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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

武辺の者

作者: 小城

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 大坂では、風が吹いていた。

 しかし、その風も、時日と共に衰え、新たな風が、東から吹いて来ていた。

 慶長二十年の五月。京から大坂へ通じる街道を埋めて、人々が歩いていた。さして暑くも寒くもないこの日に、人々は、黙然と、歩度を合わせて、蜿蜒長蛇の列を築いている。

「戦は、既に始まっているのかのぅ……。」

 どこぞで誰かが発した独り言は、誰かに届くこともなく、空気中の大気の成分の中に拡散された。そして、残ったのは、先ほどと変わらぬ無言の足音と、息苦しくなるほどの長い人の束だけであった。今、この京街道を歩いている連中は、普通の人ではない。皆、なにがしかの武具を纏った男たちである。

 

 同じ頃、大和の郡山からも、似たような人間たちが、大坂を目指して歩いていた。

「来おったな。」

 その言葉を発したのは、街道を歩いていた群衆の中にいる一人ではなく、その群衆の様子を、遠くの草叢から伺っていた一組の男の中の一人であった。

「本陣に報せよ。」

 その言葉と共に、片方の男が走った。そして、その後、頃合いを見て、もう片割れも消えた。男たちの名は伝わっていない。ただ、彼らは、京の吉岡道場の門弟ということである。


「旗を揚げよ。」

 男たちが消えた地点から、程近くにある小松山に、白地に黒で染めた下がり藤の旗が風に靡いた。そして、山下では、ババーンと、数発の銃声が、同じ風に運ばれて来た。

「始まったぞ。」

 戦が始まった。ところで、京の吉岡道場といえば、足利将軍家の兵法所と言われ、盛時は、門弟を何百人と抱える身代ではあったが、慶長のこの頃には、時既に去り、過去の栄華は、春の風に吹き散らかされる塵芥の如くになっていた。というのも、昨年の冬に大坂で起きた戦に、京都所司代の忠告も無視して、吉岡道場の一門は参加し敗れたことを恥じ、一門揃って兵法を捨てた。然れど、一門の中には、そのことに合点承服するのを潔ぎよしとせず、将軍家兵法所の再起を賭けて、この夏の戦に身を置く者も少なくなかった。先ほど、草叢で、見かけた男たちも、おそらくは、そういう類の者たちであったのかと思われる。


「おう。おう。道を開けよ。」

 小松山山上に布陣した数千人を相手に、山下からは、砂糖の山に群がる蟻の如く、今まで街道を歩いていた男たちが、隊を成して、山を登って行こうとしている。しかし、その蟻たちを、山上の草陰から放たれた鉛の弾が追い払っていた。

「どけい!どけい!京の吉岡ぞ!向かえ来る者は、切り捨ててくれるわ!」

 銃声の後を、人一倍大きな声と、自尊心で駆け抜けて行ったのは、先ほどの片割れである。彼は、長巻き直しの大太刀を肩に掛けて行き、槍持ちの武者の槍を片足で踏んづけながら、一太刀で、鎧の肩口を薙ぎ払うと、そのままごり押しに首を掻いた。

「まずは一人。」

 この戦で、彼は首を二十取るつもりだった。それ故、彼は、討った相手の首は獲らず、舌を抜いてその半分を切り落とし証とした。

「ここにおったか。」

 そんな鬼のような形振りの彼のもとに現れたのは、もう片方の吉岡だった。

「おぬし、いくつ獲れた。」

「今、一つよ。」

「左様か。俺は、二つだ。」

 お互い、袋の口から獲った舌を見せ付け合うと、それぞれは、また、獲物を求める狼の如く、草叢を走って行った。


 小松山の戦いは、早朝から始めて、もう三刻は続いていた。もとより、小勢な山上の群勢は、よく防ぎ、よく守ったと言える。それも、そのはずで、その主将である後藤又兵衛は、既に、この戦を最後に、生を終えるつもりでいた。将も卒も、皆、生の最期に、真っ赤で綺麗な散り花を咲かせようと奮戦していた。

「頃合いだな。」

 北と南から追手に挟まれ、行き場を失った又兵衛は、西へ向かった。群勢は、最早、ばらばらとなり、それぞれが思い思いの場所に散っていた。

「頃合いぞ。」

 その中で、あの吉岡の二人は、又兵衛とは離れ、北に向かった。

「我等は、死ぬわけにはいかぬ。逃げるぞ。」

 二人は死ぬ気はない。彼らの目的は、吉岡道場の再起であり、吉岡流の再興である。それ故、この戦の手柄を糧に、これから京で、栄誉を吹聴するつもりであった。彼らの目算通り、本陣の主将は、負けるだろう。自分たちは敗残者である。しかし、だからといって死ぬことはない。彼らは、そう考え、山を降りた。


