入学試験
王立ユークトヴァニア魔法学院。
そこは王国の中でもっとも有名で、そして名の知れた魔法の学び場である。
純粋に学問的な水準が高いだけではない。
この学院に通えるようになれば、得られるメリットが数多く存在する。
まず第一に、王族が通うこの学院へ通えることによって得られるメリットがある。
王族とお近づきになることさえできれば、大貴族の息子達は王家との親戚関係を結べる芽が出てくる。
そうでない、家督を継げぬ次男坊三男坊であっても、王族と知己になれば親衛隊に抜擢される可能性も出てくる。
この国を治める王の一族との関係性を築ける可能性があるというだけで、この学院には値千金の価値がある。
そして政治的な意義だけではなく、純粋に将来性を考えても、ユークトヴァニアに入ることには大きな意味がある。
この学院を卒業したこと自体が、王国でのエリート階級への何よりの近道になるのだ。
現在のフェルナンド王国の支配者階級層やその下で実質的な手足として働く官僚・武官達の主立った面子の出身校は、このユークトヴァニア魔法学院である。
優秀な人材を数多く輩出してきたという実績のある、学院の信頼性は高い。
そのためここを卒業すれば、仮に下級貴族の子であったとしても仕官先は引く手数多となり、自分から職場を選べるだけの余裕が生まれるほどとなる。
その他にも、ここへ通えているというだけでその両親達は貴族社会である種のステータスのような物を持つこともできたり、ユークトヴァニア派と言われる魔法学院の卒業生達によるOB会がかなりの力を持っていたり……とこの魔法学院に入れることには、指折り数えていては片手では足りぬほどのメリットが存在する。
そのため王国のあらゆる有力貴族は、皆こぞって我が子をこの学院へと入れさせようと躍起になる。
貴族家の次男や三男といった家督の継げない子供達も、なんとしてでもこの学院に入り、将来の道筋をつけようとする。
だが今まで、平民に対して魔法学院入学への道は開かれてはいなかった。
これは古い、通俗的で、しかし支配的な一つの考え方による。
『魔法とは、貴族の優れた血統によって使用が可能となる高貴なる御技である』
血統による魔法の才能の遺伝は事実であり、実際に非貴族階級から魔法使いが出ることは非常に稀である。
そのため数多くの平民に試験を受けさせる暇があれば、才能のある可能性の高い貴族家ゆかりの者達にした方が手っ取り早く、かつ優秀な可能性が高いという考え方が、未だ支配的であった。
しかし近年、そうも言っていられない事態が発生し始めている。
それが原因不明の、魔物達の凶暴化現象だ。
例えばゴブリンやスライムのような最弱とされる魔物でさえ、明らかな凶暴化の兆候を示していた。
近年では騎士団が魔物に壊滅させられたという話は決して珍しいものではなくなり、各領では対魔物のために軍事予算が年々増加傾向にある。
このように、近年フェルナンド王国では猫の手も借りたいような状況が続いている。
そのため王立魔法学院は、徐々にではあるが才能を持つ平民への門戸を開くことを決めた。
しかし平民の入学に対する、貴族達の目は厳しかった。
そこで校長であるマリア・ランドルフ名誉子爵は一計を案じた。
魔法の才能はあるが非貴族階級である優れた生徒を、特待生として迎え入れるという形を取ることにしたのだ。
貴族階級であっても、圧倒的な才能の差を見せつけられてしまえば文句は封殺できる。
そして一度前例が打破されてしまえば、二度目三度目と繰り返すごとに追求の手は緩くなっていく。
そんな思惑から、魔法学院には特待生制度が導入される運びとなった。
その枠は最初は一つの予定だったのだが――王命により、二つに増設されることとなる。
その一枠目が、既に埋まってしまっていたからだ。
王の推薦により、ユークトヴァニアにライエンという少年が入学試験の受験資格を得ることが決まっていた。
その理由は表向きには、ライエンが武闘会の年少の部で活躍をしたから――ということになっている。
実際の所はそれに加え――巫女の神託により、ライエンが勇者であることが発覚したという事情が重なっている。
最初の特待生枠が勇者一人では、それは平民を入れたという前例にはなり得ない。
そのため急遽特待生の枠が増設されることとなり――現在、魔法学院では入学試験が行われている最中だった。
入学試験は筆記と実技の二つに分かれている。
まずは受験生達を筆記試験というふるいにかけ、残った者達に魔法と剣技の実技試験を行わせるという構成だ。
今この場に残っているのは、筆記試験をくぐり抜けた上位10%の受験生のみである。
商家の三男、一代騎士の息子、傭兵上がりの少年兵……色々な顔ぶれがその場には揃っている。
魔法の実技の試験内容とは、五メートル先にある的を射貫くこと。
