7話 幻想郷の管理者。
幽香さんの笑顔に誓いを立てた後、僕は幽香さんと暫く他愛もない話をしていた。
すると、目の前に一筋の線が現れ、パックリとその空間が割れた。
「おわっ!な、なに!?」
割れた空間はまるで別の空間と繋がってるようで、中には目玉の様なモノがたくさんあった。
ある種の耐性が無いと、この空間を見ただけで寒気がしたり、気分が悪くなったりするかもしれない。そんな不気味な空間だった。
「あら、ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら?」
まさかまさか、こんな不気味な空間から人が出てきた。もう驚きに驚きを重ねすぎて訳わかんなくなってきた。
当たり前のように僕の横に腰を掛けた女性は金髪に大きなリボン付きの特徴的な帽子を被っていて、服装は紫の生地の裾に白いフリルがついたドレスのようなモノを着用している。
あと、美人である。霊夢とは違った、幽香さんや霊華さんのような大人の女性って感じの美しさだ。
ちなみに霊夢は美少女って感じだ。可愛いか美しいかくらいの違いしかない。
「久しぶりね紫。元気にしてた?」
「幽香、久しぶり。最近は平和だし、元気どころか暇を弄んでるくらいよ。」
「紫…って事は、あなたが幻想郷の管理者?」
そう言うと紫と呼ばれた美人はコクリと頷いた。この人が紫さん…
霊夢も言ってた通り、やっぱり美人だったか…
それに、親しげに話している所を見ると幽香さんとは本当に仲がいいらしい。
「挨拶が遅れたわね、私が八雲紫。この幻想郷を創り、博麗の巫女と守っている妖怪よ。」
紫さんまで妖怪なのか…あれ?美人って書いて『ようかい』って読んだりするっけ?
「は、初めまして…幽透って言います。」
「幽透ね、よろしく。どう?幻想郷には馴染めそう?」
「えぇ、何とか。皆優しいですし、とりあえずは楽しむ事としますよ。」
紫さんも怖い人じゃなさそうだし、ホッとした。まぁ妖怪だったり、何も無い所に別の空間を作ってそこから出てきたり…意味わからん事は相変わらず多いけど。
「紫が私に巡り会わせる為にあそこに幻想入りさせたのは感謝してるわよ。おかげで私も楽しめそうだしね。」
「え…?何のこと…?私は幽透を幻想入りなんてさせてないわよ?」
その言葉には僕も幽香さんも驚いた。僕らは紫さんが僕を幻想入りさせた張本人だと思って話をしに来た。
それなのに本当に知らなさそうだ。まぁもちろん嘘をついている可能性はあるけど、そんな嘘をつく理由も分からない。
「ちょ、ちょっと!紫じゃないなら誰が幽透を…?記憶も無い幽透が自分から幻想入りしたって言うの?」
「記憶が…?幽透、幻想郷に来る前の記憶って本当に無いのかしら?」
「無いですよ。何もかも無くしてます。」
だから…何も証明は出来ない。自らの意思で幻想入りしたのか、誰かに手引きされたのか…何にしても推測の域を出ない。
二人は神妙そうな顔をしているけど、僕が思うにどちらだとしても気にするだけ無駄なのでは…?
僕の正体が分からない以上幻想郷を守る紫さんとしては軽い問題じゃないのかもしれないけど。
「ふぅん…まぁ嘘をつけるような人間には見えないし、怪しい妖気や雰囲気も無い。様子見でいいんじゃない?」
「随分軽く言うけど…紫、あんたがそんなんでいいの?」
「幻想郷は全てを受け入れるのよ幽香。それが正規のルートじゃなかったとしてもね。」
その口ぶりだと…本来紫さんが幻想入りさせる以外で幻想郷に外来人が来る事って有り得ないってことか。
だとしたらどうして僕が…?本当に…僕は何から何までちんぷんかんぷんだ。
「昔、西洋タンポポが紫の意思じゃなく幻想入りした時は必死に排除しようとしたじゃないの。」
タンポポが忘れ去られるとかあるんだ…本当、世界は広いなぁ。でも向日葵とか忘れられるなんて有り得ないだろうし、その辺は曖昧なのかな。
「幻想郷の在来種を守る為よ。だから幽香に声をかけて何とかして貰ったんじゃないの。私だって花は好きだし、共存出来るならしたいと思ってるわ。」
「ちなみにそのタンポポは今どうなったんですか?」
「庭に咲くわよ。今は時期じゃないから咲いてないけど、また来春には咲いてると思うわ。」
幽香さんが引き取って、育てる事で収束したんだな。排除もされず、幽香さんの元でスクスクと育つのだろう。
「そうなんですか…それは良かったです。」
「なんか、今の話し方だと幽香が幽透を家に住まわせてるように聞こえるんだけど。」
「住まわせてるのよ。何、霊華達から聞いてないの?」