 腕試し。そのつもりもあった。山を駆け降りる二人の中で、既に、吉岡流という言葉は消えていた。彼らは、ただ生に走った。その間、駆け巡る体中の血液は、頭を回転させ、二人の未来の計画を変えた。兵法者として生きる。この戦を踏み台として、諸国を巡る兵法者となり、扶持を得る。太刀を片手に、木々の枝をはじき飛ばしながら駆ける、二人の若者の未来は輝いていた。

「まずい。敵ぞ。」

 山を降りた深田の辺りに、華美な衣装の武者の一群がいた。その中には、馬上の士もあり、若党もいる。

「討ち取れ!!」

 吉岡の若者たちの周りには、同じような敗残者たちの一団が、いつの間にか集まっていた。その数は、四、五十人になっていただろうか。いや、もっといたかもしれない。それらの一団は、手に手に、刀槍を持ち、生きる道を求め、最後の砦を抜けようとしていた。

「大坂の手の者共ぞ!!」

 突然の敗残者の出現に、辺りは、俄に活気づいた。そして、戦が始まった。

「押せい!!押し返せ!!」

 馬上の士は、馬を降り槍を手にして抗った。それでも、群衆は、勢いを止めず、ただ生きたいというそれだけの理由で、戦った。それは、矛盾したようではあるが、死に物狂いの戦いであった。

「抜けた!」

 吉岡の二人は、小競り合いの中心を抜けた。後には、深田の中に、小さな石橋が続いていた。そして、その先には、二人の未来が待っていた。


「おん……?」

 駆け抜けた十数人と共に、先を急ぐと、その先に変わった男が立っていた。男の後ろには、五間はあろうかという旗差物を抱えた小者が立っている。

「何と書いてある……?」

「釈迦者仏法之為知者(釈迦は仏法の知者たり)。我者兵法之為知者(我は兵法の知者たり)。」

「兵法者か。」

「構わぬ。我等は吉岡ぞ。このまま切って捨てるだけじゃ。」

 見たところ、相手は、長木刀一本を持っているだけであった。今まで、二人共に、吉岡の門弟として、道場で試合は、腐るほど行ってきたし、それに、此度の戦でも、一人、二十には届かなかったが、二人で二十と七人の命は獲っている。

「もはや、我等は、鬼じゃ。敵などおらぬ。」

 吉岡の片割れは、血塗られた大太刀を握り締めた。そして、そのまま走り、石橋の中央に立ちはだかる男の首目掛けて、太刀を一閃した。

「終わりじゃあ。」

 その瞬間、割られていたのは、自らの喉笛であった。

「おのれ!!」

 その光景を見た片割れも、また、得意の長刀を振るった。喉笛を割られて倒れた仲間の陰から、一刀、両手に握って、真っ正面から、相手に飛び込んだ。そして、そのまま、白刃を振り下ろした。しかし、砕かれていたのは、自ら両腕であった。長刀は地面に落ちた。そして、次の瞬間、自らの頭蓋も、また、粉砕された。

「二刀……?」

 意識が薄れ行く若者の眼に映っていたのは、自分と同じく、地面に落ちていた一本の脇差しだった。

「この男……。」

 そのとき、若者は理解した。相手は、最初に、自らの左から打ち込まれる大太刀を見た時、右手に木刀を持ったまま、咄嗟に、左手で脇差しを抜き、相手の斬撃を流すと、それと同時に、片手で長木刀を振り、右から、相手の喉笛を砕いた。そして、その後から来る長刀を見るや否や、左手で握った脇差しの柄を離し、今度は両腕で、長木刀を握り締めると、迫り来る相手の白刃よりも早く、その両腕の骨を砕いた。そして、最後に、頭蓋を砕いた。

「何者か……?」

 片手で長木刀を振るう豪腕と、咄嗟に脇差しを抜き、そして、柄を離す機転。吉岡の若者二人の体も、心も、夢も、希望も、生命をも砕いたその腕。死の間際、彼らは、自分たち素人の慢心ではなく、真の兵法者に会った。しかし、彼らは、また、その体験を次に活かす術もなく、死んで行くのである。かくも、戦国の世の兵法者の命運とは、そういう物だったのかもしれない。

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