42話 初めての宴会。
「それでは、幽透の初めての異変解決を祝しまして…かんぱ〜い!!」
「「「かんぱ〜い!!!」」」
霊夢の音頭を皮切りに、お酒が注がれたグラス同士が勢い良く音を奏でる。
宴会の幕開けだ。今回の異変に関わった人は大抵来てくれている。
人数的に紅魔館でやった方がいいんじゃないかと改めて思うが、もう気にしない事にした。
せっかくの宴会だし、僕は僕でとことん楽しませてもらおうと思う。ちなみに幽香さんはレミィとフランと話している。なんだか微笑ましい。
「改めてありがとね幽透。」
まず僕の隣に腰を掛けたのは咲夜さんだった。所々包帯を巻いてはいるが、昨日に比べて随分元気そうだ。
永琳さんの所へ行き、的確な治療を受けたのだろう、大事にならなくて良かった。
「いえいえ、咲夜さんこそ怪我の方は大丈夫ですか?」
「まだ痛む所もあるけど、あれだけの料理を作れるくらいには回復したわよ。」
見渡す限り美味しそうな料理でいっぱいのテーブル。これを咲夜さんが今日全部作ったのだと思うと流石としか言えない。
時間を止めながらの調理とはいえ、見事なものだ。
「ごめんなさいね…こんなにたくさん作ってるとは思わず…僕も何か作っておけば良かった。」
「気にしなくていいわ。私達は幽透に助けてもらった立場だし、これはホンのお礼の気持ちよ。」
昨日からたくさんのお礼を頂いている訳だが、自分のした事に感謝をされるのはやっぱり心地よい。
お礼を言われる為にやった訳では無いが、お礼を言われる度にやって良かったと思える。
「いやいや、皆がこうして笑顔になれて良かった。」
「…そうね。あんなに楽しそうなお嬢様は私も久しぶりに見るわ。」
ここに来てからのレミィとフランはずっと一緒にいる。多分、昨日からずっとそうなんだろう。
確かにいつもより楽しそうだ。いつもは大人びてる笑顔にも子供のような可愛らしさが垣間見える。
そんな姉妹の様子をチラチラと伺いながらニコリと微笑むパチュリーさんも可愛らしい。本当に永い間心配していたんだろう。憑き物が取れたような安らかな笑顔を浮かべている。
「僕でも分かるくらいですもん。咲夜さんから見たらよっぽどなんでしょうね。」
「主人の心からの幸せを見届けられる…従者として至福の瞬間よ。」
咲夜さんは目を細めて二人を眺めている。その目には一粒の涙が…
そりゃそうだ、レミィとフランを心配していたのは咲夜さんだって同じ…自分が忠誠を誓った主人の悲願が叶ったんだ、レミィと同じくらい嬉しいんだろう。
「咲夜〜!何辛気臭い顔してんのよ!こっちに来て一緒に飲むわよ!」
レミィからの呼び出しだ。自分の幸せを喜んでいる従者に対して辛気臭い顔とは随分な言い方だが…
まぁ、主人と従者と言う関係を越えて、家族のように思ってるからこその態度なのだろう。そう思うことにしよう。
「はい、ただいま行きますよ!ごめんね幽透。」
「楽しそうで何よりです。またゆっくり飲みましょうね。」
僕の言葉に笑顔で返して咲夜さんはレミィの元に向かった。
うぅん…こう見るとお姉ちゃんと年の離れた妹達って感じに見えなくもない。
どう見ても微笑ましいな。更に美鈴さんも加われば尚更姉妹に見えそうだが…
「幽透さ〜ん、隣いいですか?」
咲夜さんの席を埋めるように声を掛けてきたのはなんと美鈴さんだった。
「あ、どうぞどうぞ。」
「いやぁ…旦那様のテンションが凄くて凄くて…少し匿ってください。」
本当はアリシアもレミィとフランの間に入りたいんだろうが、パチュリーさんに止められたって感じか。
それで美鈴さんに白羽の矢が向いた訳だ。何とかして喜びを分かち合いたいのだろう。
