43話 不器用な姉。
「さてと、改めて本当にありがとう幽透。あなたがなんて言おうと、私は昨日の事を一生幽透に感謝し続ける。」
そう言ってレミィは大きく頭を下げた。そう言えば異変を解決してからレミィと話すのは初めだった。ずっとフランと一緒だったからタイミングが無かったのだ。
「いや…僕はそんな……」
そこまで言って言葉に詰まった。ここで僕が謙遜をしたら今のレミィの言葉を否定することになるんじゃないのか?
見てはいないとは言え、同じ空間に自分の従者がいるのにも関わらず躊躇いもなく頭を下げた。それだけレミィは僕に感謝をしてくれているって事。
その思いは否定しちゃいけない。ここは素直に受け取らせてもらおう。
「…良かったねレミィ。無理矢理だったけど、見えた運命を望むものに変えてやったよ。」
「…フフッ、そうね。」
顔を上げたレミィは見た目相応の笑顔だった。幼い見た目からは想像も出来ない大人びた凛々しい顔もレミィらしくて素敵だが、こうした子供のような無邪気な笑顔も可愛らしくて良い。
それだけ今まで背負ってきたんだろう。無邪気なんて言ってられないほど気を張っていたはずだ。
「これから…フランとどうするの?」
「ん…館の近くの湖に行こうと思ってるわ。」
吸血鬼って流水はダメだった気がするが…湖のような水溜まりはどうなんだろう。
いや、考えるだけ無駄だ。咲夜さんが言うにはお風呂では大きな湯船に浸かるし、出る前にはシャワーで身体を流すらしいし。
もしかしたら雨ですら効かないかもしれないな。
「そっか、もうやりたい事は決まってるんだね。」
「それが…湖に行きたいって言ったのはフランなのよ。私は何も思い付かなくて…」
今までそんな事を考えてる余裕が無かったのだろう。選択肢が一気に増えすぎたんだ。
その点フランはレミィから外の話を聞き続けていた。フランの方がやりたい事は明確だと思う。
無邪気な妹に振り回される姉…と言った構図みたいでそれはそれで微笑ましい。
僕はこのままでも良いと思うが、レミィはレミィで悩んでいるし、少しだけアドバイスでもしようか。
「別にわざわざイベントを企てる必要は無いんじゃない?」
「そうは言っても少しくらいはしゃいだっていいじゃないの。」
その気持ちは分かるし、むしろレミィにこそ嬉しさいっぱいではしゃいで欲しいのだが…
「フランは外に興味があったからレミィと色々な場所に行きたがるはず。でもレミィは違う、普通の姉妹ならしていて当然の事をしたいんじゃないの?」
「う…ぅん…そう言われるとそうかも…」
「例えば一緒にお風呂に入るだとか、髪の毛を乾かして乾かしてもらったり…そう言う些細な積み重ねをレミィは望んでいたんじゃないかな。」
夜中に二人でコソコソとお夜食…なんてのも良いな。それで咲夜さんに見つかったりしてお小言を言われたり…うん、妄想が捗る。
今までたくさん頑張ってきたレミィだからこそ、フランとの日常をたっぷりと楽しんでもらいたい。
「そ、それよ…そんなのがいいわね…もっと頂戴。」
腕を組み、首を捻るレミィ。
なるほど、フランはこんなレミィを見てきたのか。そりゃ嫌いになんてなれる訳ない。些細な事でもこんなに真剣に考えてくれる姉をフランは今も誇りに思ってるだろう。
「フフッ、そんなに必死にならなくていいじゃん。これからはたっぷり時間もあるんだし、新たな日常を過ごしていく内に思い浮かぶさ。」
「そんなモンなのかしら…?」
どこか納得のいかない表情を浮かべている。そんなに難しい事を言ってるつもりは無いのだが…
レミィにとっては非日常なのだろう。それだけフランと向き合ってきたってことか。
「深く考えすぎだって。レミィ、君は今まで沢山頑張って来たんだろう。まだ短い付き合いだけどよく分かる。たまには何も考えず、フランに振り回されるのも悪くないんじゃない?」
「折角ならフランを楽しませてあげたいし…流石に何も考えずってのは…今更ながら難しく感じるわね…」
器用なんだか不器用なんだか分からない子だ。普段は頭もキレるのに、フランの事になると途端に思考が偏るみたいだ。
そうやってフランの為にウンウン悩んでいるのも微笑ましいし、フランも喜ぶだろう。このままでもいいのではないかとすら思える。
「まぁ、どう転んだって君達姉妹にとって良い方向に向かうさ。」
「そうは言っても何かヒントが欲しいわ。そうだ、幽透と幽香は普段どんな事をして過ごしてるの?」
こういう機転は利くんだな…僕が辱めを受ける運命が見えるようだ…
