邂逅
ユークトヴァニア魔法学院は、各方面に配慮の行き届いたエリート学校である。
都会に出てきて、自分の出身地と違う人の多さと自然の少なさに落胆する人間は多い。
そのため校舎の周辺には緑化のために木が植えられており、それほど大きくはないが家庭菜園サイズの花壇などが設置されている。
けれど人とは慣れる生き物。
自然を見て懐かしさや安堵を覚える者は多くとも、王立学院に入ってまで昔のような木登り遊びに勤しむような奇特な人間は存在しない。
そう……ごく一部の例外を除いて。
「ふあぁ……ねむ……」
大きなあくびをしながら木に背中を預け、頭の後ろで腕を組んでいるのは、授業時間が開始したにもかかわらず、一向に動き出す気配のないアッシュである。
アッシュは無事、王立ユークトヴァニア魔法学院に入学することができた。
本来ならライエンが入るはずだったが、アッシュが武闘会で本気を出して戦いすぎた結果、ライエンは王の目を引きそのまま王の推薦で学院に入学してしまった。
結果として特待生枠が一つ余ったので、アッシュはそこに無事滑り込むことができたのだ。
いくら王国の中でも選りすぐりのエリート達が通う学院とはいえ、前世の知識があるアッシュからすれば試験内容はさして難しくない。
数学とは名ばかりで基礎的な四則演算や幾何学の初歩的な問題が出る程度。
フェルナンド王国は歴史もそれほど長い国ではないため、前世での日本史と比べれば覚えることも少なく、非常に楽ちんだった。
そして実技試験も、それほど難しくなかった。
m9においてはライエン上げを行うために、教師キンドールが登場する。
そしてライエンを絶対に落とそうとしていた彼は、戦って見事にボロ負けし、鼻水を啜りながら教師としての資格を剥奪される。
『ライエン絶対落とすマン』というあだ名をもらっていたキンドールが試験官として現れた時は、正直かなりビビった。
下手をすれば難癖をつけて落とされかねない……と思い、威力は高くないが少しばかり正確に魔法を使いすぎてしまった。
おかげでライエンだけではなく、アッシュにまで注目度が高まる事態に発展してしまっていた。
それにより、学院内で多大な時間を浪費してしまうことを憂慮したアッシュは――無能を演じることを決めた。
それに、既にアッシュが知る情報とは違う状態へ変わってしまったものがいくつもある。
これ以上この世界がゲーム世界からずれてしまわぬよう、アッシュは自分がすることは最低限に抑えておきたいと考えていたというのも理由の一つだ。
彼は授業を単位が取得できる限界ギリギリまでサボり続け、魔法や座学も全て落第スレスレの点数で合格。
そんなことを繰り返していると、アッシュの狙い通り、周囲からの視線はどんどんと落胆を含んだものへと変わってくれた。
試験官を含む大人達の間で、厳しい箝口令が敷かれていたことも大きい。
ライエンに関するあらゆる情報をシャットアウトするために、教師陣はかなり厳しい情報統制を加えられている。
そのためアッシュが試験でとんでも精密射撃をしたことを知る人間は極々一部。
『ライエン絶対落とすマン』だったキンドールは今や『アッシュ絶対留年させるマン』へと変貌を遂げており、ことあるごとにアッシュから単位を奪おうとする。
けれどぶっちゃけた話――アッシュからすれば、学校の単位など本当にどうでもよかった。
アッシュがこの王立魔法学院に入ってきたのは、そもそもの話m9の登場キャラクター達と誼みを通じておきたかったから。
そして中でも一番の目的は、高笑いしているドリルロール似非悪役令嬢であるメルシィを遠目に見て、尊みを感じていたかったからだ。
そもそもアッシュが入学をせずとも、ストーリー的にはなんら問題はない。
ゲーム内ではアッシュは入学などせずに、冒険者として活動を続けていたからだ。
けれど実際のゲーム内よりも、現在のアッシュの方が冒険者生活は長い。