「それはお疲れ様でした。僕で良ければ相手になりますよ。」
「アハハ…旦那様から聞いたんですが、幽透さんがこのワインを大変気に入ったみたいで、コッソリと持ってきました。一緒にどうです?」
そう言って美鈴さんはまるで盗んできたような素振りでワインの瓶を懐から出てきた。
多分、アリシアが大量に持ってきた内の一本だろう。昨日のお土産でウチにも数本あるが、ここはありがたく頂くとしよう。
「是非是非。本当に好きなんですよ、そのワイン。」
手にしているグラスのお酒を一気に飲み干し、綺麗なグラスと交換する。
グラスが空になった傍から次々にお酒を注がれるから今何を飲んでるのかよく分からなくなる。
今飲み干したのは日本酒だ。どの銘柄かは分からない。
「おぉ…いい飲みっぷりですねぇ。ワイン、イケそうですか?」
「まだまだ余裕ですよ。宴会は始まったばかりですからね。ささ、美鈴さん、グラスを。」
笑顔を浮かべる美鈴さんのグラスにワインを注ぎ、次は美鈴さんにワインを注いでもらう。
「フフッ、それでは…幽透さん、改めてありがとうございました。」
「いえいえ、乾杯です。」
先程の乾杯のように激しい音ではなく、チンッと軽く心地の良い音を奏でてくれる。
香りを堪能し、少し口に含んでじっくり味わう。相変わらず…と言っても昨日ぶりだが、美味しいワインだ。
「ふぅ…それにしても、よく無傷でフラン様を助けられましたね。」
「えぇ、それに関しては僕も驚いてますよ。どうしてフランの能力が僕には発動されなかったのか…また今度パチュリーさんと調べようと思ってます。」
流石のパチュリーさんでもイマイチピンと来ていないようだったが…まぁのんびり調べるとしよう。
能力について詳しくなれば、僕も何かしらの能力に目覚めるかもしれないし。
「本当に勉強熱心ですねぇ、幽透さんは私達にとってヒーローなんですから、もう少し偉そうにしてもいいんですよ?」
「なんでですか…わざわざそんな事しませんよ。」
そもそもヒーローと言われる程の活躍は出来ていない気がする。声を大にしてやってやったぞ!と威張れるレベルではないのだ……と自分では思う。
それに、数日前までアリシアに敬称を付けていた身としては呼び捨てでアリシアを呼ぶだけでも偉そうにしていると思ってしまう。
紅魔館の住人の前では特に。
「初めて幽透さんにお会いした日、パチュリー様が異常なまでに幽透さんに興味を示されたの…覚えてますか?」
「皆との初めましてを忘れる訳ないでしょう、しっかり覚えていますよ。」
美鈴さんが僕を紹介してくれる言葉を遮ってまで興奮していた。今考えると、普段のパチュリーさんからは考えられない行動だった。
「嬉しいですねぇ。で、昨日幽透さんがフラン様を助けたって知らせを聞いて、納得したんです。」
「納得?パチュリーさんが僕に興味を示した理由にですか?」
「そうです。パチュリー様は見抜いていたんだろうって。申し訳ない事に、私には少し力のある不思議な好青年くらいにしか思えなかったのですが…」
力のある不思議な好青年を『くらい』で流してしまうのが流石幻想郷と言える。
初めて弾幕を見た時の情けない僕を見せてやりたいくらいだ。いや、やっぱり見られたくないな…
「だとしたら凄いですね。僕本人ですら無自覚だったのに。」
「それに、お嬢様も幽透さんとお会いしてからどこか上機嫌だったと言うか…何か楽しみが出来たような…そんなご様子でして…もしかしたらこうなる運命が見えていたのかなって思ったり…」
今回に関しては望んだ未来を無理矢理掴み取りに行ったようなモンだと思うが…