話したくない訳では無いが、後々になってからかわれたりするのが鉄板なのだ。
嫌ではないが、警戒はしてしまう…そんな感じだろうか。
「べ、別に特別な事をしてる訳じゃないよ?」
「分かってるわよ。些細な積み重ねって幽透が言ってくれたんじゃないの。幽透達はどんな積み重ねをしてるの?」
「でも僕と幽香さんは恋人同士だからなぁ…姉妹の日常とはまた違ったモンじゃない?」
「うぅん…それもそうね。あれほどまでに望んでいた日常なのに…」
本当に悩んでいる。ここまで真剣に悩んでいると微笑ましいとか言うのが失礼な気がしてしまう。
とは言っても僕も僕で大した事は思い浮かばない。
普段幽香さんと毎日のように行っている事…この姉妹に当てはまるのか微妙なところだが伝えてみよう。
「参考になるかは分からないけど、毎日『好き』って伝えるのは大事だと思う。」
「好き…?」
「まぁそれだけじゃなくてさ。フランなら分かってるでしょ…みたいなことをしっかり口に出して伝える。それって凄く大切だと思うんだ。」
僕もレミィも子供じゃない。相手の表情や口調を見て、聞いたりすれば何を思っているのかは大体分かる。
だけどそれではダメだ。自分の思いはしっかり伝える、これが大切な人と過ごすのに必要なんだと思う。
近い存在だからこそ、それをおざなりにしがちなのかもしれない。だけど人の心は読めない。自分の思いは伝える事で、余計な疑りをさせなくて済む。
「なるほどね。こうして幽透に聞いてることをそのままフランに直接言ってみろ…と。」
「そこまでは言ってないけど。自分の為にそれだけ悩んでくれる姉を…フランが喜ばない訳ないからね。大事なのは行動することだよ。」
フランの為に必死になってるレミィはどう見たってカッコイイ姉だろう。
普段のレミィらしく、カッコよくエスコートするのもフランは喜ぶだろうし、一緒になってしたいこと、行きたい所を決めるのも喜ぶはずだ。
五百年もの間、お互いを想い続けてきたんだ。今度はその想いをお互いに伝えていくのが大事なのではないだろうか。
「グチグチ言ってても仕方ないってことね…まぁのんびりと私なりの想いを伝えるとするわ。」
「そうそう、のんびりでいいんだよ。連呼しまくるんじゃなくて、気が付いた時に伝えてみて。」
一気に伝え切ってしまうのは勿体ない。五百年分の想いはは長く長く伝え合って欲しい。
それをマンネリだと思ったとしても、それは姉妹として当たり前の事を当たり前だと思えるようになったって事で、更なる一歩だと思えるようになってもらいたい。
フランはともかく、レミィはそれが望みなのだから。
「まぁ…私もそれなりに頑張って来たと思うし、少しくらい情けない所を見せたって良いわよね。」
「もちろん。完璧すぎたって近寄り難い。それに情けないって思うほど、君の家族は君の頑張りを軽く見てはないはずだよ。」
咲夜さんや美鈴さんの反応を見れば一目瞭然だ。もっと力を抜いてもいいくらいだと思う。
「それじゃ、暫くは休憩とさせてもらおうかしら。宴会もまだまだこれからって所だしね。」
「僕で良ければ付き合いますよ。フランとのこれからの話、いっぱい聞かせて。」
レミィのグラスにワインを注ごうとした瞬間だった。少し離れた所から大きな声が聞こえてきた。
「幽透ー!いつまでそんな隅っこでくっちゃべってるのよ!」
この声は霊夢だ。普段は酔っ払った人を肴にお酒を飲むとか言ってたが…どう考えても嘘だろ。
こうなった霊夢に目を付けられてしまっては抗う術がない。大人しく出向くだけである。
「フフッ、主役は大変ねぇ。」
「ごめんねレミィ。また今度たくさん話を聞かせてね。」
呼ばれるのは一向に構わないのだが、こうして話を中断させてしまうのが申し訳なく思う。
皆して『霊夢に呼ばれたら仕方ない』みたいなニュアンスで受け入れてくれてはいるが…普段からどんな振る舞いをしていたのか本当に疑問である。
「えぇ。早く行ってあげて。霊夢にも後でお礼を言いに行くと伝えておいてくれるとありがたいわ。」
「うん、分かったよ。」
「は〜や〜く〜!!幽香と言う嫁がいるのに何をチンたらしてんのよ!!」
「…早く行った方がいいんじゃない?」
レミィの言葉にため息を着きながら頷く。
これ以上変な事を言われる前にあの口を止めなければならない。
この中で一番酒癖が悪いのは霊夢なのではないか…そんなことを思いながら急いで霊夢の元に向かうのであった。




