視線
今回のダンジョン攻略に参加するメンバーは合わせて四人。
勇者ライエン、伯爵令嬢のスゥ、王女イライザ、そしてそこにアッシュである。
ダンジョン攻略の際、攻略に参加するパーティーをあらかじめ学院に提出する必要があるのだが……。
「おいおい、嘘だろ……」
「ライエンはいいとして、どうしてアッシュが……」
先ほどから感じる、視線、視線、視線。
周囲の人間からの鬱陶しいほどの嫉妬や羨望の眼差しに、アッシュはうへぇと思わず舌を出す。
「なんであんなやつと……」
そしてそんな態度を見た男子生徒は、それを挑発と勘違いして憤りに身体を震わせる。
その一連の流れを見たライエンが苦笑いをしながら、アッシュと少し距離を取って歩くスゥとイライザの間に立ち。
実はアッシュとは初対面になるスゥはびくびくしながらアッシュのことを小動物のように見つめ。
イライザは腕を組みながら、アッシュと周囲を交互に見つめている。
「鬱陶しいな……別にただダンジョン潜るだけだろ」
「今回ばかりは、私もアッシュと同意見だ。誠に遺憾だが」
「その言い回し嫌いなんだ、生まれ故郷的に。できればやめてくれ」
「なんだその言い草は、私はこの国の王女だぞ!」
「あ、あのぉ、お二方とも静かにしていただけると……」
アッシュとイライザはただ口げんかをしているだけなのだが、それすらも嫉妬の対象になっている。
それほどまでに、イライザの立場というものが意味を持っているということだ。
この学院に来る生徒の種類は大きく分けて二種類。
生まれと育ちが違う根っからの上流階級と、そことのコネクションを求めてやってくるエリート階級の二つである。
そして彼ら両方が、当然ながら王女イライザと共にダンジョン探索を行う名誉を欲していた。
イライザが誰と組むかと思えば、どちらも平民のライエンとアッシュ。
ライエンはまだいいのだ。
彼は実技でも筆記でも学院でぶっちぎりの一位であるスーパーエリート。
おまけに自分の力を笠に着ることもなく、誰にも分け隔てなく接することで男女共に好かれている好青年ときている。
まったく文句の付け所がないので、羨むとか以前の問題なのである。
けれどアッシュの方は違う。
素行は最悪で、授業の遅刻早退は当たり前。
学校に来ない日の方が多いくせに、何故か退学させようとしても上手くいかない目の上のたんこぶ。
誰に対しても態度が適当で、貴族どころか王女に対してもその態度は変わらないときている。
そんな風に完全に問題児の彼がイライザと共にダンジョンに潜るというのは、なんとかして彼女と関係を持とうとする貴族の子弟達からすれば到底許せるものではなかったのだ。
下手に羨むこともできないライエンの分も、アッシュは完全にやり玉に挙げらっていた。
アッシュからすれば完全なとばっちりである。
ただアッシュは正直、周囲に気を配るだけの余裕がない。
何故ならこのあと打ち合わせをしたら――とうとう始まるからだ。
魔王軍幹部ヴェッヒャーとの死闘を前に、アッシュは完全に意識を戦闘用に切り替えている。既に周囲の声も、どこか遠くから聞こえる雑音にしか聞こえなくなっていた。
「ひっ!?」
「――へ、平民のくせに生意気なっ……」
思わず漏れ出してしまった殺気をまともに浴びた生徒達は捨て台詞を言い残し、去っていく。
そんなアッシュの様子を、生徒を散らすための威圧と勘違いしたライエンが呆れの視線をよこす。
「……殺気が漏れてるぞ、アッシュ」
「柄にもなく緊張してるのかもな」
「緊張って……『始まりの洞窟』に潜るだけなのにか? おかしなやつだな」
イライザは不思議そうに首を傾げる。
多分、というか間違いなく彼女もそしてスゥも、持っている固有スキルを使った全力戦闘をすることになるだろう。
ライエンの覚醒に期待できない現状、戦力的な不安は常につきまとうことになる。
シリウスのことも考えれば、何事もなく倒せるかどうかはわからない。
だがそんなことをバカ正直に言えるはずもなく。
アッシュはただ闘気を漲らせながら前に進むことしかできなかった。
そして残る三人は、そんなアッシュのことを、不思議なものを見るような目で見つめるのだった――。




