9話 親子揃って笑えない。
朝、僕は盛大な頭痛と頭を撫でられるような柔らかい感触と共に目を覚ました。
「…うぁ……頭……いってぇ…」
結局霊夢と怒涛にお酒を飲み、そのまま潰れてしまい布団にも入らず寝てしまったのだった。
ただ、背中に毛布が掛かっている。誰が寝る前に掛けてくれたのか、先に起きた人が掛けてくれたのか…
それにしても何時に寝てしまったか全く覚えてないが、随分と長く寝ていた気がする。
「あら、起きた?」
こんな酔っ払いに優しく声を掛けてくれたのは同じく酔っ払いだった霊華さんだった。
嫌じゃないしむしろ嬉しかったりするんだけど、どうして僕は頭を撫でられてるんだろうか。
「あ…霊華さん……?お、おはようございます…」
「随分飲んでたみたいね。まだ誰も起きてないわよ。」
霊華さんはいち早くダウンしてたし、そのまま休んでたからそんなにお酒が残ってないのだろうか。
それにしても結構寝たと思ってたのにまだ僕しか起きてないのか…
ただ、他の三人は布団に移動したのか、飲んでいた居間にはいなかった。
「ハ、ハハハ……ちょっと楽しくて…」
「皆して布団で寝てないし、布団に運ぶの大変だったんだから。風邪引かれても困るしね。」
なるほど、結局は霊華さん以外は全員ぶっ潰れていたと。
霊夢は分かるけど、幽香さんや魔理沙まで潰れたのか……まぁ縁側で夜風に当たるの気持ちよかったし、そのまま寝てしまったのかな。
「いや、本当に申し訳ないです……んで、僕は運んでくれないんですか?」
「あら、運ぶ前に可愛い寝顔を愛でるのはダメなの?」
ニコッとしながら言われた言葉に咄嗟に顔を背けてしまった。嫌だ、とかではなく、ただ恥ずかしくて。
二日酔いで頭が痛いのに恥ずかしさには敏感なのがなんだかムカつく。
「……もう、皆して可愛いって言う…!」
「フフッ、出会ったばかりで新鮮なのよ。可愛くないって言われるよりマシでしょ?」
いやまぁ、そりゃそうかもしれないけど…出会ったばかりだからこそ美人に対して抗体が無いと言うか…
この世界の人達は皆これくらいの距離感なのだろうか…本当に身がもつか不安だ…
「分かりましたよ…僕も霊華さんみたいな美しい人に撫でられて嬉しいですから。」
「あら、嬉しい事言ってくれるわね。よしよし。」
「……れ、霊華さん…それ安心して眠くなりそう…」
寝起きでまだ完全に目が覚めた訳ではないから余計に。このまま目を瞑ったら旅立ってしまう…多分。
「別にもう少し寝ててもいいのよ?朝ご……お昼ご飯の準備とかしないとだし。」
「あ、僕も手伝いますよ。と言うか…もうそんな時間なんですか?」
そりゃたくさん寝た気になる訳だ。なんだかイケナイ休日を過ごしている気分。
「それは嬉しいけど、大丈夫なの?」
「えぇ。後で水をいただければ大丈夫です。そんなに頭痛もしないですし。」
「それならお願いしようかしら。昨日、霊夢とどんなことを話していたのか聞きたいし、お話しながらチャチャっと済ませましょ。」
昨日の事……悔しいことに覚えてるんだよなぁ…溺れる程飲んだと言うのに…
霊夢は覚えているのだろうか?霊華さんに話すにしても全てを話すのは恥ずかしいし…どうしたものか…
「そんな面白い事を話してた訳じゃないですよ?」
「面白いかつまらないか、それを決めるのは私よ。それとも…母親の私に言えないようなこと?」
霊華さんは口が上手いようだ。こうなると素直に話すか嘘をつくかの二択になってしまう。
正直嘘を突き通す自信はないし、恥ずかしいだけで話せない訳でもなし。仕方ない…濁しながら話すとするか。
「はぁ…分かりましたよ。やましい事なんてないですし。」
「本当に言いたくなければ言わなくてもいいわ。ただ、あの子があんなにもはしゃいでいるのを久しぶりに見たから。」
そう言えば魔理沙も似たような事を言っていた。普段は見たまんま、冷静なのだろうか…
昨日の霊夢を見る限りあまり考えられないが。
「はしゃいでいると言うか…幽香さんの呼び方についてイジられていただけと言うか…」
「あんなに大声で騒いでるのは珍しいのよ。雰囲気がそうさせたのか、幽透との出会いが嬉しくて昂ったのか…そこは本人にしか分からないけど。」
「僕は皆に出会えて良かったですけど、霊夢がそう思ってくれているかは…」
いい暇つぶし相手になれればいいけど…とにかく迷惑は掛けたくないよね。
それこそ今は真新しいから興味が向いているだけで、慣れてきたら昨日みたいにワイワイする事は無くなるかもしれないし。
「あの子はそんなに薄情な子じゃないわよ。わざわざ弾幕や結界を見せたりしないし、教えるなんてそんな面倒な事を自分からやるなんてありえないもの。」
「今の言い方だと霊夢が薄情に聞こえるんですが…」
「逆よ。そんな面倒を掛ける程、幽透に興味が湧いて、仲良くしようとしてるってこと。」
昨日の酔った霊夢はそれが表面に出てたってことか。というか、霊夢が優しくするのは結構レアってことなんじゃ…?
