勇者として
ライエンは以前と比べ、アッシュのことをよく観察するようになっていた。
だからだろう、彼はアッシュが時折消えるようにいなくなっていることにも気付いていた。
不思議なことに、いなくなったり、学校をサボったりしてもお咎めはない。
もちろん教師陣からのネチネチとした説教くらいは受けるが、彼が休学になったり退学沙汰になったなどという話は一度として聞いたことがない。
考えれば考えるほどおかしな話だ。
嬉々としてやめさせたがっている者達が多いのに、アッシュはのほほんと学校に通っているのだから。
もしその理由が、彼の実力にあるのだとしたら――。
ライエンの脳裏に、一人の少年の顔がよぎる。
自分が力に振り回されながらも己の持つスキルを覚醒させ、全力を出し――その上で負けたあの少年――モノ。
自慢でもなんでもないが、あれ以降ライエンが同年代との戦いで負けたことはない。
苦戦をしたことも、更に言えばそもそも本気を出したことすらほとんどなかった。
王女イライザに一度真剣に戦ってほしいと懇願された時に、『勇者の心得』の一つ目を使ったことがあったが、その時も彼女を圧倒して簡単に勝ってしまった。
そのせいで最近はイライザにつきまとわれることも増えたのだが……まあそれは今はいい。
ライエンはここ最近、己の身にかかっている色々なプレッシャーに嫌気が差し始めていた。
神童と持て囃され、勇者として将来を嘱望され、この世界の救世主となるのではないかと周囲から期待されていた。
それを重荷と思ったことは、一度もない。
けれど肩や背にかかる重圧を感じたことは、一度や二度では利かなかった。
誰も彼もが忘れているのだ。
未だライエンが、成人すらしていないただの少年であることを。
未成人の少年にどれだけ期待をすれば気が済むのか、と思い、ライエンはその度にこの世界の大人の頼りなさにため息を吐いた。
『勇者の心得』というユニークスキルを持ってしまったことで、神託により勇者であることが発覚してしまったことで、フェルナンド王国という大きなものの中の体制の中に組み込まれるようになっていると感じることが増えた。
有力者と顔を合わせることも多くなった。
最近では貴族の娘達の絵が送られ、ぜひ一度お見合いをと言われるようにすらなっていた。
正直なところ、俗世のしがらみというのは非常にめんどくさかった。
もういっそ、どこかへ逃げ出してしまおうか。
誰も自分のことを知らない場所へ行って、一人のライエンとして生きていこうか。
そうすれば自分はもっと危険と隣り合わせの場所へ行き、更なる力を身につけることができるのではないか。
正直に言えば、そんな風に考えたこともある。
けれどその時には彼の――モノの顔が頭に浮かんだ。
(僕は彼に並び立てるような人間でありたい。そして彼に今度こそ――勝ちたい。そのために力を磨いた、そのために我慢してきた)
もう一度モノと会った時に、彼に呆れられるような人間ではいたくない。
ライエンが最後のところで踏ん張ることができていたのは、モノに拠っている部分が大きかったのだ。
ライエンの中でモノの存在は日に日に大きくなっていた。
それゆえアッシュという謎の多い人物に、モノの姿を重ねてしまうのかもしれない。
ライエンとアッシュは隣のクラスだ。
だから彼は、窓から映る人物の姿を見てすぐに気付くことができた。
彼は何やら切羽詰まった様子で、廊下を駆けていた。
それを見たライエンの好奇心が疼く。
彼は気付けば手を挙げて、クラスの視線を集めていた。
「すみません先生、少しお腹の調子が」
「お、おお、そうか……保健室に行って、回復魔法をかけてもらうといい」
勇者であるライエンの機嫌を損ねぬよう通達でも行っているのだろう。
教師はおっかなびっくりな様子でライエンの行動を許す。
恐らくは彼が今まで真面目に授業を聞いてきたのも大きいのだろう。
まさか仮病を使っているとは思っても見ない様子だった。
ライエンは怪訝そうな顔をしているイライザの方には視線を向けず、いかにも調子が悪そうな様子で教室を後にする。
そして皆から見えなくなった段階で全力でアッシュの後を追いかけた。
彼に気付かれぬよう、しっかりと視線が切れる遮蔽物を使いながらの追走だ。
ライエンは無事に、ドアを開き中へと入っていくアッシュの背を見つけることに成功する。
「理科準備室……? どうしてあんなところに」
そうっと、黒いカーテン越しにライエンは中を覗く。
するとそこでは――。
「そろそろ言い訳も苦しくなってきたんじゃないのか、エリカ先生――いや、魔人エリカ」
「――っ!? な、なんのことかしら……?」
「しらを切っても無駄だよ、証拠は挙がってる」
この魔法学院でも一二を争う優秀さを誇るエリカ先生を詰めている、アッシュの姿があった。
彼の言葉を聞き、驚いたのはライエンである。
(エリカ先生が――魔人だって!?)
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