あの日見た
女教師のエリカのことは、もちろん知っている。
基本的に誰に対しても分け隔てなく接することで有名な、魔法学院の中でも有望な教師だ。
その胸部の豊満さからも、男子生徒の中には密かに彼女のことを狙っている男子が多数いるという話だ。
生家は貴族ではないものの、商売を営んでいたはずだ。
その出生に後ろ暗いところがあるような人間ではない。
いったい何の間違いか――そう考えたライエンの思考に空白を生むのは、突如として発生した爆発だった。
ドゴオッ!!
窓ガラスが割れ、ライエンは思わず後ろにとびずさる。
なんらかの魔法がぶつかり合ったのだろう、大きな衝撃が室内をたわませているのが傍から見てわかった。
「ちいっ、バレちまったらしょうがないねっ!」
「まだ育ちきる前の魔人で助かったよ……下手に貸し作ったら、後が怖いし」
見ればエリカの頭には、先ほどまで見えていなかったはずの二本の角が生えていた。
そしてそのスカートの裾からは、まるで生き物のように動いている黒い鞭のような尻尾が生えている。
エリカはいつの間にか背に抱えていた剣を掴み、振り下ろす。
対しアッシュもまた、どこかに隠していたらしい剣を取り出してそれを受け止めた。
再び衝撃、そして両者は激突を繰り返す。
魔法が飛び、剣戟が鳴らす甲高い音が校舎に響……かない。
いっそ不気味に感じるほどに、校舎内は静けさを保っていた。
(こんな大事が起きているのに、いったい先生達は何をやってるんだ!)
理科準備室は人通りの少ない研究棟にある建物とはいえ、それでもある程度の人通りはある。
それに今は授業中だ、普通に考えれば音が気になりやってくる野次馬の一人や二人来たっておかしくはない。
けれど誰一人としてやって来る様子はない。
そもそも爆発に気付いた様子すらなかった。
これは明らかな異常だ。
なぜ音が聞こえない。
決まっている、何者かがこの事態にあらかじめ備え防音・遮音の風魔法を使っているからだ。
つまりこれはあらかじめ仕組まれた戦い。
絵図を誰が描いたかは、まったく想像はつかなかった。
けれど目の前で起こっている戦いを前に逃げ出すことを、ライエンの真っ直ぐな心根は許さない。
僕も加勢に――そう考えていたライエンが剣を鞘から抜くのを止めたのは、彼の視界の端にとあるものが移ったからだ。
「水魔法の弾丸」
真っ直ぐに、やや角度をつけて、またある時は弓なりの軌道で。
発射時の傾斜を変えることで、複数の魔法を同時に着弾させて、最大火力を叩き込むその手法。
使う魔法こそ魔法の弾丸から属性魔法の弾丸へと変わっているものの。
その軌跡を、その奇跡を――ライエンが見間違えるはずがない。
「間違いない、あの魔法の弾丸は……モノの――」
ドゴオオオオオンッ!!
ライエンの小さな小さな呟きは、校舎にヒビが入るほどの衝撃と爆発が打ち消した。
衝撃にライエンはかがみ込む。
そして万が一にもアッシュに見つかってしまわぬよう、急いで草木の中に身を隠した。
幸い彼が茂みに分け入ったガサガサという音は、着弾時の爆発音が掻き消してくれた。
「ほら、俺って影ながら学院の平和を守らなくちゃけない立場だからさ。ごめんね」
「フッ、私を殺しても無駄だ。第二第三の魔人が、まだこの学校に――」
「残念ながら、全員分の情報は掴んでるよ。お前らの魔人薬についても既に調べはついてる」
「なあっ――!?」
「だから安心して――逝けよ」
エリカの頭部を、一発の銃弾が射貫く。
右手で照準をつけて魔法を放ったその格好つけ具合や、傲岸不遜な物言い。
間違いなく、ライエンが知っている彼のものだった。
(やはりアッシュが――モノなんだね)
この時、ライエンはようやく確信を抱いたのだった。
長年探してきても見つからなかった、自分の宿敵が、アッシュその人であることを――。
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