どちらにしてもそれはレミィにしか分からない。レミィの事だ、その運命が見えていたとしてもやる事は同じだったと思う。
どんな運命が見えたって自分の望みを叶えるために努力するのがレミィだから。
「それ、レミィに言ったら怒られると思いますよ。」
「うぇっ!?な、何でですか!?」
「レミィは運命が見え……」
「『運命が見えなくても』やる事は変わらないわよ、バカ美鈴。フランの為に全力を尽くす、これだけ。」
僕の言葉を遮ってきたレミィ。パチュリーさんと同じだ、似たもの同士の親友だ。
それにしても今の登場の仕方はカッコよかった。もしかしたらどこかで役に立つかもしれない。参考にさせてもらおう。
「お、お、お嬢様…!?い、いつから…!?」
「フランが幽香の元へ行ったから私は私で幽透にお礼を言おうと思ってタイミングを見計らってたのだけど……悲しいわ美鈴、フランを思う私の気持ちが、運命に負けると思ってたのね…」
わざとらしく両手で顔を覆うレミィ。この様子を見るに、怒ってはいないようだ。
まぁ美鈴さんも、普段から無茶をするレミィを心配しての思いだろう。それが分からない程レミィは人の気持ちが分からない訳ではない。
「い、いや!そ、そんなつもりじゃ…」
流石に主人の前では普段おちゃらけている美鈴さんもこうなってしまうのか。
これもフランが助かったからこそだと思うと感慨深い。
「…冗談よ。幽透だけじゃなくて美鈴、あなたがいてくれたからフランを助けられた。毎回毎回無茶をしてくれているのも分かってる。だから…ありがとう。主人としてじゃなく、フランの姉として、お礼を言うわ。」
柔らかい笑みを浮かべ、レミィは美鈴さんを抱き締めた。
美鈴さんは少しの間何が起こったのか分からず固まっていたが、次第にグラスを置き、強くレミィを抱き締め返した。
「よ、良かったです……!い、いつもいつも死にかけるまでボロボロになって……お嬢様が私より強くたって……心配はするんですから…!」
美鈴さんはレミィの肩で涙を流して思いを訴えている。門番である都合上、肝心な時はフランが館の外に出ないように門前で待機する事もあったはずだ。
美鈴さんにとってもフランは家族だろう、家族がピンチの時に待ってるだけ…美鈴さんは美鈴さんで苦しい思いをしていたんだろう。
まぁこれは僕の推察に過ぎないが。しかし、美鈴さんがレミィとフランを心から心配していたのは間違いない。
「うん…そうよね。フランの事になると周りが見えなくなっちゃって…」
「うぅ……お嬢様……それは皆そうなんです…!フラン様の為なら私だって命くらい…!」
「私もそう思うわ。でも今回の異変で分かった、フランの為に命を懸けた事をフランは喜ばない。だからね美鈴、私達の事を、家族の事を思うなら……命は大事にして。」
幽透もね、と言わんばかりにレミィはチラリとこちらを見た。ぐうの音も出ない。
「「ぐぅ…す、すいません…」」
「フフッ、ぐうの音出てるじゃないの。さぁ美鈴、少し顔を洗って来なさいな。私の為に涙を流してくれるのは嬉しいけど、今日は幽透の宴会よ。」
「は、はいぃ…行ってきます。」
スンスンと鼻を啜り、美鈴さんは霊夢に声を掛けて洗面台に向かった。
泣いてる美鈴さんを見た時の霊夢の顔は驚きとどこか納得したような…まぁ仕方ないわね…みたいな顔だった。
フランはフランで皆から可愛がられ、大事に思われていたが、流石はレミィ。カリスマで尊敬されているだけでは無いのだ。
レミィとフランの姉妹愛とはまた違った家族愛を間近で見せ付けられて、美鈴さんにつられて出そうになった涙を無理矢理抑えたのであった。
 