紫さんを探しに行ってくれてたんだから接触はしたと思うけど、どこまで伝えてくれたのやら…
「お客が来てるわよ…としか言われてないわ。」
雑だな…いや、わざわざ呼んでくれたんだし、別に文句って訳じゃないけど。
でも霊夢にしても、霊華さんにしても、その一言しか言わないのがイメージ出来てしまうのが面白い。
本人には絶対言えないけど。
「はぁ…暫くは私と行動を共にしてもらう予定よ。どっちにしても放っておく訳にもいかないでしょ。」
「別に私が人里に案内して、そこで暮らすことだって出来るわよ?何も幽香が引き取らなくても…」
少し悲しいけど、幽香さんの負担になるくらいならその方がいいのかもしれない。
別に会えなくなる訳じゃないし、練習して飛び回れるようになったら僕だけでも簡単に会えるだろう。
僕が幽香さんといたいってのは我儘だし…
「悪いけど断るわ。」
幽香さんは食い気味に紫さんの提案を断った。僕としては嬉しいけど…
「い、いいんですか?」
「あら…フフフ、幽透は随分と気に入られたのね。かつての孤独を好む大妖怪とは大違い。」
「面白い子だもの。今はまだ小さく弱い芽だけど、いつか幻想郷を魅了する大輪を咲かすと思ってるわ。」
微笑みながら僕の頭を軽く撫でてくれる。
あぁ、やっぱりダメだ。この人に触れられると幽香さんの優しさがモロに伝わってくる。弱ってる時なんかは一撃で泣いてしまうだろう。
僕の何を見てそう思ってくれたのかは分からないけど、幽香さんのその言葉は素直に嬉しい。
「…幽透も幽香を気に入ってるみたいだし、余計なお世話だったわね、謝るわ。」
「気にしないで。気持ちはありがたく受け取っておくわ。ね、幽透。」
撫でていた手を離し、覗き込むように僕の顔を見つめてくる幽香さん。もう少し撫でていて…なんて言えるはずもなく…
その代わりと言ってはなんだが、至近距離に映る幽香さんのご尊顔を堪能させて頂く。
「…はい。そうですね、ありがとうございます紫さん。」
「それこそ気にする必要はないわ。管理者なんて言っておきながら幽透の幻想入りに気付けなかった程度だし、私で良ければ力になるから、困ったことがあったら遠慮なく言ってちょうだい。」
幻想郷には外見が美人なだけでなく、中身まで美人な人しかいないらしい…
妖怪としての格…と言うやつだろうか。嫌味ったらしくなく、本心で言ってくれているのが分かる。
まぁそう思わせるのが抜群に上手い可能性もあるが。そこを気にするのは野暮ってなモンだろう。
「隔離された幻想の世界とは言え広いし、全てを把握し切れているとは思わないわ。」
「まぁそうね。そのために霊夢や霊華がいるんだし、私としても毎日毎日ピリピリしたくないもの。」
何でも出来そうな紫さんでもピリピリしてしまう程、幻想郷の管理は大変らしい。
僕に出来ることがあるなら是非ともお手伝いさせて貰いたいものだ。
「あ、あの、僕で良ければ色々お手伝いしますよ?」
「幽透は幻想郷に馴染むことから始めなさい。その気持ちは嬉しいけど、幻想郷を愛する気持ちが管理には必要不可欠なんだから。」
「幻想郷を愛する気持ち…ですか?」
まぁそれもそうか。幻想郷を創った本人ですらピリピリするんだ、紫さんと同じくらい幻想郷について知り、幻想郷を愛してないと務まる訳がない。
「そりゃそうよ。やりがい…って言い方になっちゃうけど、義務感で管理してる訳じゃないもの。」
「本当に好きだからこそ…出来るんですね。」
「そうは言っても紫だって一人じゃないし、霊夢や霊華だけじゃなく私もいる。協力出来る事はして、お互い助け合わないとね。」
本当に心が浄化されていくようだ。何度も言うけど、現代の汚い人間の性と言うのが幻想郷では全く無い。
幻想郷では助け合いが当たり前で、お互いが支え合って今日まで栄えてきたんだろう。
こんな些細な会話でも幻想郷の美しさや素晴らしさを痛感させられる。
「そうねぇ。人間と妖怪、その他種族の共存…私が目指す幻想郷になりつつあるものね。」
紫さんは周りの協力を仰ぎながらも必死に努力してきたのだろう。僕なんかでは計り知れない程の努力を。
そうして人間が暮らす人里ができて、それを守る妖怪と共存するようになって…
「…素敵ですね。本当に、幻想郷に来れて本当に良かった。」
忘れ去られたから幻想になった…と言うより、現代が汚れ過ぎているからこそ、本来あるべき姿と言うのが見えなくなってしまったんだろうな…
幽香さんと紫さんの話を聞きながら、僕はそんな事を考えていた…