「そうだとしたら嬉しい限りですね。本人に聞いても絶対素直に返してくれないと思いますが。」
「フフッ…そうね。変なところで素直じゃないのよ。酔ってるとそれが少し緩むのかもね。」
「あぁ…だからあんなに近かったのか………」
あ、やっちまった。そう思った時には既にニヤニヤした霊華さんがこちらを見ていた。
緩んでしまったのは霊夢じゃなくて僕だった…なんでだ?霊華さん相手だと気が緩みまくる…
「ふぅん…近いって?やっぱりやましい事が…?」
「違う違う!違いますって!その…幽香さんに聞かれないように小声で話す為に顔を近付けてきて…」
あ、しまった…また変な自爆をしてしまった。寝起き、二日酔い、気の緩み。これらが組み合わさると言わなくていいことがボロボロ出てしまう。
「幽香に聞かれたくない事…?何よそれ。」
「その…幽香さんとの生活に耐えれるのかって…」
もうここまで来たら幽香さんだけじゃないけどね…健全な男子なら天国と地獄、両方味わえると思う。
「アハハッ…!そ、そんな事話してたの…?至近距離で霊夢の可愛い顔を見ながら…!?」
「そ、そんなに笑う事じゃないでしょ!?そりゃ近かったし、酔ってたから少し紅くて色っぽかったですし、なんならいい匂いしたけど……っておい!!」
どんだけボロを出せば気が済むんだ僕は!いや、嘘なんてついてないけども!全部誇張無しで本気でそう思ったんですけどね!?だからこそ恥ずかしいんだよなぁ!
「はぁ…面白い子ねぇ……まぁ年頃ではあるし、私の娘だし、仕方ないわね。」
「あの…本人には内緒にしてくださいね…流石にそんな事で嫌われたくないですから…」
キモいとか言われたら間違いなく立ち直れない。ゴミを見るような目で蔑まれるのは趣味じゃないんでね…
「もう少し仲が深まったら暴露することにするわ。」
「嫌な性格してますねぇ…!」
「ありがとう。そんな褒められると困っちゃうわ。」
この人には嫌味が通じません。これも大人の余裕ってやつなのだろうか…
「一ミリも褒めて無いんですけど。」
「それで?実際幽香との生活には耐えれるの?」
「えぇ…?結局そこに戻るんですか?」
正直酔ってても酔ってなくても考えは変わんないけどなぁ、どっちにしてもいきなり手を出すなんてことはしない。
「そりゃ私は聞いてないもの。幽香は昔からの親友だし、興味を持つなって方が無理よ。」
「そうかもしれませんけどね、とにかく僕は幽香さんにカッコつけれるようになるまでは手を出しません!」
「ふぅん…つまり幽香の事は狙ってるってことでいいのね?」
あ…………何回やるのこのやり取り。霊華さんに隠し事は本当に無理なんじゃないだろうか…
いや、むしろ隠す理由なんてないし、ここまで来たら堂々としてた方が男らしいか…?
「そりゃあんな素敵な人に惹かれるなって方が無理ですよ。」
「まぁ…珍しく幽香も気に入ってるみたいだし、起きたら話してみるわね。」
「え、ちょちょ!ダ、ダメですって!な、何言ってんですか霊華さん!?」
いくらなんでも本人に伝わるのはダメだって!この先どんな顔して幽香さんに会えばいいか分からんよ!?
「流石に冗談よ。さぁてと、面白い話も聞けたし、いい加減料理するとしましょうか。」
「親子揃って笑えない冗談言うの止めて貰っていいですか…?」
幻想入り二日目の朝の時点で自分の立ち位置を何となく理解してきた。
まぁ昨日の霊夢も、さっきの霊華さんも、普通に友達のように接してくれる事には凄く感謝している。
幽香さんに会うまでは、自分がこんなに笑い合ったり出来るとは思ってなかったから…
多分だけど、僕はこれから先出会う人全員に感謝をしながら生きていくんだろう。