対面
メルシィ=ウィンドは授業が終わると速やかに魔法学院を後にすることにした。
考えても頭の中がまとまらなかった彼女の向かう先は、一人になることのできる自宅である。
「あらメルシィ様、ごきげんよう」
「シュット様、ごきげんよう」
急ぎ帰ろうとするメルシィだったが、自分と同じ貴族令嬢がいればすぐさま立ち止まって挨拶を返す。
そしてドレスの端をちょんと摘まみながら略式の礼をする。
貴族の子女たるもの、どんな時であれスイッチのオンオフはできるようにならなければならない。
メルシィははしたなく思われない程度の早足で、帰りの廊下ですれ違う知り合い達に折り目正しく礼をしながら学院をあとにする。
そして校門前で待たせていた馬車に乗り、自宅へ戻る。
馬車の窓から知り合いの顔が見えた時には、はしたなくない程度に身を乗り出してから、ひらひらと手を振って挨拶をすることも忘れない。
(本当は歩いて帰りたいですけれど……さすがにそんなことをしては、お父様が悲しんでしまいますし)
魔法学院には貴族でも通えるような寮が存在しているが、家が近い人の場合は実家からの通学も許されている。
メルシィの場合は寮暮らしに密かな憧れを持っていたが、残念なことに父は許可を出してはくれなかった。
メルシィの父であるウィンド公爵は、基本的には新しいものに対しては否定的な人間だ。
そのことが非常に悲しかったメルシィであったが、そんな感情を表に出してはいけないと常に自分を戒めている。
徹底した淑女教育を受けてきたメルシィは、人前で決して無様をさらさないのだ。
仰々しい白塗りの馬車で門を潜ると、その先に広がっているのは広々とした庭園だ。
ここ最近木々が動物の形に刈り揃えられているのは、メルシィが庭師に出した希望によるものだった。
メルシィはかわいいものが好きだ。
何度も目にすることになる庭園だからと、少しだけ無理を聞いてもらったのだ。
今回の形は、リスと鹿だった。
いくつかのバリエーションがあるが、今回のものはメルシィが好きなファンシーな仕上がりになっていた。
少しだけ上機嫌になりながら、馬車の中で軽く揺れる。
それを見る執事もどこか楽しげな様子だ。
けれどドアが再び開く時に、メルシィはまた氷の仮面を付ける。
貴族たるもの、相手に弱みを見せるようなことがあってはならないからだ。
屋敷に戻ると、今日は丁度父であるウィンド公爵が帰ってきていた。
普段はいないのだが、どうやら何か用事があったらしい。
ウィンド公爵であるヘレイズは、相変わらず縦にも横にも広かった。
一時期は灸を据えられたショックからげっそりと骨と皮だけのミイラのようになっていたというのに、今ではすっかり元通りだ。
父に形式通りの挨拶をしてから、すぐに歩き出す。
メルシィは父のことが決して嫌いなわけではない。
けれどこのフェルナンド王国を裏切ろうとした事実はわだかまりとしてメルシィの心の中に残っている。
典型的な悪徳貴族のような見た目をしたウィンド公爵。
あまりにも貴族らしいその生き方は人によっては目を潜める類のものだが、メルシィは彼が領民に対してだけは何より優しいことを知っている。
外と内との間の差が大きいだけの人なのだ。
だから誤解されやすいし、内側のことを大切にするためにあまりにも外のことをないがしろにし過ぎてしまう。
長所でもあり欠点でもあるその部分が、メルシィは嫌いではなかった。
ただ実の父である公爵相手にも甘えた態度を見せることはなく、メルシィは広い屋敷を歩いていき、すれ違う使用人達に傅かれながらようやっと自分の部屋へと辿り着く。
中へ入るとすぐにメイドに部屋の外で待つように伝える。
そしてそこからが……メルシィ=ウィンドの、本当にプライベートな時間だ。
「ふうぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~」
彼女はここでようやく、ウィンド公爵家の長女という立場から解放され、一人の女の子としてくつろぐことができるようになる。
今の彼女の脳内を埋め尽くすのは、幼少期と今の姿の重ならない、とある一人の人物について。
「アッシュさん――」
メルシィにとって、あの武闘会の年少の部はそれはもう鮮烈な記憶として残っていた。
あの時のアッシュとライエンの全力の技のぶつかり合いは、目を瞑れば今でも思い出すことができる。
メルシィはあの時ライエンを凌駕したアッシュと、今のアッシュがまったく重ならなかった。
今のアッシュと言えば、魔法学院では不良の代名詞のような存在だ。
授業をサボることなんか当たり前。
上の人間をなんとも思わぬ傲岸不遜な人間で、学校を平気で無断欠席することも多い。
メルシィとしてもただ名前が同じだけの他人なのだと思っており、彼になんの処罰も与えない学院の教師陣達に対して不信感を持っていたほどだ。
けれど二人が同一人物だというのなら、また話は変わってくる。
きっとアッシュがそれだけのことをしなければならない理由があるのだ――そう自然に考えてしまうほどに。
メルシィにとって、アッシュという存在はライバルや目指すべき目標といったものではまったくなく。
とてもではないが自分では追いつけないと思ってしまうような、一種の信仰の対象になっていたのだ。
「やっぱり一度、勇気を出して声をかけ……ううん! やっぱりそんなことできない、恥ずかしい!」
メルシィはベッドにダイブをしてから、ゴロゴロゴロゴロと縦横無尽にベッドを転がる。
もしアッシュがその姿を見たら悶絶するであろう普通の女の子らしい一面を見せた、メルシィはグッと握りこぶしを作りながら起き上がった。
「いや……やるのよメルシィ! 勇気を出すの!」
こうしてメルシィは一人、アッシュとじっくりと話をしようという決意を固めるのだった。
メルシィを尊いと思い遠くから後方彼氏面をしているアッシュと、アッシュの戦っている姿を神格化しているメルシィ。
どっちもどっちな二人は、こうして入学してから三ヶ月近くが経ち、そろそろ夏休みが始まってしまうという段になって、ようやく顔を合わせて話をすることになるのだった――。
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