雲
アッシュの行動範囲は増え、自由裁量も大きくなってきた。
そしてとうとう、レベルも45を超えた。
これはアッシュが当初、転生してからさほど時間が経っていない時に想定していたレベル――魔物達の王都襲来イベントの際にやってくる魔王軍幹部の討伐推奨レベルを既に超えている。
(恐らく今の力があれば、ヴェッヒャーを倒して、負けイベントを覆すことができる……はずだ)
レベル40を超えてもシリウスを相手に苦戦したのは、単純に相性が悪かったからだ。
アッシュの強みは剣技と魔法の弾丸、そして極大魔法とそれを掛け合わせることによって生み出すことのできる必殺技。
大量の魔物を召喚するシリウス・ブラックウィングをシルキィとナターシャと共に相手にするというのは、彼からすると少し条件が悪かったのだ。
アッシュは魔法の弾丸シリーズと中級魔法、そして極大魔法を使いこなすことができる。
だがレベルの上昇に伴い、極大魔法の威力と効果範囲も上がっている。
もし誰かと共闘した時に使えば、確実に味方を巻き込んでしまうほどに。
アッシュは使える力のバリエーション的に、一対一、もしくは一対多の戦いが一番力を発揮できるのである。
(あるいは、自分が巻き込んでも気にしないような奴との共闘……とかな)
脳裏に一人の少年の姿が浮かんだが、すぐにそれを掻き消す。
アッシュ単体であっても、シリウスを相手にギリギリ勝つことはできていたはずだ。
あれは本来であればもっと後、m9のストーリーの後半で戦うことになるボスキャラだ。
シリウスとも戦える力があるのだから、最初期に出てくるボス(しかも負傷中)を相手に苦戦する道理はない、はずなのだが……。
(……不安だ)
ことは自分の運命に関わること、用意をしすぎるということはない。
アッシュは一切の手抜かりなく、残された時間をしっかりと己の強化に充てることにした。
レベルは十分、現在の狩り場ではもうほとんどレベルが上がらなくなっている。
魔法も属性魔法の弾丸を揃えたことで、一通りは満足できるようになった。
剣技の方は――ナターシャの教えはあるが、まだまだ半人前。どうしてもステータス頼りにはなりがちだ。
であれば今鍛えるべきは剣技。
そしてこの世界にはレベルアップ以外にもう一つ、一気に強くなることのできる手段が存在している。
それが――。
「巻物――まだあるといいんだが」
そう、スキルを獲得することのできる巻物である。
アッシュはレベルアップと魔法の習得が一段落したところで、更なるパワーアップのために巻物集めに勤しむことにした。
巻物はフェルナンド王国全土に散らばっており、収集には困難が予想される。
そして既に時節は秋も過ぎ冬に差し掛かろうとしている。
ダンジョンに潜るまでに残された時間は、マリア校長から無理矢理聞き出したところによるとあと半年もない。
アッシュは急ぎ、王国中を駆け回り自分に必要な巻物を集めることにした。
彼がまず手に入れようと向かった先は――メルシィの父であるヘレイズが治めているウィンド公爵領は南方にあるダンジョンである。
ダンジョンと探索エリアは似て非なるものだ。
簡単に言えばダンジョンは魔物がリポップ、つまりは自動で湧いてくる場所。そして探索エリアはそうでない場所と言っていい。
ダンジョンは古代の技術で作られており、現代の魔法技術で再現することは難しい。
そしてダンジョンは古代人の手が入っているために、時折現れるワープホールや隠されている秘密の部屋の先へと進むことで、巻物を入手することができるようになる。
アッシュが目指すことになるダンジョンは、サシサエ雲海という場所だ。
ここは攻略難易度はさほど高くないのだが、少し変わっている。
このダンジョンは階層が一つしかなく、大きな大きな空になっている。
進もうとする冒険者達は雲に備え付けられている石段を上りながら、えっちらおっちらと進んでいくのだ。
アッシュは近寄ってくる雲型の魔物を鎧袖一触に倒していきながら、雲を上っていく。
そして目的の場所へやってきた。
そこは段の続いていない、一見すると行き止まりにしか見えない雲の途切れた場所。
けれどそこに見えない通路が続いていることを、アッシュだけが知っている。
「ファイアボール!」
魔法を打ち込んでいくと、一箇所だけ明らかに魔法を弾いた箇所がある。
アッシュは魔法の弾丸で細かい位置を確認してから、もってきた塗料をぶちまけた。
食紅の大半が雲の下へと落ちていき、そして残った部分が赤い道のりを指し示していく。
ごくり、とアッシュは生唾を飲みこんだ。
ゲーム知識でわかってはいるのだが……下を覗けば、やはり怖くなってくる。
そこに広がっているのは、晴れ晴れとした青空だ。
このダンジョンは雲から落ちた場合、それだけでゲームオーバーになってしまう。
大したものも出ないために不人気であり、おかげで今の今まで巻物が回収されないでいる。
「やる……やるぞ。せっかくここまで頑張ってきたんだ、ヴェッヒャーなんかに殺されて、たまるかよっ!」
アッシュは勇気を持って――一歩を踏み出した。
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