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第25話 さようなら、優しい心




 祭りも盛り上がり、あっという間に一週間が過ぎた。

 ディゼルは綺麗な白無垢を着せられ、化粧を施されていく。まるで死に装束のようだと思ったが、口にはしなかった。


「……みこさま」

「ミリィ。最後に髪を結ってくれる?」

「はい……」


 ディゼルの長い髪を櫛で漉きながら、ミリィは泣きそうな顔をずっとしている。周りの大人たちがこれは別れじゃない、神様と一つになるだけだと諭していたが、子供にそれを理解させるのは難しい。

 皆は最後の時間を過ごさせようと気を利かせたのか、儀式の準備のために集まった街の人達は部屋から出ていった。


「……ねぇ、みこさま……」

「なぁに?」

「ミリィはも一緒に神様のお嫁さんにはなれないのかな」

「……どうして?」

「だって、お別れなんて寂しい……毎日神様にお祈りしても、みこさまとはお話しできない……」


 ここまで懐かれるとは思ってなかったディゼルは、どう対応しようか悩んだ。

 適当に誤魔化せばいい。そんなことは分かっているが、自分との別れを惜しんでいる少女相手にディゼルの良心が痛んでいる。

 まだ自分にも人間らしい感情があったのだと、ディゼルは自身に対して嘲笑した。


「……ねぇ、ミリィ。この神婚のこと、どう思う?」

「え? えーっと……この街に恵みをもたらすために必要なもの、なんでしょう?」

「それは大人たちが言ってること。貴女自身がどう思っているのか知りたいの」

「私……私は、よくわからない。神様なんて見たことないし、どんなに祈っても母様も父様も戻ってこないし……おじさんは、優しくしてくれない……」


 初めてミリィは叔父のことを口にした。

 今までもそれとなく家の話を振ったが、黙ってしまうことが多かった。親戚の家で孤立していると周囲の人は言っていたが、実際は違うのだろう。たまに彼女の顔に青あざが出来ていることがあった。きっと叔父に暴力を受けていたのだ。

 そういうところも、自分とよく似てる。ディゼルは小さな体で大人から受ける理不尽と戦ってきた少女のことを思い、瞳を潤ませた。


「……正直に言ってね。叔父さん、嫌い?」

「好き、ではない。お父さんの悪口、よく言うし……私のことも、邪魔だって言ってる……」

「そう……」

「街の人も、あまり好きじゃない。叔父さんに叩かれても、ミリィが悪いのよって……大人に逆らったらダメよって……私、何もしてないのに……」


 ついにミリィの目から涙が零れた。ずっと我慢していたものが溢れ出したのか、大粒の涙が止めどなく流れていく。

 ディゼルは体の向きを変え、後ろにいるミリィを抱きしめた。

 ミリィは声を押し殺して泣いている。本当は大声で泣きたいだろうに、外にいる大人たちに聞かれないように我慢しているのだろう。きっと声を殺して泣くのが癖になっているのだ。


「……大丈夫よ、ミリィ。きっとすぐに、終わるわ」

「み、こ、さま……?」

「貴女が望む形にはならないかもしれない。貴女の人生を狂わせるかもしれない。貴女は私を恨むかもしれない。それでも私は、自分の願いを、思いを、貫き通すと誓ったの」

「みこさまが、何を言ってるのか分からない……」

「そうね。でも、すぐに分かるわ」

「私、みこさまを嫌いにならないよ?」

「……その気持ちだけ、貰っておくわ。心優しい子、貴女に出逢えてよかったわ」


 ディゼルはミリィをギュッと抱きしめながら、頭を撫でた。

 まだ残っていた良心を、人の心を、彼女に分け与えるように。


 もう、悪魔の花嫁には必要のないものだから。





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