人違い
時刻は午前十時過ぎ、休憩時間が終わり二限が始まろうかという時間。
ユークトヴァニア魔法学院の校舎横にある休憩スペースで、アッシュはいつものようにぼけーっとだらしない顔をして過ごしていた。
今は原っぱの上に寝転び、木陰で目を瞑っている。
時折漏れ出してくる木漏れ日がうっとうしいので、顔には本を被せていた。
普段はめったに使わない学院の教科書の、まったくもって有効的な使い道だった。
(最近は小物の処理は終わってきた……あとはあの人をなんとかすれば、とりあえず学院内のスパイはなんとかできる。ライエンの詳細がバレさえしなければ、あとはなんとかなるだろ)
まどろんでいるアッシュは、ここ最近働き通しだった。
なんやかんやで結構仲良くなってしまったリンドバーグ辺境伯に言われるがまま、魔王軍関連の調査に駆り出されたり。
このままライエンの情報が抜かれすぎたらマズいと思い、校内にいる魔王軍側のスパイ達を、ストーリーの進行上問題がない範囲で潰していったり。
自分にしては働き過ぎたと思っている。
正直なところ、シリウス・ブラックウィングを倒してからというもの、辺境伯が自分を見る目が真剣になりすぎてちょっと怖いのだ。
このままでは本当にシルキィと結婚させられてしまいそうな気さえしてしまうほどに。
無論、いやという訳ではない。
あんなに綺麗な気だるげ美人とそういう関係になれるのなら、諸手を挙げて歓迎すべき事態だろう。
しかも辺境伯家の一員になれるわけだから、世間的に見れば超がつくほどの逆玉だ。
だがアッシュはリンドバーグ辺境伯から度々そのことについて言及されても「当人同士の気持ちが~」とか、「やっぱり身分の差が~」などと適当な理由をつけてはぐらかしてばかりいた。
その理由は――アッシュ自身にもわからない。
だが将来のことについて思いを馳せる時、脳裏に浮かぶのは彼女の笑顔だった。
自分が愛して止まない推し、メルシィ=ウィンド――結局あれ以降、話すことはなかったけれど、ウィンド公爵の寝返りは阻止できたのだろうか。
リンドバーグ辺境伯にそれとなく探っても問題なさそうな様子だったので、恐らく良い方向には転がっているとは思うのだが……。
ちなみにメルシィの方も何か思うところがあるからか、時折アッシュにが話しかけたそうな顔をしている時はあった。
もちろんアッシュは、レベル上げとナターシャのシゴキによって極限まで高められた身体能力を遺憾なく発揮して、全力で逃げている。
アッシュは推しの認知とかよりも、推しの幸せを願うタイプのオタクなのだ。
(とりあえず、またしばらくは適当にどこかに遠出でもしようかな。使える魔法の数は、多いに越したことはないし)
アッシュとしては正直、ある程度色んなところからのほとぼりが冷めるまで、目立つような動きをしたくなかった。
幸い辺境伯が校長にオハナシをしてくれたおかげで、アッシュはいくらでも自由が利く立場にある。
さて、それなら次はどこに出掛けようか。
最近は依頼料なんかも増えてきて懐事情も大分明るい。
折角なら奮発して、豪勢な宿でくつろいでから美味い飯に舌鼓を打とうかなぁ……などとのんきに考えていいた。
だが暖かくなり始めた陽気とちょうどいい湿度が、アッシュのことを夢へと誘う。
今自分がまどろんでいるここが夢かうつつか、その境界も曖昧になってきた昼時のことだ。
「ファイアアロー!」
「――っ!? 魔法の連弾!」
いきなりやってきた、肌を突き刺すような殺気。
このままではやられると直感したアッシュは、即座に思考を戦闘モードに切り替えて迎撃の態勢を取った。
けれど相手の殺気は、その一瞬で霧散した。
目の前には一人の人物がおり、ジッとアッシュの方を見つめている。
マズった、と思った時には既に遅かった。
目の前の少年――ライエンの顔を見れば、もう何を言っても手遅れだと察するに余りあったのである。
「見つけたよ――モノ」
「人違いでは……? あででっ、痛ぇ、耳引っ張んなって!」
アッシュはしかめっつらをしてやり過ごそうとしたが、さすがに以前のようにはいかなかった。
こうして間抜けにもライエンに正体がばれてしまったアッシュは、観念して勇者様のあとをついていくのだった――。
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