オンジン
「あのっ、すみませんっ!」
やるのよメルシィ、ダメよできないというループを一週間ほど続け。
ようやっと三十三回目のチャレンジで、メルシィはアッシュに声をかけることができた。
それをされた驚いたのはアッシュの方だ。
今まで遠巻きに見て眺めているだけで満足していたメルシィのいきなりの登場に、驚かない方が難しい。
なんだか最近視線を感じるな……と感じることは、一度や二度と言わずに何度もあった。
けれどそれがまさか自分が思いを寄せるメルシィからのものだとは、まったく気付いていなかった。
たしかにメルシィのことを樹の上や木陰から横目に見ていた時、ふと視線が交差したかもしれないと思ったことはあった。
けれどそれは例えるなら、『今俺は○○ちゃんと目が合った! ○○ちゃんが俺を見ている! ○○ちゃんが俺を見ている!』と叫ぶ厄介オタクのようなものだとばかり思っていた。
視線が合っていると思っているのは当人だけという悲しいパターンだと考えていたので、まさか本当に見られているとは考えもしなかったのだ。
声をかけられたアッシュの方は目を白黒させているが、メルシィは緊張していてそのことに気付かない。
「ごきげんよう、アッシュさん……で間違いないありませんわよね?」
「どっ、どどどどどどどどどどどどうも」
怒濤の勢いでどを連発するアッシュの様子は明らかに常軌を逸していたが、メルシィも内心がパニックになっているのでどちらも似たり寄ったりだ。
けれど内心が顔に出やすいアッシュとは違い、メルシィの方は心中が表に出ない。
「アッシュさん、よければお話がしたいのですけれど」
「ぼ、ぼぼ僕で良ければっ!」
アッシュの許可がもらえたので、メルシィは魔法学院の近くにある喫茶店を脳内でいくつかリストアップすることにした。
(虎茶……が一番行きたいけど、あそこは会員制だから知り合いに会員がいない私だとまだ入れないし……メイリィ飯店あたりにしとこうかな)
二人が向かったのは、異国情緒溢れる喫茶店であった。
中にいるウェイトレスはチャイナドレスを着ていて、見事に皆かなり深めのスリットが入っている。
けれど下品には思えないのは、彼女達のキビキビと動く様子からそのプロフェッショナルな部分が覗けるからだろう。
メルシィはウーロン茶を、アッシュはとりあえず飲茶を何種類か頼む。
(な、なんでメルシィが俺をっ!?)
アッシュの内心はパニックだった。
自分が何かをしたのか。
いや、した。めっちゃした。
でもメルシィはなんのために。
いやそもそもメルシィはどこまで自分のことを知って……。
色々な考えが頭を過っては消えていく。
「アッシュさんはあのアッシュさんで、モノ……ということで、間違いありませんわよね?」
なるほど、俺の正体がバレたのか。
アッシュとしては自分がどこまで権力に食い込んでいるかとか、自分がどこまで色々なものを知っているのかといった方向で考えていたので、ホッと安堵の息を吐く。
そもそもメルシィには、自分から自発的に名前を教えている。
アッシュがあの武闘界で優勝をしたアッシュと同一人物であると類推できても、まったくおかしなことではない。
「はい、そうですよ。俺はあの時のモノです」
バレているのであればしらを切る必要はない。
それにメルシィを相手にして嘘をつきたくもなかった。
アッシュの答えを聞いて、メルシィが露骨にホッとした顔をする。
どうやら彼女にとっては、アッシュがモノだったのかどうかがよほど重要ごとだったらしい。
「私、モ……アッシュさんのことを探しておりましたの。けどアッシュという名前の人間は、王国中にごまんといます。何度かあなたかもしれないと探しに行っては失敗する……ということを繰り返すうちに、もう会えないものだとばかり思っていましたの……」
そう言ってメルシィは瞳を潤ませる。
その様子に焦るのはアッシュの方だ。
まさかメルシィがそこまでして自分を探してくれていたなどとは考えてもみなかった。
ぺこぺこと謝るアッシュを見て、メルシィは泣き笑い。
アッシュが緊張しながら飲茶を思い切り頬張り、中から飛び出してくるアツアツの肉汁の温度にも気付けぬほどに恐縮している様子を見ているうちに、メルシィの表情は笑みへと変わった。
そして彼女は一度笑い止んでから――ゆっくりと、綺麗にお辞儀をする。
「アッシュさん、ありがとうございます。あなたのおかげでウィンド公爵家は――王国を裏切らずに済みました。あなたは私の――命の恩人です」
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