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第40話 彼女もまた憧れを抱く




「へへ……今回は、大失敗、ですね……帰り際に、物音立てちゃって……」

「この間もそうだけど、こんな大きな屋敷なんかに挑まなくても良かったのではなくて?」

「……そう、ですね……でも、ここに、とても綺麗な宝石があるって、きいて……」

「宝石? 確かにそれは良い値打ちがするかもしれないけど……」

「いいえ……あなたに、あげたく、て……」


 そう言いながら、ナナエは口の中から小さな宝石を取り出した。これを守るためにずっと口を閉ざしていたのだろう。そのせいで、こんなにも顔を殴られてしまった。ディゼルへのプレゼントを守るために。


「……馬鹿ね。そんなことのために」

「へへ。馬鹿でも、なんでも、いいです……あなたは、僕にとって、光、だから……」

「私はそんな大層なものじゃないわよ」

「僕には、とても、素敵な人、です……僕は今まで、こんなに誰かに対して何かを思うことはなかった……隙も、嫌いも、何も……スラムの人たちは、大切だけど……ただ、それだけで……でも、あなたに出逢って、変わったんです」


 震える手で腕を伸ばし、ナナエは手に持っていた宝石をディゼルに渡した。

 薔薇のように鮮やかな赤い色をした宝石。そういえば、とディゼルはポケットから指輪を取り出した。

 先日貰った指輪にも小さな赤い石が付いている。ディゼルの髪も目の色も黒色で、赤色の要素はない。それなのに何故、彼は赤い宝石をプレゼントしたがるのだろう。


「やっぱり、あなたには、赤が、似合うね……」

「そう、見えるの?」

「初めて会った時から、思ってました……何故かあなたには、赤い何かが見える……雰囲気なのかな……分からないけど、きっと似合うだろうなって……」


 もしかしたらと、ディゼルは悪魔のことを思い出した。

 悪魔の目の色は赤だ。しかし普通の人間であるナナエに見えているはずがない。

 だが、もしかしたら常に死と隣り合わせの環境で暮らしているせいで常人にはない力を持っているのかもしれない。自分がこうして悪魔の呪いによって生かされているのだ。不思議な現象が起きてても驚きはしない。


「……ありがとう、貰っておくわ」

「へへ……最後に、あなたに会えて……よかった、なぁ……」


 ナナエは微笑みながら、一筋の涙を零して息を引き取った。

 最後まで彼は、誰かを責めるようなことも言わなかった。死にたくないとも、捕まって拷問を受けたことに対しての恨み言も口にすることはなく、ディゼルへの思いを告げるだけだった。

 ディゼルは素直に、彼を尊敬した。自分のように復讐を願うこともなく、ただただ降りかかる不幸も理不尽も受け入れていた。


「……俺には理解できない人間だったな」

「私にもです。でも、正直言って羨ましいと思いました。こんな風に生きられたら、苦しむこともなかったのでしょうね」

「それでは俺が困る。お前がこうなってしまったら、味が落ちてしまうからな」

「ふふ、そうですね。私も、あんな親の言いなりになる生活はもう嫌です」


 ディゼルはナナエの頭をそっと撫でて、地下から出た。


 彼の亡骸はスラム街の入り口に寝かせた。すぐに誰かが気付いて弔ってくれるだろう。

 ディゼルはこの行いがあまり自分らしくないとは思った。これでは悪魔は喜んでくれないだろうと。しかし当の悪魔は楽しそうな顔をしていた。


「悪魔様、何か良いことでも?」

「いや。あの男の死に際、お前の感情が酷く乱れたのが面白くてな」

「私の?」

「ああ。お前、あの男が羨ましいと言ったな」

「……ええ」

「お前自身も、あの男に少なからず憧れたんだろう」

「私が……彼に?」


 ディゼルは少し驚いた顔をしたが、悪魔の言葉に多少なりとも納得する部分もあった。

 ナナエは自分の置かれた環境に何の疑問もなく、全てを受け入れていた。ディゼルが現れて感情の変化があったが、それでも彼自身の性格が揺らぐことはなかった。

 ディゼルも最初は自分の環境を受け入れていた。何もかもが仕方ないことだと思っていた。だが悪魔と出逢って、一気に全てが変わった。以前までのディゼルとは性格も大きく変わってしまったのだ。


 比べたところで状況が違いすぎるのだから考えたところで無駄。それは分かっているが、もしナナエだったらどう思っただろう。復讐を願っただろうか。誰かを不幸にしようと思っただろうか。

 残念ながらどんなに頭を悩ませても答えは出ない。もう彼はいないのだから。


「……行きましょうか、悪魔様」

「ああ、そうだな」


 ディゼルはスラム街に背を向け、歩き出した。

 結局最後に無茶をしてしまって休養の意味がなくなってしまったと、笑いながら。





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