イライザ
「お前は……アッシュ、で合ってるか?」
「……」
アッシュはどうするべきかを考えた。
ここでイライザとエンカウントする可能性は考えていなかった。
アッシュは入学してからあまり授業には出ず、基本的にm9の主要キャラクター達とは接触をしない方針を採るようにしていた。
もちろん積極的にm9キャラに関わろうと、武闘会にまで出た彼がこのような方針変換をしたのには理由がある。
――アッシュが知っているものとは、この世界の歴史が変わり始めているのだ。
彼が知っている、ゲーム時と比べた変化は二つ。
まず一つ目は、シルキィが既に『風将』の位を譲り受け、王国最高峰の風魔術師として認められていること。
詳しい理由はわからないが、恐らくはアッシュとの出会いによって触発され、一層の鍛錬に励んだからだと考えられる。
こちらはまだいいのだ。
問題は二つ目である。
こっちの方は、さすがに見逃せない問題だった。
――勇者来たれりという巫女の神託が、ゲームの頃よりも一年早く下ったのだ。
本来ならライエンは学校へ特待生枠で入り、入学してからヒロイン達と交流を続け、そこからしばらくした段階で彼が勇者であることが発覚する。
だが今回の場合、ライエンは入学前から勇者であることが発覚している。
これは恐らく、アッシュが彼の固有スキル『勇者の心得』の力をある程度解放させてしまったことが原因だと考えられる。
こちらに関しては、本当に迂闊だった。
勇者の正体が既に判明していることが魔王軍側に伝われば、王都防衛を始めとする各種イベントの日程に変更が加わるはずだ。
そして人間側に魔王軍への内通者が複数いることをアッシュは知っている。
情報は既にあちらへと漏れていると考えた方がいい。
無論、ライエンは本来の正史よりかなり強くなってはいる。
恐らくは一年神託が早くなったことよりも、二年以上早くに勇者スキルに覚醒したことの方が、トータルで見ればプラスにはなっているはずだ。
自分でしたことではあったが、結果的に一年近い時間をかけて徐々に解放する勇者スキルを、アッシュは全て引き出すことに成功している。
その分も加味すれば、お釣りがくるとは思っていた。
会って下手に感づかれるのが嫌なためにほとんど顔を合わせてはいないが、恐らく今のライエンは、本来のゲーム世界の頃の彼よりはるかに強くなっているはずだ。
だからまあ、問題はないと言えばないのだ。
いくつかの重要イベントが前倒しになるとは言っても、究極的には彼が強くなりさえすれば魔王は倒せ、世界に平和をもたらすことはできるのだから。
だがこれ以上歴史をズラし、どこかで致命的な齟齬が起こってしまえば、下手をすればこの世界そのものが詰む状況になりかねない。
例えばライエンを危険視した魔王軍幹部が、ゲーム世界とは異なり直接彼を狙いにくる……といったようなことも、もしかするとあるかもしれない。
だからこそアッシュは苦渋の決断ではあったのだが、m9のメインキャラとの交流のほとんどを絶っている。
もっとも、サブキャラに関してはその限りではない。
例えば『風将』シルキィと『剣聖』ナターシャの二人とは、未だに定期的に連絡を取ったり手合わせをしたりさせてもらっている。
フェルナンド国王フィガロ二世と、シルキィの父であるリンドバーグ辺境伯と一応の関係もある。
こちらはホットラインが繋がっているというだけで、実際に使ったことは一度としてない。
端的に言えば……下手に歴史を変えてしまったために、今のアッシュはビビっていた。
これ以上自分が何かをするのは、やめとこうと思ってしまうくらいに。
「……はっ、授業をサボって昼寝か。いいご身分だな」
だが目の前には、自分が愛して止まなかったm9のキャラ。
しかもメインヒロインの一人であるイライザがいる。
イライザの無防備な姿を見て。
こうして顔を合わせ、生声を聞き。
アッシュが頑張って自分で締めた自制心という名のネジは……一瞬にして、吹っ飛んだ。
「いや、人のこと言えないだろ。お前もサボってんじゃねぇか」
「なっ――お、お前、私が誰かわかった上でそんな言葉を……」
「あいにく平民なもんで、綺麗な言葉は使えなくてね」
知ったことか!
イベントの進行度がどうとか、誰がどうなるとか……全部知ったことか!
俺は、俺は今こうしてイライザと話ができるこの興奮を……噛み締めるぞ!
アッシュはにゃーにゃー言っていたイライザを見たせいで、完全にハイになっていた。
「それにお前もサボってるだろ。俺たちサボり仲間じゃないか」
「なあっ!? 私はしっかりとテストでは最高点を取り続けている! 落ちこぼれで落第スレスレなお前と一緒にするな!」
「いやぁ、むしろサボってるくせにきちんと勉強だけしてる分、お前の方が中途半端だろ。不良をやるんなら、ちゃんと最後まで貫けよ」
「お、ま、え……」
怒髪天を衝くといった様子のイライザを見ても、アッシュはヘラヘラとした態度を崩さない。
彼からすればm9キャラと話ができていてニヤニヤしているだけなのだが、イライザからすればそれは自分を馬鹿にしているようにしか映らなかった。
「よくも私を虚仮にしたな……」
イライザが魔法を練り、放とうとする。
もちろん本気で当てるつもりなどないし、自分が持っている固有スキルを乗せるつもりもなかった。
ただ落ちこぼれの生徒を、少しヒヤッとさせてやりたかっただけだ。
股のあたりに落ちるように軌道を計算し、イライザは魔法を放つ。
「ウォーターカッター」
「魔法の弾丸」
パァン!
弾ける音と共に、ウォーターカッターが一瞬のうちに消える。
否、消えたのではない。
――放たれた魔法によって打ち抜かれたのだ。
そして内側に込められていた魔力が弾け、魔法が内側から爆散したのである。
今の一瞬のうちに何が起こったのかを理解できぬほど、イライザは蒙昧ではなかった。
「お前――」
「――フッ」
ニヒルな笑みを浮かべるアッシュを見て、イライザは確信する。
この男は、只者ではない。
劣等生のフリをしているだけで、その本当の実力は――。
「し、失礼するっ!」
イライザは急ぎ踵を返し、その場をあとにした。
(今の私が戦って……勝てるか? あそこまで正確に魔法を打ち抜ける男を相手に。私の固有スキルを使っても、もしかしたら……)
背筋に冷や汗を掻きながら、イライザはその場を後にする。
そして木陰には、一人ニヒルな笑みを浮かべたままのアッシュが取り残された。
彼はイライザがいなくなり、ようやく自分が何をしでかしたのかを理解して――。
「や……やっちまったああああああっ!!」
物凄い勢いで頭を抱えて、後悔の念に苛まれることになったのだった――。
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