運命の歯車
「ん、君は……」
その少年――ライエンは一人剣を振っている最中だった。
周囲に他の生徒達の姿はない。
だが考えれば当たり前の話だ。
今は課外授業でも受けていない限り、ユークトヴァニアの学院生は教室で授業を受けている。
こうやって自由に動けるのは、イライザやアッシュのようにそもそも授業をサボっているような不真面目な人間だけなのだ。
(だがそれだとおかしい。ライエンが授業をサボるような不良だという話は聞いたことがない)
イライザはライエンと直に話したことはほとんどない。
顔を合わせたこともないし、その姿を知っているのは、遠目に見たことがあるからという理由だ。
だがライエンの噂は、先ほど会ったアッシュなどよりもよほどイライザの耳に届いてきている。
曰く、平民上がりだがなかなか見込みのあるやつ。
曰く、決してサボることを良しとしない勤勉なやつ。
ライエンの話はどれもこれも、彼のことをほめそやすものばかりだった。
イライザにはそれが少しばかり作為的なものであるような感じがしていたりもするのだが……今大事なのはそこではない。
「お前はどうしてここにいるんだ?」
「それは……少し理由があって」
言い淀んでから、ライエンは口をつぐむ。
どうやらその理由というやつを、教えてくれるつもりはないらしい。
特に仲良くもない人間になら当然だな、という納得。
そして王女である自分に対しても黙秘を貫くことへ対する怒り。
先ほどアッシュ相手に醜態を演じたからか、イライザはいつもよりいくらか気が立っていた。
「私みたいな不良と違って優等生なお前も、授業をサボったりすることがあるんだな」
「うん、まあ……その通りだね。僕の目標は、別に学校の成績で一番を取ることではないから」
自分より良い成績を残しているライエンのその言葉は、イライザからすればあてつけのように聞こえてくる。
だとしたらお前の目的は、いったいなんなんだ。
イライザの問いに、ライエンは答える。
「勝ちたい人がいるんだ」
ライエンはイライザの方を向くことなく、一心に木刀を振り続けている。
どれだけそれを続けていたのか、彼の足下の土は完全にめくれあがってしまっている。
ライエンは宙へと、その視線を固定させている。
イライザには彼の様子が、ここにない何かへと思いを向けているように見えた。
(なるほど……ライバル、というやつか)
人間、競争をするためには近くにいる好敵手の存在は必要不可欠だ。
共に切磋琢磨する相手がいるからこそ、自分をより高めていこうと努力を続けることができるのだから。
(――羨ましい)
イライザはライエンを見て、そう思ってしまった。
彼女の周囲にいるのは、彼女をほめそやす人間ばかり。
かといって上を見上げればそこには、届かぬことがわかりきっている達人達しかいない。
イライザにはそんな風に、共に自分を高め合える存在はいなかった。
ライエンが剣を振る。
先ほどまで心がささくれだっていたことも忘れて、イライザはそれに見入っていた。
ライエンは、一本の剣のようだった。
彼は愚直に剣を振り続ける。
その先にある何かへと、己を届かせるために。
イライザはライエンの瞳に宿る、その魂の力強さに気付いた。
確たる目標、競い合う仲間。
それがあるだけで、これほどまでに違うのか。
彼女はいつも一人である自分とライエンを、どうしても比べてしまう。
(私も……なれるのだろうか。この男のような、強い人間に)
それはイライザの心にあったわずかな残滓。
けれど、それがどんな残りかすであれ。
種火さえあるのなら、炎は再び燃え上がる。
人の心は、炎に似ている。
一度火が点けば、その勢いは増す。
そして燃え広がり、どこまでも己の心を燃え上がらせていくのだ。
「私も、魔法の練習をしていいか?」
「ああ、もちろん。今は二人しかいないぞ、貸し切りだからどれだけ派手なことをしてもいい」
「そうか……そうだよな」
イライザは意識を集中させる。
先ほどアッシュにあしらわれたこと。
そして今のライエンとのやり取りと、彼が見ているもの。
全てを一旦脇に置き、自らのことにだけ集中する。
今がきっと、前を向くのに最適なタイミングだと、そう思ったから。
「タイダルウェイブ」
放つのは、上級水魔法タイダルウェイブ。
イライザが持つ固有スキル『水瓶の女神』によって威力増大がなされたその一撃は、裏庭をまるごと飲み込むほどの莫大な波となって流れていく。
その水の奔流を見て、ライエンは言った。
「君は……もしかして」
「私は――イライザ。イライザ・フォン・フェルナンド」
自分が修行の片手間で話をしていた相手がこの国の王女であることを聞き、ライエンはすぐにその非礼を詫びようとした。
けれど彼女はサッと手を振って、しなくていいと呟く。
ライエンは敬語を使おうとしていたが、慣れていないのがまるわかりだった。
イライザは軽く笑い、さっきと同じでいいとだけ伝える。
ライエンもその方が楽なようで、さきほどのぎこちなさが嘘だったように、普通の話し方で話し始める。
「どうだ、私の水魔法もなかなかどうして悪くはないだろ?」
「あ、ああ……これほどすごい魔法を見るのは、二度目だ」
「――二度目?」
ああ。
それだけ言うと、ライエンは一つ頷いてから、空を見上げる。
その拳は固く握られていた。
「僕が勝ちたいと思っている相手の魔法は……もっとすごかった」
「そうか、だが……」
「しかも話を聞けば、彼は僕と同い年だったんだ。それ以降、彼とは会えていないけれど……いつかは絶対、超えてみせる」
自分は超えられない相手を見て、諦めてしまった。
けれどライエンは同じ境遇になっても、拳を握って前を向く。
その強さを身につけることができれば。
自分ももっと、前を向いて走ることができるだろうか。
(少し……真面目にやってみようか)
これからの生活態度を、改めるのもいいかもしれない。
そんな風に思いながら、イライザは後学までにとライエンが目指す相手の名前を教えてもらう。
「彼は……モノと名乗っていた。今考えると、偽名かもしれないけど」
「たしかに、聞いたことのない名だな」
「魔法の弾丸を、誰よりも上手く使いこなす男だったよ」
「……ん?」
魔法の弾丸を使いこなし、偽名を使って雲隠れするようなふざけた男。
何故だかイライザはその人物像を聞き、一人の人物を思い浮かべてしまった。
「なあ、それってもしかして……」
――こうして運命は、再び交差することになる。
ライエンの止まっていた時間は、今再び動き出そうとしていた――。
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