不良王女
イライザ――フェルナンド王国第一王女、イライザ・フォン・フェルナンド。
彼女は本来ならば、王位を継ぐ立場にある。
けれど近年、彼女を王位継承者から降ろし、長男であるウィラード・フォン・フェルナンドを王位に就かせた方がいいのではないかと、にわかに騒がれるようになり始めている。
その原因は、イライザの素行不良にあった。
いつからか、徐々に徐々に王女として相応しくない行動を取るようになっていった彼女は、今では市井の人々からとあるあだ名で呼ばれている。
フェルナンドの『不良王女』、と……。
イライザは幼い頃から、なんでもできた。
そして神から寵愛を受けた証である、固有スキルを手に入れることができている。
イライザの持つ固有スキルは『水瓶の女神』という。
女神が抱える水瓶からは無限の水が、尽きることなくあふれる。
そんなおとぎ話に由来を持つこのスキルは、水魔法にあらゆる補正をつけることができる。
威力の補正も無論大きいが、やはり一番強力なのはMP消費に関する補正である。
彼女は水属性に限定こそされるものの、実質ほぼ無限に魔法を放つことができる。
彼女はMP消費を気にすることなく、自らの体力の限界が訪れるまで、魔力の消費を気にせずに水魔法を行使することが可能なのだ。
この破格の固有スキルが手に入る前から、彼女は同世代の中でも頭一つ、いや二つほど飛び抜けた頭脳と才能を持っていた。
幼少期から筆記試験で誰かに一位の座を譲り渡したことはなかった。
魔法の打ち合いで、誰かに劣っていると感じたこともなかった。
だがイライザは、常々自分のことをこう思っていた。
『私は、天才ではない』
イライザはなんでもできる。
たしかに同年代で見れば、一番成績はいい。
魔法の実技でも、誰かに水をあけられたこともない。
けれどそれは、イライザの日々のたゆまぬ努力の賜物だった。
成績がいいのは、誰よりも勉強をしてきたからだ。
魔法の飛距離を稼ぐことができるのは、誰よりも魔法の練習をしてきたからだ。
自分に才能がないからこそ、誰よりも努力を続けた。
きっといつかその先に、自分が思い描いた女王としての姿があると願って。
けれどイライザは……途中で、折れてしまった。
いや、折れてしまったという言い方は正しくないかもしれない。
彼女は気付いてしまったのだ。
自分という人間の限界に。
自分では至れない領域があるのだという事実に。
彼女は決して、周囲が言うような神童ではなかった。
イライザの周囲(同年代を除いて、という意味での)には、彼女が霞むような天才が多数揃っていた。
例えば、王都に控えている『四将』達。
彼らの中には固有スキルを持っている者もそうでない者もいる。
彼らを相手に戦っても、自分が勝てるとは思えなかった。
自分と同じ年代の頃の彼ら彼女達と比べて、果たして自分の才能は勝っているか。
イライザにはそうは思えなかった。
そして結果として彼女は――己の力を振り絞って努力することを止めた。
どれだけ頑張っても、届かない領域があるのだと、そう知ってしまったから。
それほど努力はしなくとも、彼女の地頭や才能は人よりずっと優れている。
だから今までより少し劣ってはいたものの、十分な成績を残すことはできた。
周囲の人間はこう言った。
『さすがイライザ王女殿下ですね!』
いったい何がさすがだというのか。
イライザが手を抜くようになったことに、気付く者はいなかった。
本当に自分のことを見てくれる者は、どこにもいないのだ。
彼女が強い疎外感や孤独を感じるようになったのは、この頃からだった。
イライザは自分が何をしたいのか、そして他人から何をしてほしいのか。
そのどちらに答えを出すこともできず、時間だけが経っていった。
イライザは家庭教師の授業をサボるようになった。
けどそれでも……周囲はそんなイライザのことを、とがめなかった。
彼女の苛つきは増した。
イライザは固有スキルを授かった。
なんでもこの『水瓶の女神』を手にした人間のリストの中には、かつての『水将』も名を連ねているらしい。
周囲の人間は、イライザのスキルをほめそやした。
だからなんだと、彼女は更に態度を硬化させていく。
けれどほどよく手を抜いても、完全にサボることだけはしなかった。
父から教わってきた、王族としての矜持。
それを完全に忘れてしまえるほど、イライザという少女は馬鹿ではなかったから。
彼女は学校に通うことを決めた。
イライザは一応と受けた試験の結果に驚いた。
秘密裏に教えられたその内容で、彼女は自分が土をつけられたことを知った。
筆記試験、実技試験、そして総合結果。
その全てで、三位という順位だったからだ。
今まで同年代の人間に負けたことはなかった。
それがどんな人間なのかは少しだけ気になったが……別に接触したりはしなかった。
果たして自分より優れている人間を見てなんになるのか。
その者達を追い越そうと、かつてのように必死に努力をするわけでもないのに……。
だが今日、そのうちの一人と邂逅した。
総合二位の男の名は、アッシュ。
平民の生まれで、自分と同じく不良と呼ばれている生徒だった。
彼もまた、力を持っている人間だった。
才能も間違いなくある。
だが恐らくは彼も、自分の限界というものを知っているのだろう。
アッシュは自分と同類だ。
イライザはそう理解した。
けれどそんな同類に、自分は軽くあしらわれた。
『生まれてからこの方、あれほどの屈辱を味わったことはない!』
イライザは、大変なショックを受けていた。
彼女は塞ぎ込み、誰とも話さず、ただぼうっとしながら時間が経つのを待った。
だが、昔の名残か。
以前の自分の残滓でも残っていたというのか。
負けたことに思うところがあったからか、無意識のうちにイライザは学院の裏庭へと向かっていた。
生徒達が魔法の練習をするその場所へ、彼女の足は動いていたのだ。
そして彼女はそこで、偶然にももう一人の人物に出会う。
その少年の名は――ライエンと言った。
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