vsヴェッヒャー 2
アッシュは冷静に状況を分析する。
ヴェッヒャーの面倒なところは、シリウス同様手数が多いところだ。更に魔物を本来より強化することのできるヴェッヒャーの手術の魔法だ。
「火魔法の連弾、五連」
ドドドドドッ!
アッシュが放つ魔法の弾丸が、魔物を射貫き、体内で弾ける。
動き出す獣型の石像であるガーゴイルや、通常とは異なり真っ赤な身体を持つレッドオーガ達はなすすべなくやられていく。
Cランクの魔物を屠る程度のことは、今のアッシュにとって造作もない。
オペにはある弱点……というか、能力的な制限がある。
それは、ヴェッヒャー本人が持っているメスを使うことで発動ができるという点である。
メスで魔物に触れ、そこから魔力を流し込むことで手術の魔法は発動する。
つまりヴェッヒャーに近付かせないうちに魔物を殺しきってしまえば――その危険性は大きく減少するのだ。
「なっ、貴様っ――ぐうっ!?」
「お前の相手は――僕だッ!」
魔物に手術を使おうとするヴェッヒャーを、ライエンが止める。
ヴェッヒャーの素の能力は高くない。
使える勇者スキルが二つだとしても、今のライエンなら足止めくらいはできるはずだ。
「スゥ、イライザ、お前達はライエンの援護だ!」
「わかりました!」
「――ああっ、もうっ! やればいいんだろうやれば!」
アッシュより後方に控えている二人には、ライエンの援護に徹させる。
後のことを考えれば、ライエンの負担を少しでも減らしておいた方がいい。
アッシュは回復を飛ばすスゥとライエンを襲おうとする魔物達を水の刃で切り裂くイライザを見て頷いてから、魔物達の処理をし始める。
(……そうか)
この『始まりの洞窟』に潜るようになってから、アッシュの頭の中で何かが引っかかっていた。
その違和感の正体に、今になってようやく気付くことができた。
今のライエンとアッシュの実力は、新たな魔法を手に入れたことで更に開いた。
ライエンが七つの勇者スキル全てを使いこなせるのならまた話は変わるだろうが、今はアッシュの方が間違いなく強い。
だが新たな力を手に入れた今であっても、アッシュは無意識のうちにライエンに獲物を譲った。
主人公の成長のためにはそれが一番いいと思ったから。
覚醒イベントを完全に不意にしては意味がないと思ったから。
自分はただの、お助けキャラだから。
ただ――。
「やっぱりそれだけじゃ、つまらないよな」
ライエンには強くなってもらいたい。その気持ちは本心だ。
アッシュには魔王は倒せない。世界はそういう風にできている。
だが自分だって……強くなりたい。
強敵をこの手で、打ち倒したい。
自分に降りかかってくる死亡フラグをぶっ潰したい。
自分はそのために――この第二の人生を、鍛錬に捧げてきたのだ。
抱く気持ちの強さなら、何よりも強い。
ライエンに全ての成果を譲る?
――自分はいつから、そんな大人しくなった。
アッシュの中にある渇望は、未だ深いところに根付いている。
ただ隠し方が上手くなり、前より自分を制御できるようになったというだけ。
「ふうううぅぅっっ……」
大きく深呼吸をする。
周囲には十を超える魔物。
アッシュは敢えて剣を手に取り――己の野性を解放した。
「うおおおおおおおおおおっっ!」
斬る、斬り去る、斬り捨てる。
魔物を殺すだけではない。
彼は己の弱さを斬り捨て、己の中にある本心を曝け出した。
アッシュは誰よりも強くなりたい。
そして――全てを守りたいのだ。
「待ってろよ、ライエン――こいつらを片付けたら、俺もそっちに行くからよおっ!」




