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第37話 憧れと恋心




 このスラム街に来てから数週間が経った。基本的にここでやることは少ない。

 ディゼルは大きな通りを歩きながら、周囲を見渡す。


 わざわざ自分が引っ掻き回す必要もない。誰かを騙したり、自分を偽る必要もない。

 ある意味でここは皆が素直に生きている。綺麗事を吐かない。当然だが、今まで出会ってきた人達とは違う。


「ディゼルさん!」

「ナナエ」


 声がした方へ振り返ると、ナナエが笑顔で駆け寄ってきた。

 彼の顔は誰かに殴られたのかアザが出来ている。


「どうかしたの?」

「あ……ちょっとミスっちゃって」

「ミス?」

「城下町に行ってたんですけど、屋敷の門番に捕まっちゃって……」

「あら、貴方でも失敗するのね」

「そりゃあそうですよ」


 ナナエは恥ずかしそうに笑った。

 彼はたまに町の方へ行っては富裕層の屋敷に忍び込んで金目の物を盗んでいる。ナナエはかなり手先が器用で、ディゼルにスリのやり方も教えてくれた。スラム街に住む人達も彼のことを一目置いている。


「あ、でも綺麗な指輪を手に入れたんですよ。細かなものは取り上げられないように気をつけてたので」

「へぇ、高そうね。売らなかったの?」

「……他のは売りましたよ。でもこれは……」


 顔を赤らめながら、ナナエはディゼルの手を掴んで指輪を渡した。

 まさか自分のために持ってきてくれたとは思わず、ディゼルは少し驚いた。


「なぜ私に?」

「これは、その……この指輪を見た時、貴女にに合いそうだなって思って……」

「そう? まぁ、せっかくだから貰っておくわ。ありがとう」

「い、いえ!」


 ディゼルが微笑みながらお礼を言うと、ナナエは顔を真っ赤にして走り去っていった。

 その後ろ姿を見ながら、ディゼルは小さく溜息を吐く。


 ナナエがディゼルに対して抱く憧れ、それが恋慕であることは察していた。彼はただの憧れとしか認識していないようだが、目を見れば何となく分かる。今まで出会ってきた、ディゼルを慕う男たちと同じ目だから。

 自覚がないのなら、そのままでいい。どうせ彼の想いに応えられないのだから。


「……ふぅ」


 ディゼルは指輪をポケットにしまい、再び歩き始めた。


 そろそろここを去ろう。ディゼルがいることで、ナナエみたいに生きる希望を抱いてしまう人が増えるかもしれない。

 元々、少し休むつもりでここに来た。長居するつもりもなかった。目立つ気もなかったが、その容姿のせいで人目を引いてしまった。

 ここでも悪魔が望む不幸が得られるが、質があまり良くないらしい。腹を満たすためなら問題ないが、ディゼルにはそれが嫌だった。

 いつでも彼には極上の不幸を味わってほしい。


 次はどこで何をしようか。そう思いながら、ディゼルは小屋へと戻るのだった。




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