セピアという名前で登録をしてはいるものの、既に冒険者としては中堅どころであるCランクまで昇格を終えている。
今回はユークトヴァニア学院生として、生徒達が『始まりの洞窟』へ潜る日取りを内側から確認することもできる。
ライエン達が潜る日取りを掴むことさえできれば、問題なく先輩冒険者セピアとしてゲーム内と同じく活動をすることができるはずだ。
アッシュは現在、学校を可能な限りサボっては自己鍛錬に勤しんでいる。
冒険者のランクを見ればわかるように、既にいくつもの迷宮に潜っては、様々な魔物を倒していた。
おかげで今では、かなり魔法のレパートリーも増えている。
以前のような初級魔法と極大魔法だけというようなアンバランスなものではなくなっていた。
だがアッシュは、未だ自分の戦闘能力はまったく足りてはいないと考えていた。
彼が今何よりも欲しているのは、自らが最も得意としている魔法の弾丸の亜種となる、『属性魔法の弾丸』である。
しかしこれを入手するためには、一週間以上の時間をかけて遠出をしなくてはならない。
以前のように親の目を気にする必要はなくなったアッシュではあるが、さすがにそこまでの時間をかけてサボり続ければ、向学心なしとして学院を退学させられかねない。
メルシィのことはまだまだ見ていたいし、ついでにライエン達が迷宮に潜るタイミングを絶対に知らなくてはならない現状では、退学になるのは好ましくない。
そのためアッシュは日帰り、長くとも二泊三日以内には収められる範囲内で遠征を繰り返していた。
極大魔法の合成による極覇魔力弾の威力は高いが、あれは未だ使うまでの隙が大きい。
その隙を補うためには、魔法の発動を遅らせる遅延と、手数も多く威力も高い『属性弾丸』を組み合わせ、必殺技を放つための時間を捻出しなくてはならない。
そのための方法をなんとかして探しているのだが……未だ答えは見付からぬまま。
今日も今日とて、アッシュは魔法学院で劣等生を演じていた。
(ん、何か生き物の気配が……って、イライザ王女殿下!?)
アッシュは自分が眠る木の下に何者かの存在を感じ、なんとなく視線を下げた。
そして彼の見つめる先では――。
「にゃあん、にゃあお! ……ふふっ、やっぱり猫ちゃんはかわいいなぁ」
学院内では不良王女として有名なイライザが、猫と戯れていた。
アッシュはその姿を見て――号泣していた。
(と、尊い……)
ユグド王国第一王女イライザ。
常に周囲から目をかけられ続けた結果、彼女はその期待に応えることに疲れてしまい、グレた。
不良ぶって授業はサボるが、ちゃんとテストは満点を取ってくるという不真面目系優等生な彼女のかわいらしい姿は、自分なら一枚絵に採用するだろうと思えるほどに素晴らしいものだった。
常につまらなそうな顔をして周囲を睨んでいるイライザは、実はものすごくかわいいものが好きだ。
誰も入れたことのない私室の中は、実はかわいらしいぬいぐるみでいっぱいなのである。
そのギャップが、彼女が人気投票で上位に居続ける理由の一つだ。
くまさんぬいぐるみの名前は、くまくま。
おおかみさんのぬいぐるみの名前は、べおべおくん。
サイさんのぬいぐるみの名前は、りのさん。
ベッドの上でぬいぐるみを抱きしめているイライザの一枚絵と、彼女がライエンを思いぐるぐるとベッドを回転し出すイベント。
既に薄れ始めているそのゲーム内での出来事を思い出し、アッシュは嗚咽していた。
「――誰だっ!?」
「あ、まずっ!」
木の上でむせび泣いている男がいれば、さすがに猫ちゃんを見て気が緩んでいたイライザであっても異変に気付く。
結果としてアッシュは――まったく予想外の場面で、イライザと邂逅することになってしまった。
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