勇気』が発動。
両者の前の実力差のおかげでライエンの速度は更に上がっていく。
ヴェッヒャーはここに来て、自分の魔法が効かないのだと認めざるを得なくなる。
だが焦ってはいるが、その表情にはまだまだ余裕がある。
彼は手札を何重にも持っておくタイプだからだ。
ヴェッヒャーの攻撃を避けたライエンは、一旦仕切り直して距離を取る。
その時には既に、彼が使ったフレイムウォールは小さくなり、向こう側の様子が見えるまでになっていた。
だがそちらにまで意識を割く余裕はない。
目の前の敵に集中し、ライエンは剣を構えた。
対しヴェッヒャーは、ふうぅ……と大きく息を吐く。
「まさか早々に、これを使うことになるとは……」
ヴェッヒャーがパチン、と指を鳴らした。
何をするつもりだ、と身構えるライエン。
彼の身に、すぐに異変が起きた。
腕に痺れが走ったのだ。
攻撃を食らったのかと思い見てみるが、回復魔法で癒やした腕は既に傷痕一つ残っていない状態だ。
不思議そうな顔をするライエンを見て、ヴェッヒャーはにやりと笑う。
「私の手術の魔法には、二つの効果がありましてね。一つは相手の能力低下、そしてもう一つは――」
ボコンッ!
ライエンの右腕がボコリと不自然に歪んだかと思うと――膨れ上がった。
そのまま変色し、赤く腫れ上がったようになった。
痛みはまったくない。
これほどの異常が起こっているというのに痛みがないという事実が、逆に恐ろしかった。
「執刀した素体の肉体改造です。――どうです、美しいでしょう?」
火傷を負ったように真っ赤に膨れ上がっているライエンの右腕。
治すために、即座に回復魔法をかける。
「エクストラヒール――何だとッ!?」
けれど回復魔法を使っても、異常は収まらなかった。
つまり手術の魔法の第二の力とは――。
「あなたの肉体を、美しく作り替えたのです。それこそがあるべき姿なのですよっ!」
肉体を変質させる力だ。
手術の魔法の質の悪いところは、造り替えられた状態こそが正しい状態であると脳が誤認してしまうところにある。
おかげで回復魔法を使っても、効果はない。
このままではライエンは、肥大化してまともに動かすことのできない右腕を抱えた状態で、ヴェッヒャーと戦うことを強いられることになる。
ヴェッヒャーの手術に対応するためには、変質させられてしまった部位を切り落とし、回復魔法で部位欠損ごと治すしかない。
けれどそれを可能とするラストヒールを使えるものが極少数の超越者達に限られている。
故にこれは勝負を決める、ヴェッヒャーの決め札の一つだった。
「では次は――私からいかせていただきますよっ!」
今度はヴェッヒャーが前に出てくる。
ライエンはその攻撃を受けるため、剣を構えた。
けれど剣を振るための右腕は、パンパンに膨れ上がっている。
当然ながら、以前のような攻撃を放つことはできない状態だ。
ヴェッヒャーの光のメスによる攻撃がライエンに襲いかかる。
「それそれそれそれっ!」
肥大化した利き腕は、当然ながら上手く動かない。
剣を構え一撃を受け止めようとするが、力を入れすぎたせいで上手くできなかった。
健常なままの左手との動きのズレ、そして本来ならこう動いていたという頭の中での右腕の動きとのズレ。
そこに手術の第一の効果であるデバフがかかったことで、ライエンは防戦一方に追い込まれていく。
「――ぐうっ!?」
ヴェッヒャーの放った一撃が、よけきれなかったライエンの右足に突き立った。
白衣の死神は、にやりと笑いながら指を鳴らす。
すると右足が膨れ上がり、今度は緑色に変色してしまった。
右手と右足がまともに動かなくなった状態で、まともに防御ができるはずもない。
ライエンの身体に切り傷が増えていく。
そしてそれに伴い、彼の全身はどんどんと変質していき、見るも無惨な様子になった。
けれどライエンの目は、未だ死んでいない。
「これで――トドメですッ!」
ヴェッヒャーの一撃が、ライエンの頸動脈を狙って放たれる。
当たれば死を免れないだろう。
ボロボロになり、キメラのように歪な身体になったライエンは、それでもなお迎撃をするべく剣を振る。
彼の辞書に、諦めという文字はなかったのだ。
「もし僕が――勇者だと言うのなら! 答えて見せろッ、『勇者の心得』!」
バキバキッ!
枷が弾けるような音が、洞穴の中に響き渡る。
そして――ライエンは、軛から解き放たれる。
「第四のスキル――『不屈の勇気』!」




