違和感
ユークトヴァニア魔法学院で新たに創設された特待生制度。
これを使って入学したアッシュの学内での評判は、日が経つにつれて右肩下がりに落ちていた。
最初は試験結果を含めてほとんどの部分がヴェールに包まれていた謎の人物だった。
そしてよくわからないが、別に大して座学も実技も成績がよくないということが徐々にわかってきた。
素行は悪く授業の遅刻は当たり前。
未来のエリートを育成する当学院にあまりにもふさわしくない。
そして最近では、学校を欠席することもかなり多かった。
つい先日のことだが、五日近く連続で学校を欠席さえした。
本来なら公欠でもない限りは許されないような暴挙だ。
さすがに目にあまると何人もの生徒達が校長であるマリアに直談判をしたが、彼女は頷いて話を聞いているだけで、一向に厳しい沙汰を下すことをしなかった。
実家の伝手を使って退学に追い込もうとする者もいたが、その目論見も全て失敗に終わる。
そのため誰もがぐぬぬ……と唸っていながらもアッシュのことをどうにもできないという事態になっていた。
その様子をおかしいと思っていた者は何人もいたが、中でもそれを特段の違和感として捉えていた人間が二人いる。
(やはり何かがおかしいと思うんだよな……)
世界を救う英雄になるという神託を受けた勇者ライエン。
彼は以前アッシュと会話をして、何か違和感のようなものを感じていた。
そしてそれは現在、明確な輪郭を作りつつある。
貴族の人間が働きかけてもアッシュを誅することができないということは、彼になんらかの貴族の伝手があるということ。
誰も彼もが失敗していることを考えると、高い爵位を持っている貴族とのつながりがあると考える方が自然だった。
だがアッシュは特待生であり、両親も特に何の変哲も無い平民である。
そんな人間が大貴族相手に伝手を持っている、というのがおかしい。
そして王女イライザに対する態度。
本来なら平伏して顔を見ることすら許されぬほどの高貴な存在である彼女を前にしても、アッシュは眉一つ動かさずに平静を保てていた。
子爵家の嫡男であっても話す際には気負わずにいられないような存在を相手にしてあそこまで自然体で話すことができる……そんなことが果たしてできるものなのだろうか?
ライエン自身伯爵家の令嬢と伝手があったり、イライザ相手にタメ口を利いたりと、実はアッシュとそれほど変わらぬ感じなのだが、自分のことは案外わからないものである。
ライエンは自分のことを完全に棚に上げて、そんな風に考えていた。
そしてもう一人、アッシュに何かを感じているもの。
その人物は――。
(アッシュさん……これは偶然の一致、なんでしょうか……?)
ウィンド公爵家の長女、メルシィ=ウィンドである。
彼女は遠目からしかアッシュのことを見たことがない。
だが遠目から見ただけで、すぐにわかった。
彼は自分が知っている――つまりは年少の部の武闘会で優勝したあのアッシュとはまったくの別人だと。
顔の作りが違うのに同一人物と言い張るのは、さすがに無理があった。
(アッシュさんと次に会えたら……あの時のお礼を言うつもりだったのに……)
メルシィはとある出来事を無事に乗り越えてからというもの、アッシュのことを探し続けていた。
けれど家の力も借りてまで捜索したにもかかわらず、アッシュに関わる情報は出てはこなかったのだ。
彼女もまた、ライエン同様本来の正史とは異なる人生を送っている人物の一人だった。
本来なら既に、ウィンド公爵は隣国と密通を重ね、有事の際には寝返る旨の書面をしたためていた。
そして後にそれが暴露され、公爵家は取り潰しになってしまうという流れだったのだ。
しかし歴史は、アッシュがメルシィへ忠告をしたことで変わった。
彼の言っていたことの真の意味をメルシィが知るのは、あれからしばらくしてのことだった。
父が敵国と内通しているかもしれないことに勘付いたメルシィは、自らの知り合いの貴族家から力を借りることで、完全に寝返る前に公爵の暴挙を止めることに成功した。
おかげで現公爵は貴重な二重スパイとして活動することになり、結果として王国になくてはならない存在へと変わりつつある。
そのきっかけを作ってくれた、恐らくはあの頃から公爵の何かに気付いていたのであろうアッシュ。
彼がいなければ今頃、公爵家は取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
そう考えてメルシィはアッシュを今でも探し続けている。
その理由がお礼を言うためだけなのかどうかは……本人にも、わかっていなかった。
(でもやっぱり……僕にはアッシュがあれほど弱い人とは思えない)
(同一人物なはずがないとはわかっています、けれどどうしてでしょう……私はあの人に、あのアッシュの面影を感じているのです)
二人の中にある疑念は、日に日に膨らんでいった。
そしてほとんど同じタイミングで、やはりアッシュから一度詳しい話を聞こうと思い立つことになる。
こうして二人はアッシュの下へと向かうことになる。
その結果がどんなものになるのか、まったく想像することもしないで――。
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