狂ってる
「さて、それじゃあそろそろこのダンジョンで起こってるらしい異変の元凶を潰しに行くとするか」
「はいにゃっ!」
アッシュが事前に湖で訓練をしようと決めたのには、無論理由がある。
ヴェッヒャー討伐のための自己鍛錬……だけではない。
彼はわずかな違和感を感じていた。
原作知識だけでは、現在起こっている冒険者達の行方不明事件に理由がつけられないからだ。
(でもこの『ノームの洞穴』で起こる異変って言われてもな……)
通常、ダンジョンで起こるランダムイベントはそれほど多くない。
魔王軍幹部であるシリウス・ブラックウィングのゲートによるダンジョン間移動や、ミミなどを始めとした居場所がコロコロ変わるキャラとのランダム接触イベントがある程度。
ある程度ストーリーが進行すれば、魔王による魔物の強化がされる。
それによって魔物が凶悪化しダンジョンからの帰還者が減る、というのならまだ納得できるが……。
(それにしてはタイミングが早すぎる。ライエンの神託が一年早まったとはいえ、魔物の凶悪化によって生じることになる王都防衛戦が始まるのはまだまだ先の話だ)
エンカウントすれば自動で戦闘に入る『武神』や『辻斬り』がいたのならまた話は変わってくるが、王国の中でも規模の小さなこのダンジョンに彼らが来るはずもない。
本来のm9であれば起こりえないイベント。
となると異変は、原作知識では説明のつかない理由に拠っているはずだ。
(まあなんにせよ……先に進むだけだ)
アッシュは遅延の魔法の習熟に努めながら、鎧袖一触で魔物を屠っていくのだった――。
アッシュ達は進んでいく。
彼らが最奥に存在するボスを倒した時も、異変の原因を発見することはできなかった。
「何もなかったな」
「何もないならそれが一番にゃ!」
だがそれだと冒険者達が消息を絶った理由が説明できない。
アッシュはボス部屋にいたボスを屠ってから、よく周囲を観察することにした。
「ん……?」
頭の片隅に生じた違和感、そして突如感じる殺気。
アッシュは思い切り後ろに飛びながら、殺気の方向へ魔法の弾丸を放つ。
「ぐあああああっ!?」
アッシュの魔法の弾丸の威力は、既に一般人のそれではない。
『ノームの洞穴』のボスすら一発で沈めた彼の魔法の弾丸は、襲撃者の胸に吸い込まれるように飛んでいく。
だが……。
「耐えたのか……意外にタフだな」
「ぐっ、なんだ、こいつは……」
目の前にいる男は、アッシュの一撃を食らっても未だ倒れずにいる。
ダメージは食らっているようだが、問題なく動けているようだ。
「シッ!」
「――ぐうっ!?」
近づき、一閃。
今度も防がれた。
剣圧で浅い傷はできたが、相手はこちらの攻撃をしっかりと受け止めてみせる。
どうやら近接戦闘能力もなかなか高いらしい。
(見たことのないキャラだ。だがモブにしてはちょっと強すぎるな……こいつは一体、何者だ?)
二撃目はいれず、一旦距離を取る。
そしてはぁはぁと荒い息を吐く目の前の男を観察した。
髪の色は緑、そして着ているのは黒のコート。
目には眼帯をしており、その手には黒塗りの長剣を持っている。
コートがひらりと翻った時、腰のベルトに短剣がずらりと並んでいるのが見えた。
特徴的な見た目をしているが、m9には間違いなく出てこなかったキャラクターだ。
モブでもこんなキャラを見た記憶がない。
見た目とその雰囲気からも、明らかに薄暗いものを感じる。
暗殺者の類だろうか。
だがそれなら一体、誰を殺しにきたというのだろう。
「お前、何者だ?」
「……」
「黙秘、か……なら直接、身体に聞いてやる」
アッシュは即座に後ろに回った。
そしてそのまま男の腕をひねり上げ、地面に倒す。
その腕を背中に回し、自重を乗せて骨をへし折る。
「ぐああああああっっ!」
「何故このダンジョンで人殺しを?」
「ぐ……言うわけないだろうがっ!」
アッシュに拷問の心得はない。
けれどいい乱数を引き当てランダムイベントを望み通りに引き出すための労力を惜しまない廃ゲーマーは、心の折り方はよく熟知していた。
回復魔法を使っては治しては、再度折る。
方向を変えて、場所を変えて、敢えて間違った接合をして。
何度も骨を折っていく。
やっているうちにリズムゲームのように思えてきて、アッシュはテンポ良く骨を折っては治していく。
「こ、こいつ、笑ってやがる……狂ってる! クソッ、こんな奴に手を出すんじゃなかった!」
最初は威勢の良かった男も、流石に全身の骨をくまなく折られては治されるということを続けるうちに、その声は小さくなっていく。
そして最終的には……。
「ゆ、許してくれ、なんでも話すからっ!」
心が折れ、アッシュに事情を説明するのだった――。
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