木製の的には円形に色が塗られており、外側から青・黄・赤という風に着色がなされている。
そして中心部には×印がつけられていた。
「では次――二十五番、前へ」
「はい!」
受験生の一人が前に出る。
見習い用の杖を持った、前髪で目を隠している少年だ。
おどおどとする受験生を見ても、試験官はキツい態度を変えなかった。
その試験官――王立学院の教師であるキンドールは学院の中に一定数いる、平民に差別意識を持っている者の一人だった。
「まず赤を打ち抜け」
「――は、はいっ!」
少年は目を瞑り、魔法発動の準備を終え――初級火魔法であるファイアアローを打ち出す。 魔法発動までの時間も長く、また威力も心許ない。
放たれた炎の矢はひょろひょろと飛んでいき、そして的の黄色い箇所へと当たる。
「ふんっ……不合格だ。それでは次、二十六番」
「ちょ、ちょっと待って下さい! もう一度チャンスを――」
「ならん、ユークトヴァニアの生徒の質を落としてはならんからな」
取り付く島もなく、その受験生は退場させられる。
新たな受験生が呼び出され、赤を狙えという的の中心部への精密なコントロールを求められ、失敗していく。
たまたまそれに成功した者もいたが、打ち抜かれた場合キンドールは次に×印を狙えという無理難題を口にした。
まぐれで当てることができたものも、また実力でなんとか的へ的中させることができた者も、さすがに離れた場所にピンポイントで魔法を当てることはできなかった。
キンドールは彼ら全てに不合格を言い渡し、手に持っている試験監査表の名簿に斜線を引いていく。
すぐ隣には彼よりも年少の教官達がいたが、文句をつける者はいなかった。
ユークトヴァニアで学べば光るような、彼らのお眼鏡に適う人材がいなかったからだ。
キンドールは平民からの合格者を、水準を満たす者なしとして誰一人として出すつもりはなかった。 全員を不合格にすることに昏い喜びを覚えているその姿に、受験者たちは皆ありありと不満げな表情を浮かべながら試験場をあとにする。
だが誰もさすがに文句をつけることができず、一人また一人と退出していき……最後に一人の受験生がやってきた。
「では受験番号百二十八番、前へ」
「はーい」
ふざけた態度を隠そうとしないその少年は灰色の髪をしたごく普通の見た目をしている。
着ているのもローブではなくただの麻の服で、キンドールから見れば貧乏くさいことこの上なく見えた。
生意気な態度に眉を顰めたキンドールは、内心で笑いながら告げる。
「ではあの的の×印を射貫け」
やれるものならやってみろ、そう言わんばかりのキンドールの顔を見た少年は、コクンと一つ頷いた。
まるで気負いのないその様子に、キンドールはわずかな違和感を覚えた。
だがそんな感覚は、すぐに掻き消される。
「魔法の弾丸」
少年が発音するのと同時、魔法の弾丸が生成され、即座に射出される。
ダァンッ!
目にも留まらぬ速さで打ち出されたその弾丸は、一瞬のうちに的を貫通した。
ブスブスと煙の上がる的の中心部――×印を、的確に射貫いた形で。
「――なあっ!?」
キンドールは驚き、あわてふためいていた。
近くに居る教官達も、さすがに目を見張っている。
まずい、このままでは魔法技能を通過されかねない。
次の剣技の実技試験となれば、キンドールの管轄からは外れてしまう。
もしそうなればこの平民の少年が合格してしまいかねない。
「ま、まぐれの可能性がある! もう一度――」
「一度と言わず、何度でも。魔法の連弾、十連」
少年は魔法の弾丸を何度も発射した。
今度は一度として、着弾の音が聞こえてこない。
やはりまぐれだったのだ――と頷いていたキンドールは、顔を上げてそれがぬか喜びであったことを知る。
少年は的を外していたのではなく――自らが穴を開けた箇所に、寸分違わず全ての魔法の弾丸を撃ち込んでいた。
音が鳴らなかったのは、後ろにある緩衝材へ魔法が飛んでいたためだったのだ。
そのコントロールは、教師であるキンドールから見ても異常そのものだった。
彼は救いの手を求めるように、周囲の者達へと目を向ける。
だが慈悲はなく、彼らはみな一様に少年に興味津々な様子であった。
もはやこうなれば、仕方あるまい。
がっくりと肩を落としながら、キンドールは小さな声で呟いた。
「――合格だ、次の試験へ進みなさい」
「うぃーっす」
その無礼な態度を咎める者は、誰一人としていなかった。
既に少年が魔法操作の精密性においては、そこにいる大人達の誰をも凌駕していたからだ。
こうして彼――アッシュは、障害を押しのけて試験を突破する。
そして次の剣技の実技試験も難なく乗り越え……無事、王立ユークトヴァニア魔法学院へ合格することに成功したのだった――。
本日より第二章を開始します!
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